愛弟子
気配を断つ魔法を使用している中で、俺は戦場に潜入。さすがに駆ける音などが聞こえるため、いかに気配を断とうともエイテルを始め周囲にいる騎士達も当然気付く。
だが、俺のことを正確に捉えている人間は、どうやらいない……エイテルが俺を見た。何かがいる、という認識だろうか目を細め、
「出たようね。私の力でも見極められないということは、私と同質の力を持つ人間のようだけれど……排除しなさい」
その言葉は、エイテルの近くにいる銀髪の男に向けられたものだった。途端、彼は右手を振り、その手に漆黒の剣を生み出した。
次いでエイテルを守るように立つと、迫る俺へ向け剣を構えた――漆黒の剣に備わる魔力量は、一見するとそれほどないように見えた。ただこれは男が魔力をきちんと制御し、力を漏らさないようにしているためだ。
実際はラドル公爵が所持していたような、脅威的な力が漆黒の剣に宿っている。俺はその力を走りながら理解し、それでもなお前に出た。
一方でセリスはエイテルへ向け魔法を放とうと杖に魔力を込めた……エイテルもまた対抗するように右腕に魔力を込める。それはどうやら、俺と銀髪の男が激突するよりも先に激突する。
そして、騎士達も――だが次の瞬間、俺達の周囲……騎士達が突撃しようと動こうとしたタイミングで、彼らの目の前の地面が爆発した。何事か、と騎士達が立ち止まった時、地中から人型の魔物が姿を現した。
「仕込みの一つくらいはするわよ……さあセリス、勝負といきましょう!」
魔法が、放たれた。対抗するセリスもまた杖先から魔法を撃つ……双方が解き放ったのは光の槍。極めてシンプルな魔法だが、それ故に互いがどれほどの力を持っているのか、否が応でも認識させられる。
そして俺と銀髪の男も激突する……俺の剣と相手の剣がぶつかり、鍔迫り合いの様相を呈した。
「……どこまでも、姿を見せない気か?」
そこで男が問う――気配を断つ魔法はまだ効果が発動したまま。俺は何も答えず相手と刃を合わせる。
魔法を継続しているのは一応理由がある。ギリギリまで俺という存在を隠すことで、情報を取ろうという魂胆だ。
正体がわかっていない今ならば、まだ気配の探りようがある……エイテルも銀髪の男も、ここまで接近してなお姿を捉えられない俺のことを警戒しているが、そうした能力に特化した存在なのだと認識している様子。おそらく他の騎士と同じような存在であると解釈しているに違いない。
なおかつ、気配を断つ魔法は俺の気配も抑えてくれているようであり……もし俺がセリスの婚約者であるエルクであることと、俺の力を理解したならば、もう情報を奪われないよう最大限の警戒をするだろう。
よって、このタイミングが情報収集できる最後の機会――
(ジャノ、どうだ?)
『エイテルと目の前の男に関して、情報をある程度は得た。うむ、今のエルクならば、この男は――倒せる』
(わかった)
応じると俺は一度後退。銀髪の男は追撃せず、俺のことを注視し剣を構え直した。
相変わらず俺が何者なのかはわからない様子……思った以上にこの魔法は効いている。ただ、さすがに剣に魔力を収束させ全力で剣を振れば強制的に解除される……ジャノが必要な情報を得た。もう姿を現しても良いだろう。
そこで俺は周囲を確認。騎士達は出現した魔物と交戦中。どうやらエイテルが作成したらしい魔物は強いようだが、それでも騎士は対抗できている。
そして、セリス達は――最初の魔法は相殺されたようで、双方無傷であった。
「強くなったわね、セリス」
エイテルが言う。笑みを浮かべる彼女の表情は、愛弟子を見るそれだった。
そんな言葉にセリスは、どこか悲痛な面持ちを見せ、
「全て……私に向けていた笑みは、偽物だったのですか」
「師匠として、弟子の成長が嬉しかったのは事実よ。けれど、そうした感情の中にも打算は確かにあった。あなたを鍛え、帝国においてなくてはならない存在にしたのも、思惑があってこそ。利用した、と言えばその通りだけれど……だからこそあなたへの指導は、全力だった」
セリスは何も言わなかった……複雑な心境だろう。いっそのこと「政治的に利用するつもりだったから、指導は手を抜いていた」と言われた方がまだマシだったかもしれない。
エイテルもまた、セリスに対し複雑な感情があった……今はその全てを笑みに変え、ただ自分の望みを叶えるべく力を得た。人を捨てた以上、倒すべき相手ではある。しかし――
「……正直、ここに来るまでは投降を呼び掛けようとしていました」
セリスは、重い口を開く。
「ですが、無意味なのですね」
「ええ、そうね。あなたが……帝国が滅びるか、私が消えるか。どちらかしかないわ」
「わかりました……ならば、決着をつけましょう」
「やれるの? あなたに」
余裕の笑みを浮かべエイテルは問うた。




