求める感情に感銘を受けた姉は分けた愛すらも奪おうとする妹から手を引く〜そんなに欲しいのなら今度は一人でやってみて?姉は豪運の彼に愛を捧げられる〜
ラフティは泣くメルシニカにこう言って慰めたことがある。
「メルシニカ。良く聞いて。半分だけ、均等にしましょう」
妹の泣き顔は悲壮に濡れていて、ひたすらこちらも悲しくなるので、悲しい気持ちにならないように口にした。
きっと半分こにすれば彼女、ラフティは最愛の姉妹を喜ばせられると知っていた。
今までそれをしなかったのは血のつながっているはずの生みの親に期待をしていたからだ。
しかし、メルシニカが生まれて八年。
期待外れにもラフティから見て、どうにもならないのだと感じた。
それから数年後。
十八歳になったラフティ。
憂いな様子のメルシニカと、自身の恋人の筈のミゴリという男が目前にいた。
演劇のように自分たちは運命に引き裂かれた恋人だったのだ、と告げるシーンに拍手してあげたいが。
残念ながら、脚本家はクビである程陳腐と言わざるを得ない。
即刻別の脚本家を起用するべき。
「別に良いわ。気にしない。気にするところはそうね……メルシニカはこの人で本当に良いの?」
元が付く恋人はお世辞にも、性格が良いわけじゃない。
素行も。
告白されたから、流れで付き合うことになった彼に愛情も何もない。
未練のない顔を浮かべる姉の顔を怪訝に見ながら、メルシニカは嬉しそうに頷く。
内心、ラフティは呆れた。
姉の恋人を奪っておいて笑顔。
そこは、悲壮に濡れているなりして欲しかったわ。
ただの恋人に未練などない。
付き合ってくれと言ったから、付き合っただけ。
負け惜しみではなく、本気で、本当に真剣に付き合っている訳じゃなかった。
相手こそ、ラフティに付き合ってくれと言ったのは彼女が欲しいというよく分からない承認欲求からくるものと知ってたので。
本気になるわけが無い。
土台がそもそも、存在してなかったのだ。
ラフティは今後、メルシニカに与えるものも含めて全て回収することにした。
この世にはスキルというものがあり、それを手に入れる人は特に決まってない。
そのスキルは、有用なものから使えないものまで多種多様。
自己申告制なので、隠れスキル保持者は多いと見做されている。
「じゃあ、えっと、グレゴだったかしら?さようなら。二度と話しかけてこないで。近寄ってきたら訴えて接近禁止にするわ?」
ミゴリだ、という声が聞こえたが既に赤の他人なので、無視して応接間から出た。
元彼女が、名前を覚えてないことを喜ぶべき場面であったのに、なぜあんなに顔を真っ赤にしたのかさっぱり。
回収した【運】を確認してゆったりと自室に行き、鍵を閉めた。
この家には今他人の男が彷徨いているので、用心の為だ。
ラフティは次の日、珍しく揃っている両親を前に朝食を食べていた。
メルシニカはいつものように、話しかけられて笑みを向けられると分かっていたので、両親にチゴリ、いえ、ミゴリだったかを紹介していた。
が、両親は昨日まで微かにあったメルシニカに対する顔を無にして、不愉快そうに見た。
「誰だその男は」
「朝食の席にいるということは、泊まっていったの?ふしだらな娘に育ったものね」
ミドルクラス、中流階級の我が家。
「え、お母様?」
母の冷たいかんばせに硬直する妹。
彼氏の男もよくない空気を感じ取り、汗を流す。
「不潔よ。部屋に下がりなさい」
「ああ。その通りだ。君、君はなんという家名だ。名乗りたまえ。全く、変なものを入れるなと後で家人を叱責しておかねば」
元彼は音にならない声だけで辛うじて家名を名乗る。
ちらりとこちらを見た意味は察したが、裏切ったものに差し出す手は、持っていない。
「あ、お、おとう、様」
「お前も早く部屋に戻れ。二度も言わせるな。不出来なだけでなく、身持ちも悪いとは我が家の恥だ」
メルシニカはカタカタと震えた。
ラフティは口を拭うと、そんな会話はありませんでしたという声音で二人に強請る。
「お父様、お母様」
「なぁに、ラフ」
「悪いなラフティ。朝から不愉快なものを耳にさせて」
