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魔術学園  作者: 直井郷
3/3

暗い影

 自室でベッドに腰掛けて本を読んでいて、窓に雨粒が当たる音がし始めたと思ったら、雨音が急激に強まってきた。


 カーテンを開けて外を見てみると、やはりかなりの豪雨だった。



 しばらく窓から外の様子を見ていると、建物の1階の入り口に荷車を引いた一行が現れた。食料などの買い出しから戻ってきたのだろう。この雨の中だとかなり大変だったはずだ。



 そのまま部屋を出ると、建物の入り口へと向かう。


 

 この孤児院は、丘に位置していることもあって、ある程度まとまった量の食料等を定期的に街の方に下りて調達してくる必要があった。孤児院の職員の人たちだけでは大変な時もあるので、ボクやマルタといった上級生が交代の形で同行することも多くあった。



 確か今日は、ガナーシュが同行していたはずだ。



 階段を降りると、一行が服についた雨を落として、荷解きしているところだった。ただ、何やら重々しい空気が漂っているように感じた。そして、それが予期せぬ豪雨によるものではないというのもすぐに分かった。



 何かあったんだ。



 遠目に状況を伺っていると、ガナーシュがこちらに気づき、近づいてきた。



「何かあったみたいだけど」


 

 ガナーシュは、後ろをチラッと振り返った。

「……実は、街でよくない話を聞いたんだ」

 


「よくない話?」


 ガナーシュは黙って頷いた。

「この街から南に少しいったところに、ベール村っていう小さな村があるらしいんだけど。どうやらその村の大半が焼失したみたいなんだ」 


「焼失って……自然災害とかそういうんじゃなさそうだね」


「ああ。人為的なものだよ」



 村が焼失するほどかつ人為的なものというのは、つまり、何らかの犯罪集団による犯行の可能性が高いということだ。



「でも、なんでその村を?このくらい大きな街なら分からないでもないけど……」



「小さな村ではあったらしいけど、どうやら、かなり大きな商家があったらしくてね。目的はそこだったらしいよ」



「村の人たちは巻き込まれたってことだよね」



「まぁな」

 ガナーシュはそこまで言ったところで声のトーンを落とした。

「……実は、その村は小さいとは言ったけどさ。ここと同じ孤児院があったみたいなんだよ。勿論、規模は小さかったらしいけど」



 そこまで聞いたところで皆の雰囲気が暗く重かった理由がよく理解できた。


 

「……そこの人たちも犠牲に……?」



「いや、辺り一面焼け野原で、建物の瓦礫もすごいらしくて、全く状況が掴めないらしい。まぁ、でも状況が状況だしな」



 そこまで話したところでガナーシュは、荷解きしている方へ体を翻したが、すぐに立ち止まって振り返った。

「この話、子どもたちには内緒な」


「分かってる」



「それと……一応マルタにもな」



「……そうだね」



 ガナーシュもマルタがクレインピーク学園への入学を目指すべく、体に負荷をかけるような鍛錬を行なっていることを知っている。今回のことを聞けば、マルタが更に無茶な行動に出るかもしれないと考えているんだろう。




 それもそのはずだ。そもそもマルタが魔術師になることを目指しているのは、自身の過去にあった。かつて、マルタには父親と兄の2人の家族がいた。



 ある夏の日。マルタの父親は、2人の子どもを喜ばせようと汽車に乗って王都へ観光に行こうとしていたらしい。ところが、その汽車が王都へと辿り着くことはなかった。先ほどガナーシュから聞いた話とよく似ているが、汽車には、名高い資産家が乗車していたらしく、その財産目当てに盗賊団が襲撃を仕掛けてきた。盗賊団からすれば、資産家以外の人間がどうなろうがどうでも良かったのだろう。実際に、何があったのかその詳しいことは知らない。ただ、乗り合わせた人の大半が襲撃に巻き込まれ、命を落としたという。そして、その中にはマルタの父親と兄も含まれていた。


 その列車を襲撃した盗賊団がその後どうなったのかは知らないが、少なくともマルタはその時から魔術師を目指すようになっていたのだと思う。





***



 夕食の後、子どもたちが寝静まったかなどの確認をし終え、2階の自室に戻ろうと階段へと向かうと、階段前の方から何やら話し声が聞こえてきた。話し声といっても、何か会話をしているというよりは、何か白熱した議論をしているという感じだ。声の主はすぐに分かった。恐らく、マルタとガナーシュだ。


 

 階段下に近づくと、予想通りマルタとガナーシュがいて、2人の他にも同じく年長組が何人かいた。




「お、キルト」

 ボクに気づいてガナーシュが手を挙げる。やや安堵したような表情をしているようにも見えた。周りにいる他の子も同じような反応を示している。



「何の話してたの?」



「……ベール村の話だよ」


 ガナーシュに聞いたつもりだったのだが、代わりにマルタが答えた。


 マルタの口から”ベール村”という言葉を聞いて思わず、ガナーシュの方を見る。

 

