最奥の場所
俺達が組織本陣に到達した時、爆発音は聞こえなくなっていた。
おそらく仲間割れをしていたと思うが……決着はついたらしい。セリスは本陣の入口で騎士達へ指示を飛ばし、一つ一つ天幕を確認していく。
入口に近い天幕にはどうやら誰もいない様子……俺は地面を見る。焦げた場所が散見されるが、誰かが倒れている、といったこともない。
「ジャノ、死体の一つくらいあってもおかしくはなさそうだけど……」
『……人間同士の争いであれば、あってもおかしくはない。だが組織構成員同士だと、塵となって消え失せる、というわけだな』
「……幹部クラスも魔物化しているのか?」
ラドル公爵に施されていた技術が完成し、人間のまま力を手に入れることができる。となれば、人のままであると思っていたのだが……。
『エイテルは人だったが、この決戦に際し人を捨てたのかもしれん』
「組織幹部からしたら、人を捨てる方が良いということか……?」
呟きつつ周囲を見回す。騎士達は本陣内を少しずつ確認している。だが、俺達が到達する前に全てが終わったかのような――最前線の陣地と比べても明らかに静かだし、人の気配がない。
ただ、本陣奥に存在する禍々しい気配は残ったまま……入口周辺の天幕を確認した騎士達はセリスに報告を行う。
「人の姿は……ありません」
「わかりました。魔力を探る限り、陣地の奥に人がいる様子。このまま天幕を確認しつつ、奥へ進みます」
セリスの指示に騎士達は動き出す……正直、この時点で戦いは帝国側の勝利で間違いないと思った。組織の幹部はどうやらほとんど滅び、抱えていた魔人や魔物といった戦力もほぼ消え失せた。もはや組織的な活動は、不可能だろう。
となれば、帝国としてはもう――考える間にも騎士達は天幕内を確認していく。どこまでも人はおらず、最初から無人のようにも思えた。
いや、もしやこれだけ天幕を用意していたけど、実際にいたのは少数……? 考えたが、さすがにわざわざ用意する理由がない。
疑問はいくらでも湧き出てくるが、それを解決するには前に進むしかない……やがて、セリス達は本陣の最奥に到達。他の天幕と少し離れた場所に、やや小さめの天幕が一つ。
そこから禍々しい気配と、近づいたことでわかる……どうやら天幕内に人がいる……この状況下で誰が待っているかは、容易に想像できる。
『エイテルだな』
ジャノも言う。セリスも気配を感じ取ったか、騎士達に前進しないよう指示を出し、彼女自身が一歩前に出る。
一方で俺は少し距離を置いて様子を窺う……気配を断つ魔法は発動し続けているため、騎士の中で俺に気付いている人間はいない。ただ、さすがにエイテルは気付くだろう……俺は近くにある天幕に近寄り、物陰から窺うように隠れつつ、いつでも動けるような状態を維持。既にジャノも準備万端であり、もしセリスへエイテルが襲い掛かってきても、即座に対応できるようになっている。
そして――天幕へ向けセリスが杖を構えた時、最奥の天幕から、人間が……エイテルが、姿を現した。
「ようこそ、組織本陣へ。といっても、拍子抜けしたでしょう?」
問い掛けに、セリスは答えない……エイテルはじっと彼女を見据える。
その間に、天幕の奥から新たな人物が。貴族服を身にまとう長い銀髪の男性……ラドル公爵との戦いの際に見ることができた人物だ。
銀髪の男もまた、組織の幹部ということか……? 疑問に思う間に、セリスが口を開いた。
「決戦ということで、私達は相対しましたが……この本陣の有様はどういうことですか?」
「ふふ、確かに驚くわよね。とはいっても、これは計画の内なのよ。決戦ということで暗部が全員集まった。その機会を、利用させてもらった」
計画……本陣がもぬけの殻ということ自体、エイテルとしては予定通りというわけか。
「少し長い話になるけれど、聞く? あなた達にとっては異常事態なのは間違いないし、気になるのは当然でしょう」
エイテルが問うとセリスは無言。何が狙いなのか思考しているみたいだが、
「このまま戦うというのなら、応じるわよ。どうする? ちなみに、話している間は騎士達は攻撃してこない限り好きに動いていいわよ。私達を囲んでもいいし、退却しても見逃すわ」
「……聞きましょう」
騎士達が動く。セリスの指示がないままではあったが、取り囲もうという目論見があるらしい。
銀髪の男はまったく動かない……俺がいる法へ視線を向けていないということは、少なくとも俺の存在がバレている可能性は低そうだが――
「さて、どこから話したものかしら。まずは、そうね……私達の目的から話をするべきかしら」
目的――組織の目的か、それともエイテルの目的か。
「組織ですか? それともあなたのですか?」
俺と同じことを思ったセリスが問う。するとエイテルは笑みを浮かべ――彼女へ向け、ゆっくりと話し始めた。