親バカと言わんばかりに甘い顔をする両親。
メルシニカの顔はさらに青ざめる。
「メルシニカと彼は、相思相愛だと私にたくさん愛し合っていることを、教えてくれたの。私は二人をお祝いするわ?だから、祝ってあげて?丁度、二人とも昨日は仲良く泊まったようだし。向こうの家にもお伝えして、結婚させてあげましょう」
メルシニカには援護を、ミゴリには追加で砂をかける行為を。
ラフティは笑って、二人を見た。
お互いの顔が相反している。
片方は赤く染め、片方は青く染まっていて、やっぱり仲良しだわと呟いてやった。
「そうだな。責任を取って貰わねば。出来損ないであっても、うちの繋がりをつけられる家に、嫁がせることが出来なくなった。さて、君。君のうちに手紙を渡すから、君もうちの人に伝えておけ」
ミゴリは逃げられなくなったことと、道を塞がれたことに気付く。
しかし、今更泊まったことはなかったことにならない。
なにもなかったとしても、この家に彼氏として泊まった時点で、どうとでも考えられるのだ。
朝食の席に同席したことも、不味かった。
堂々と、彼氏という存在を詳らかにさせてしまっている。
しかも、家主の父親に挨拶をせずに家に泊まった。
違うと言えば、不法侵入などで捕まる。
もうなにも言えない状態でいた。
ラフティはそんなところだろうかと笑った。
妹に対する感情はもうない。
親愛が存在しなくなってしまった。
ここ最近、立て続けにラフティが成し遂げたことを、さも己がやり遂げたようにすり替える行為をし始めたメルシニカには、ほとほと愛想が尽きた。
この世に男女は五割ずついて、その中のラフティの付き合っていた男を狙い撃ちすることは、姉に対する悪意しか感じられない。
幼い時は両親に全く関心を持たれなかったメルシニカに同情と、自身も同じ経験をしたことで得た痛みを和らげようと、彼女に自分のスキルを貸し与えた。
運というスキルと、座敷童というスキル。
二つ点在しているそれらをなんとか解析し、使うことに成功していた。
座敷童はラフティに器用さなどを齎し、運は両親による意識の変革に使用した。
これは、命の危機の回避の為だ。
メルシニカにも興味がない二人は当然、ラフティにも興味がない。
というより、人に興味がないのだと思う。
それをラフティという、多彩な子供に興味を持ってもらっている間に、運を操作して愛情と興味を混ぜた。
そうすれば、将来利益のみしか考えられていない縁談を回避出来る。
下手なものに嫁げば、死ぬ。
悲壮な嫁ぎ先の話など、その辺にいくらでも転がっているものだ。
つまり、そういう嫁ぎ先を躊躇なく選ぶだろう親達から身を守るためにスキルを使うのだ。
本来の父親を見ていれば、最も簡単に資産家でありながら加虐趣味を持つ男に売り払うだろうことは、簡単に分かるもの。
「メルシニカ、おめでとう。えっと、ぐ、グレゴーリさんもおめでとう?」
名前を思い出せず、疑問系で締め括る。
ミゴリも、少し前まで頬を赤らめていたメルシニカも、家令や使用人に退室させられていった。
用意されている庭で、一組の男女が雑談に花を咲かせていた。
「運がすごくいいのが、嫌なんだ」
片方はラフティ。
「なるほどね。豪運とやらは、私に辿り着かせる程のスキルというわけですか」
片方は約一年前からこの街に住んでいる男、ミスト。
父に気に入られて、母にもお気に入りにされ、ラフティはそのスキルに合点がいく。
人に興味のないあの人達が誰かを気に入るなど、自分のようなスキルでもない限り無理があるとは思っていた。
「こっちも手探りでこの家を調査して、漸く当たりをつけられた」
彼は旅をしていたのだが、旅をしていた理由が己のスキルを弱めるか、無くすことをしたいということだった。
酷いスキルかと思いきや、逆も逆。
豪運とは、良い事しか起こらないものらしい。
贅沢な悩みだと思う。
けれど、捨てるかどうかも本人が決めるコトだとは思う。
「タイミングがすごいわ。丁度埋まっていたスキル枠が最近空いたのよ」
「見ていたら直ぐ分かる。あの妹だろ」
「ええ」