 その視線に気づいたガナーシュがわずかに肩をすくめる。


 ガナーシュは、ベール村の話はマルタには言わないでおこうと言っていた張本人なわけだから、当然そのガナーシュがマルタに言ったとは思えない。恐らく、マルタの方がどこからか聞きつけたのだろう。

 

 

 マルタがあの話を知ったとすると、また一層と自分の体を顧みなくなるのは間違いない。



「……それで、何か色々と議論してたみたいだったけど」



「ああ、それは……」



「ベール村の話は、もう知ってるんだろ?」


 

 これまたガナーシュが答えようとしているのをマルタが遮るようにして答える。



「まぁガナーシュから、何となくは聞いてるけど」



「……じゃあ、孤児院の話も?」



「ああ、それって、確か村にあった孤児院も巻き込まれたっていう……」



「知ってるなら話は早いな。ちょうど、その話をしてたんだ」


 

 いまいちどういう話なのか見えてこない。



「ベール村にも小さな孤児院があって、被害にあったって話しただろ?」


 今度は、マルタではなく、ガナーシュが問いかけてくる。



「……うん。確か建物も瓦礫同然になっていて、全く状況が掴めないってことだったけど。でも、それで?」



「実はさ、マルタがちょっと気になる噂を聞いたらしくてさ」

 ガナーシュがマルタの方をチラッと見る。



「……今日、街に出た時に聞いたんだよ。ベール村を襲った奴らの狙いは、単に商家の財産狙いじゃなかったかもしれないってな」



「どういうこと?」



「……要は、商家は単なるついでで襲った奴らの狙いは、人身売買だったんじゃないかってことだよ」



「人身売買?」



「まぁあくまでもマルタが聞いた噂ってだけだけどね。孤児院にいる子どもっていうのは、オレたちも含めて天涯孤独だからさ……人身売買するにはもってこいってことだよ」



「じゃあ村の孤児院にいた子どもたちは……」


 

 つまり、子どもたちは殺されたというわけじゃなく、連れ去られたということになる。



「ま、マルタが聞いたその噂が本当かどうかは分からないけどね」

 ガナーシュがマルタの方をチラッと見る。



「……でもオレが聞いた噂が本当だとしたら、オレたちにとっても他人事じゃないだろ。ベール村近辺で孤児院があるところって言ったら、この街だけだしな。次はこの街ってことも十分考えられる」



「流石にそれは考えすぎだと思うけどね。この街は、ベール村と違って、騎兵隊も常駐しているわけだし」

 


「常駐って言っても……そこまで大人数がいるわけじゃないだろ。もしも人身売買みたいなことをやってる奴らだとしたら、常駐している騎兵隊なんてわけないんじゃないか」



 ガナーシュが分かりやすく、溜息をつく。

「いくら何でも、話が飛躍しすぎだ。ここには小さい子どももいるわけだしさ、そういう話をするのは、オレたちの前だけにしてよね」



「……本当に飛躍しすぎだと思うか?」


 



「ま、まぁまぁ。もう遅いし、続きはまた今度にしようよ」

 

 

 このままだと議論がかなりヒートアップしそうなので、何とかそうなりそうなのを止める。



 マルタは少し不服そうだったが、何も言わずに、階段を登って自室に戻っていく。他の面々も少しホッとした様子だ。




「……ごめん。オレもついムキになっちゃって」

 階段を上りながら、ガナーシュが声をかけてきた。


「いや、別に気にしなくて大丈夫だよ」



「オレが言うのも何だけど、今回のことでマルテが余計根を詰めそうだからさ、ちょっと心配だよな」




 ガナーシュと別れて、自分の部屋へ廊下を歩いていく。


 確かに、マルタが更に無茶なことをしそうで心配だ。でも、マルタの過去のことを考えると、そう強くは言いづらいところもある。



 部屋に戻ると、マルタはベッドに横に寝転がりながら、年季のいった手帳のようなものを開いて見ていた。マルタはボクが部屋に戻ってきたのに気づくと、その手帳らしきものを閉じ、ベッドを降りた。だが、手帳を閉じた時、そこに挟まっていたと思われる紙がボクの足元へと飛んできた。




「あれ、何か落ち……」


 最後まで言葉を言い切る前に、ボクは思わずその紙を凝視していた。


 紙には、何やら紋章のようなものが書かれていた。

  

「この紋章……」



 いつどこで見たのかは分からない。ただ、確かに見覚えのあるものだった。


 そして、それは何か重要なものであったような気がしてならなかった。


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