帝国の対策
魔人二人がいよいよセリスへ迫ろうとする――魔人の姿は人間をベースにしているためか四肢を持った漆黒の存在。武器は持たず徒手空拳で戦うみたいだが……両腕に存在する多量の魔力を踏まえると、ただ殴られるだけでも致命的なことになりかねない。
俊敏性などを考慮すると、魔人達はラドル公爵と同等の力を持っていてもおかしくはないが……ここでセリスは杖を構えた。迎え撃つつもりらしい。
果たして――次の瞬間、彼女の体から多量の魔力が発せられた。それはどうやらミーシャから付与された力。
「可能な限りミーシャから力を付与されている……みたいだな」
『うむ、だがそれだけではなさそうだ』
魔人とセリスが激突する。彼女は杖を構えている以上、魔法ではなく杖術でまずは対応しようという腹づもりかもしれないが――そして魔人の拳が放たれた。
魔人二人はまったく同じタイミングで襲い掛かる。ミーシャの力で対抗ができるのか。
疑問と共に緊張が走ったのだが……刹那、見えたのは放たれた拳を杖で受け止めるセリスの姿だった。
「防いだ……!」
『皇女も魔人が保有する力を理解した上での行動だろう』
ジャノが言う。そこでセリスが持っている杖が光り輝いた。魔法を発動させようとしている。
次いで光が杖から離れ、魔人達を吹き飛ばした。ゼロ距離の魔法は魔人にしかと効いたのか、吹き飛んだ魔人達はそのまま地面へ倒れ込む。
そこへセリスはすかさず追撃の魔法。今度は青白い光の槍であり、一直線に魔人へと向かい――魔人の片方に直撃した。
魔人は光に包まれ、咆哮を上げた。距離がある俺にも聞こえる、戦場に響き渡る声。それは間違いなく、セリスの魔法による断末魔……彼女の魔法が消え失せた時、魔人の片方は消滅していた。
ミーシャの力を最大限活用し、魔人を倒してみせた。セリスはさらに残るもう一体へ矛先を向けた。杖をかざすと残る魔人は防御の構えをとり持久戦という選択をとる。
だが、セリスの魔法はその防御を容易く貫通する――再び放たれる光。魔人はそれを魔力を高め防御したのだが、一体目と同様に光に飲み込まれ……またも魔人の声。耐えたかと思ったが……光が消えた時、魔人の姿はなかった。
『さすがだな』
ジャノが称賛する……俺はそこで、
「ジャノ、さっきミーシャに力を付与されただけではない、という風に言っていたけど」
『ただ単純にミーシャ王女の力を付与されただけではない。それを完璧に使いこなせるようになっている……決戦までに、相当な修練を行ってきたのだと推測できる』
「俺と同じ、ということか?」
『うむ、しかし決定的に違うのはエルクは身の内に存在する魔力を操作しているわけだが、セリス皇女は外部から供給された力を使っている点……いくらミーシャ王女の力が他者に利用できると言っても、外部の力であるのは間違いない。皇女が自在に操るには相当な労力が必要だったはずだ』
けれど、セリスは完璧な制御を果たした……その結果が、魔人達を瞬殺したことだ。
『帝国側が可能な限り対策を施したことが功を奏しているな。現時点で組織が持つ戦力を全て追い返している……戦力を減らしているのは組織側であり、このまま削り続けることができれば、我らの出番はないかもしれないが――』
「さすがにそう上手くはいかないだろ」
俺の言葉にジャノは『そうだな』と答え、
『帝国側が得た力で有利に決戦を進めているのは間違いない。組織が用意していた戦力を帝国は全て打ち砕いている……だが、組織側はここに至りセリス皇女の能力をも理解した』
「セリスの存在は帝国にとってまさしく切り札だ。戦場にはミーシャがいる可能性もあるけど、最前線に立って戦い続けるのはセリスだけだろうな」
『彼女を援護するため、ミーシャ王女が出てくる可能性はあるが……やはり直接的な戦闘において、帝国側の最大戦力が皇女であるのは揺るがないだろう』
「そんなセリスの能力……その一端を見ることができた。次こそ、いよいよ組織は動き出す……か?」
『うむ、これ以上戦力を小出しにするよりも、一気に主力を用いた方がいいと考えてもおかしくない。見るべきものは見ることができたからな』
――そうしたジャノの言葉が正しいと証明するように、組織側の本陣がざわつき始めた。いよいよ動き出す……その中で俺はどうすべきか。
「ジャノ、俺達も……」
『うむ、問題はどこで戦うか。このまま皇女と合流しても問題はないだろうが……』
ジャノが考察を進める間に、魔人の気配が複数生まれる。とうとう本腰を入れて仕掛けるつもりのようだ。
「……ジャノ、まずは魔人を倒すべきか?」
『他に切り札を隠し持っているかもしれん以上、魔人に挑み掛かるのはリスクもあるのだが……魔人が暴れれば情勢はひっくり返る。ここは――』
ジャノは俺に提言をする。こちらはそれに頷き……いよいよ、俺もまた戦場へ向けて動き出した。