隠すことをしても無駄なので、頷く。
豪運の前には全てが形無し。
「で、私にあなたの運を均等に?私に残った良運を下さる、と」
「ああ。悪くない取引だ。互いに」
「……そうね」
少し、首がもたげた。
気だるいような、蒸し蒸しした気持ちが浮かぶ。
「お前とはもう一年の交友になるな。だからというわけじゃないが、お前は悪人じゃない」
「え?」
突然の言葉に目をきょとっとさせる。
「悪いやつなら、妹の分の運も丸ごと奪うことだってできた。だろ?運を操ることと、意図的に奪うことは心理的行動としてかなり違う」
結婚させたのだって、あの二人はどちらにせよ、そうするしか道がもうないので、ラフティのせいじゃないと言われる。
あの二人は電撃結婚と皮を被せた名目で既に籍を入れさせてマゴリ、いや、ミゴリという彼氏、現在は夫の生家に嫁いでいった。
ミゴリには既に兄が継ぐ予定の家があるので、ミゴリと妹は居候夫婦となる。
ミゴリは遊びだったんだとぶつぶつ、結婚式の控え室で言っていた。
その結婚式も中流階級同士にしては静かであり、醜態だと両家は判断していた故に、友人なども誘えないままの、身内だけのものとなった。
ラフティは新しく仕立てた素敵なドレスを着用して、両親に似合っていると褒められながら過ごした。
ミゴリが若干、擦り寄ってきた時には両親に付き合っていたが浮気して己を捨てたことを黙っていて欲しかったら妹と共に生きていきなさいと告げた。
まだなにも親に言ってないから、こんなにスムーズに結婚まで行かせられたのだ。
不貞や浮気してこうなったと知れたら、慰謝料で、もっと肩身の狭い思いを向こうの家で味わうことになっていると、追加。
ラフティと親の関係を知った男は、身震いして作り笑いで、妹の隣に戻るしかなかった。
それを思い出し、豪運スキル持ちの男に目を合わせた。
「分かりました。この一年、あなたの人となりを知りましたので、その結果を今、お渡しします」
茶を一口飲み、ソーサーに置く。
「いきなり半分にすると反動の恐れがあるので、少しずつ調節していきます」
宜しいですか、と聞くと男は感じ入った顔で頷く。
「感謝する」
「いえ、こちらこそお茶飲み友達になってくれてありがとうございました」
男から運を取り出して、均等にしていく。
言葉にするならば、シルクを触っているような肌触りだ。
運というものは総じて、そんな感触がする。
人でなしの領域である、生みの親さえも。
運だけは良質の絹だった。
目からぽろりと涙が溢れた。
「終わりました」
作業を終えると、目の前の男は困ったような顔をして聞いてくる。
「おれの運は痛かったのか?」
泣いているから、相手が思い違いをしている。
ミストは優しく目尻をハンカチで拭う。
「ミストさん。違います。スキルは痛みを伴いませんよ」
「そうか……あー、その、傷心に漬け込んでる自覚はあるんだが」
「はい」
「よければ、おれと結婚してほしい」
「え?」
驚いて涙が乾くほど、瞼を開け続けた。
「スキルは関係ないぞ?そもそも結婚は豪運があっても上手くいくしな。無くなったから、逆に真剣に聞いてもらえるだろ」
お茶目な目を浮かべて笑う。
ミストは、ラフティの手を取り真剣な声音で述べる。
「豪運だと皆了承するんだ。ちゃんと好きな相手には運無しで言いたい」
今のラフティはまだ彼の運を自分の運に混ぜてないので、この告白は彼の分による運増加の効果ではない。
「……私、今ある運を消してあなたの告白を再度受ける程強くありません」
「面白いことをいう。おれの豪運の方が力は強かったぞ?ということは、その時から良いなと思ったんだから、それはおれだけの感情だ。運による感情の重さをいうなら、お前が今感じているおれに対しての気持ち。本物が分かるのか?」
「それは」
「お前の妹のメルシニカだって、変だろ。運に関してはお前の方が多かったのに、色々取ったりしてたし」
「しかし、両親は」
「俺の予想だが、聞くか?」
頷く。
ミストは、自分にも両親が居て豪運でもしっかり分け隔てなく育てられたのだという。
