人食い沼
ある山間の村の近くに、一つの沼があった。そこには様々な山菜や珍しい薬草が生えているのだが、村人たちはそこを人食い沼と呼んでけして近付こうとはしなかった。
あるとき薬師をしている旅人が村へとやってきて、その沼のある場所やそこに生えている植物に興味を持ち、村人たちからその場所を聞き出そうとした。
村人は迷惑そうにしながらも、 その男のしつこさに根負けしてその沼の場所を教えたが、ついでにとその沼がなぜ人食い沼などと呼ばれているのか、その曰くを話し始める。
昔、山菜採りに行っていたある村人が夜になっても戻ってこないということが起きた。村人総出で探したものの、山菜の入った籠と履物の片方が沼の近くで見つかっただけであった。
捜索が打ち切られて二、三日後のこと。沼の近くで綺麗に肉がこそげ落とされた骨が見つかった。骨の近くに落ちていた服の切れ端から考えて、山菜採りに来た男だろうという結論になった。
だが、肉は一体どこに行ったのだろうか?
それからしばらく経った頃、またしても山菜採りに行っていた男が姿を消した。そして何日か経つと、また肉のない骨が沼の近くで見つかる。
それから村人は沼が人を食ったのだと噂するようになり、恐れた。
村人から沼の場所を聞き出した旅人はそこへと向かう。
噂がそう見せるのか、沼の近くはなにやら不吉な雰囲気があった。しかし、薬師である男はそんな雰囲気などまるで気にも留めずに、そこに生えている珍しい薬草を嬉々として採集しはじめる。
そして小休憩をしようと手を止め腰を下ろした男は沼へと目を向け、そこに誰かが立っていることに気が付いた。
それは少女のようであった。見たところ、なにも服を身に着けてない。
暗い沼の色で少女の玉のような白い肌が浮かび上がるように強調されていた。
男は思わず音を立てて唾を飲み込んだ。少女から目を離すことができない。
やがて少女は男の存在に気が付いたのか、沼の上を滑るようにして近付いてくる。
目の前にまで近付いてきた神秘的な美しさを持つ少女を、その隠すものの何もない体を見て、男は思わず少女に飛びかかり、少女を沼の中に押し倒す。
少女は美しい顔で楽しそうに笑っていた。
幾日経っても戻ってこない旅人を心配した村人が何人かで沼へと向かうと、そこには薬草が入った籠と、人の骨が転がっているだけだった。
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