組織の根幹
俺は剣を握りながら天幕の中へと入る。中は――たった一つ、台座が存在するだけ。
天幕の中央に存在するその台座には、ジャノが封じられていたような漆黒の球体が置かれていた。わざわざ組織の拠点からこの場所へ持ってきたらしい物から、世界を絶望に染め上げるだけの膨大で恐るべき力が、空気を侵食するかのように少しずつ漏れ出ていた。
「これが……」
後方のセリスも天幕の中に入り、球体を見て呟く。
「組織の、言わば根幹を成すもの……」
「これがあるからこそ、組織は全てを支配するべく動き出した……」
俺は応じつつ、じっと球体を見据える。
「突然力が暴走するという雰囲気はなさそうだが……エイテルの発言からすると、組織の人間がこの球体の力を制御していたのか?」
「かもしれない……放置はできないし、あまり時間だってないかもしれないけど……これほどの力があるのなら、もっと力を得てもおかしくなかったのに」
セリスは言う……確かに、エイテルと銀髪の男が持つ力は強大ではあったが、俺の攻撃によって滅び去ったわけだが、目前に存在する球体から発せられる力を取り込むことができれば、おそらく戦いの結末は変わっていたに違いない。
――そうした疑問に対し、発言したのはジャノだった。突如球体の目の前に漆黒が生じ、
『どうやらこれは、我とは違う特性を持っているようだ』
「……違う特性?」
俺が聞き返すとジャノは説明を始める。
『例えばミーシャ王女の力は他者に付与できる特性を持っていた。そしてこの球体に秘められた力は、どうやら容易に人が取り込めるような力ではない』
「世界を滅ぼす力には、それぞれ特性があるってことか……」
『うむ、どうやらそのようだ。我の力とミーシャ王女の力という二つのサンプルでは明瞭にならなかったが、組織が保有する三つ目の力……それによって、特性というものが浮き彫りとなった』
「なら、ジャノが保有していた力は……?」
『増幅と蓄積という二つの技術について研究していたため、推測をすることはできる……我が保有していた力は、色がない』
「色が……ない?」
『特性を保有していないということだ……我が生まれた経緯を踏まえると、古の種族は我が制御していた力について様々な研究を行っていた。その中で我は生まれ、別の研究者が様々な特性を付与していた』
「なるほど……その過程で他者に付与できる特性が生まれたり、目の前にある力のように人が容易く取り込めないような特性を持たせることができた、と」
『ああ、そう考えて間違いない』
「……破壊、できるか?」
俺の問い掛けにジャノは沈黙する。難しい、ということなのだろう。
球体を壊せば力が霧散する……という展開が理想的だが、さすがにそんなことにはならないだろう。むしろ力が世界に拡散し大惨事を巻き起こす可能性だってある。
「問題は時間がどのくらいあるのか」
ここでセリスが声を発した。
「対策ができるとしても、準備する時間がなければ……」
『ひとまず力は漏れているが安定はしている。一日二日で暴走するようなことにはならないだろう』
そうジャノは言いつつ、さらに見解を示す。
『しかし、十日後にどうなっているのかはわからん……組織は暴走を防ぐために様々な処置を行っていたはずだ。しかしそれがどういったものなのか知ることができなくなってしまった以上、試行錯誤して制御できるか試すか、球体を破壊してでも力を消滅させるか……選択肢としては二つしかないだろうな』
「……とりあえず話し合うべきだろうな」
俺は言うと、セリスへ顔を向ける。
「ミーシャの意見も聞きたい」
「そうだね……本陣に戻りたいところだけど、ここに見張りは必要かな」
「俺が残るさ。何かあれば全力で止める」
――セリスは俺のことを見る。その視線は無理をしていないか、という感情を乗せたもの。
「平気だよ、俺の方はまだまだ戦える」
「……わかった。私は騎士達と共に本陣に戻り、どうするか協議をする。可能な限り早く戻ってくるから、待っていて」
「ああ」
返事と共にセリスは天幕を出て行く。残された俺はじっと球体を見据える。
禍々しい魔力は、同じ空間にいるだけで肉体が押し潰されそうなプレッシャーを感じる。
「……ジャノ」
そうした中、俺はジャノへ向け口を開いた。
「もし最悪のケース……力が拡散してしまうようなことが起こってしまった場合……いや、起きそうな場合の対処を考えておきたい」
『非常に難しいぞ』
「わかっている……ただ、口ぶりからすると不可能ではないのか?」
『特性は異なるにしても、同質の力を持っているのは間違いない。我やミーシャ王女の力を用いればあるいは……もっとも、ただ球体を斬っただけで解決するとは考えにくいため、検証は必要だ』
「検証……やっぱり最大の懸念は時間になる、かな」
俺の言葉にジャノは何も答えず……魔力が漏れ続ける球体を、セリスが戻ってくるまで見続けることとなった。