「お前の親は元々愛に対する数値がゼロだったのを一にした。妹は姉に対してマイナス感情があって、マイナスから愛の分を差し引いても、やっぱり妬みが残ってたんだろうな。親への求める愛はあっても、姉に対する愛はマイナス状態をずっと維持してただけなんだろ。確か、半分やったんだったよな」
ラフティは思い出す。
半分あげた。
「お前は妹に対して愛が十あったとして、お前の妹はマイナス十。マイナス五だ。お前に対する愛は」
ラフティのスキルのことをなにも知らねば、単にメルシニカは時間と共に両親に愛されていったと思ったに違いない。
「最初から愛情の差があったのね。言われて気付くなんて」
親からの無関心には敏感に反応したが、お姉様と言って後ろから付いてくる妹の感情には、なにも反応できなかった。
親に無関心でいられて、悲しみで泣く妹。
時間が経てば関心が向くかもと思っていたが、ラフティのように器用にこなせなかった妹はいつまでも親の背中を追う。
ラフティは酷い仕打ちの親をなんとも思ってなかったが、メルシニカは感情のみで泣くほど、愛されたいと望んだことに愛しさがあった。
小説だって、登場人物に感情があるからこそ、感動するのだ。
感情がない生き物から生まれた、愛を求める幼児を見て見ぬふりすることは、出来なかった。
間違いだったとは思わない。
メルシニカが先に間違ったのだ。
姉の恋人が欲しいのなら誠心誠意「好きになったので」と告げるなりなんなりすればよかった。
男は不実な性格だが、恋人ができるのなら誰でもよかった筈。
となれば、穏便に別れてその後誰とでも付き合うなり、できた。
それをしなかったのはメルシニカがラフティを傷つけたいと思っている他、なかった。
それ以外の理由など、あっても聞く必要も付き合う必要も皆無。
「ありがとうございます。ミストさん」
元カレのあの男にも同じことが言える。
姉妹を渡り歩いて優越感にでも浸りたかったに違いなさそうだ。
どちらでもいい。
それは突き詰めれば、メルシニカなど愛してないということ。
「それは結婚してくれるってことか?」
「はい。父が得体の知れない縁談を持ってくる日を怯えて待つよりも、あなたと夫婦になるための準備に私は自分を使いたいです」
「そうか……そうか!よし、よし、ふぅ」
ミストはホッと息をつき椅子にもたれ掛かる。
相当緊張していたらしい。
豪運と共に人生を歩んできたにしては、随分と慣れてないらしかった。
自信満々で挑んだのだと思っていたのに。
「今まで好ましい人に出会わなかったんですか?」
「居たが、居たとしてもやっぱり穿って見てしまう。おれの豪運で受け入れているかと」
「そうですか、そうですよね。私も恋愛結婚が許されていたなら、そんな怖さを抱き続けたかもしれません」
ミストは茶を飲むと、ラフティの目を見つめてニカッと笑う。
「今は普通だから、プロポーズは正真正銘、おれの好意のみで頷かれた」
それが嬉しいのだと言ってくれた。
「結婚、してくれるんだよな?」
「ええ。両親には頷いてもらいます。良い縁談を受けたと」
元々、その目的で両親のなけなしの愛をかき集めて危機回避をしてきたのだ。
なければ今頃、どんな相手に嫁がされていたか。
そう思えば、メルシニカも同じ運命を辿っていたことになる。
あんな男でも、碌でもない相手よりはマシ。
そうでなくとも、あの二人の代償の結果なので、泥舟だったとしても共に沈むべきだ。
「はぁ、本当に良かった。悪い。急にカッコ悪く見えるよな。豪運がないとこんなに息が苦しくなるもんなんだな」
それでも彼は、運を元に戻してほしいとは言わなかった。
ラフティの塩梅で少しだけ運を平均より盛っておいたので、道路にお金が落ちていたくらいの幸運はある筈だ。
それに、彼からもらった運は妻になる自分のものになるので、人生設計においては安泰である。
「今後も長い人生を、共に生きて下さいな」
「ああ。はぁ、ラフティの方がおれよりかっこいいじゃないか」
「ふふ。そうですか?」
ラフティは満更でもない気持ちになりながら、熱のある瞳を向けるこの人と共にありたいと心から祈った。