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追放された平民聖女はどこにもいなかった、けど…

 その日、のどかな山村に激震が走った。


「私の名はクラスウェール王国の第二王子マーヴィン、ここに聖女様が閉じこめられていると聞き助けに来た」

 そう穏やかな口調で話した男は金色の髪を靡かせながらにっこりとほほ笑んだ。

 オレの嫁に向かって。

 畑作業をしていた嫁はもちろんのこと、オレも嫁の家族も…なんならそばで作業をしていた村人達もポカーン…である。

 まず、何故隣国?そして第二王子?なにより、助けにって…まるで『今、不幸だ』と言わんばかりである。

 にこにこと笑っている王子に、どうしたものかと困惑顔の村人達。

 嫁がオレの腕をぎゅっと掴んだ。

 可愛い。

 うん、嫁が今日も可愛い。可愛い嫁を安心させるように掴んだ手の上にオレの手を重ねた。

「大丈夫、レッタとオレは国王陛下のお墨付きで結婚しているんだ。そんな簡単に離婚させられない」

「そんなことはない。我が国に来れば、我が国の法律が適用される。つまり聖女様は自由になれるのだ」

「いや、隣国なんて行かないから」

 オレの横でレッタも頷く。

「そうです。行きません」

 それを見て『可哀相に』とため息をつく。

「脅されているのか、洗脳されているのか…。さぁ、私と一緒にクラスウェール王国に行こう。聖女として迎え丁重にもてなすし、いずれは私の妃になってもらう。貴族としての教育は受けてもらうが、聖女ならば多少の無礼も許されるだろう。私ならドレスも宝石も、望むだけ与えることができる。こんな何もない田舎の村より、楽しいことがいっぱいだ」

 何、言ってんだ、こいつ。

 たとえ本物の聖女だとしても、そんなわがまま、許しちゃダメだろう。

 王族が使う予算は使い道が細かく決められている。王妃、王女の服飾品だって好き勝手に買えるものではない。好きなものを買いたいのなら、実家に頼むか自分で稼ぐか。

 貢がせる…、献上品という形で受け取る方法もあるが、それをうちの国でやったら、たぶん除籍される。一回、二回…とか、話や場の流れで仕方なく…はさすがに咎められないが、あからさまに貢がせたり巻き上げていたら、辺境地に流されて二度と王都には戻れない。

 他国でも似たようなものだと思っていたが、クラスウェール王国では王族の不正を見て見ぬふりをしているのだろうか。

 話の通じない高位の者は面倒だな…と思っていると、他の村人達も集まってきた。

 その中に隠居生活満喫中の前宰相と前将軍と前外務大臣を見つけ、ホッと息をついた。




 オルティス王国の王都から馬車で三日、田舎ではあるがそこまでの辺境でもないトリム村。低い山の中腹にあり、簡単には行けないが、かといって不便というほどでもない。道は整備されて王都との流通は整っている。

 もとのトリム村は馬車と歩きで一カ月近くかかる辺境の農村で、山の麓から二つの村を経由しなければたどり着けない高地にあった。あまりにも不便なため、一年ほど前に村人全員が王都近くの廃村…ここに引っ越してきた。

 廃村だったが、今は手入れされて居心地のよい村になっている。

 建物はすべて建て直され、上下水道を整え、小さいながらも美しい教会が作られた。役所、病院、無料の学校等もあり、皆、生き生きと暮らしている。

 山間の小さな村であることに変わりはないが、百人弱の村が今は移住者を含めて三百人強に増えた。

 主な産業は聖女印のポーション。高値で取引されるため、安全面にも力を入れている。

 村は高い壁で囲まれ、悪意を持った人間は弾かれる結界術が施されている。

 増えた二百人の村人の大半が国軍関係者で、一緒に村人になった奥方や子供達も剣術や魔法、得意な武術でそれなりに鍛えていた。

 数十人規模の盗賊団に後れを取ることはない。

 オレ、ブラントも剣術と体術には自信がある。体格に恵まれたおかげで力が強く、血筋のおかげで魔法も使える。

 自分の嫁を守ることくらいはできる。

 と、言いたいが、他国の王族ではちょっと分が悪い。戦えなくもないが、その後の国際問題を考えれば専門家に任せるほうがよいだろう。

 場所を村の公民館…こういった時のために作られた広めの応接間に移動した。

 三人が座れるソファと一人掛けソファがふたつずつ。計八人座れるが、腰かけたのは村の重鎮三人と、マーヴィン王子だけだった。

 レッタとオレ、王子の侍従と護衛は背後で控えている。

 現村長で六カ月前まで外務大臣であったエルド・オールビー前伯爵が『今回の責任者はどなたですか?』とマーヴィン王子に聞いた。

 金髪碧眼のキラキラした男が胸を張って答える。

「もちろん、私だ」

 チラッと王子の背後に視線を移すと、侍従と護衛が困り顔で頷いた。侍従も護衛も一人しか来ていない。村の外で馬車と護衛の任に就いている部隊を待機させているらしい。

 ………それ、ダメなのでは?

 一国の王子ともあろう者が、たった二人の従者しかつけずに単身、乗り込むって、バカなの?

 言葉にしなかったが、察したのか護衛の男が諦めたように首を振った。

『バカなんです』

 そう言われた気がする、たぶん、あってる。

 うわぁ、ちょっと気の毒。何も考えずに動かれたら、守るの、めちゃくちゃ大変じゃん。護衛任務は護衛対象の協力なくして成立しないというのに。

 護衛とオレが視線で会話している前で、エルド爺がサクサク話を進めていく。

「では確認したいことがございます。まず、どうしてこの村に聖女がいると思ったのですか?仮に聖女がいるとして、何故、助け出す…などという話になっているのでしょうか。そして、このことはクラスウェール王国、国王陛下のご指示ですか?」

 マーヴィン王子が答えるより早く、侍従が答えた。

「殿下の単独行動で、国王陛下はもちろん大臣達も知りません」

「レーン、勝手に発言するな。それに私は外務大臣の副補佐官であるトリスタン卿から話を聞いて来ている」

「副補佐官殿ですか…、この老いぼれにもわかるように教えていただけませんかねぇ?」

 そう言ったのは宰相を引退したばかりのガスパー・ベレンソン前公爵。

 パッと見た感じは確かに人の良さそうな老人だけど…、引退したとはいえ宰相。発言権もあれば、前公爵としての力もある。廃村をトリム村に作り直したの、ベレンソン公爵家なんだよね。

「いたいけな少女が苦しめられているとするのなら、見逃せませんからなぁ」

「よかろう。真実を教えてやるから、よく聞くがよい。私が聞いた話は…」

 え、そんな簡単に話しちゃうの?

 あと、まさかと思うけど『噂話』を聞いた後、裏付けも取らずに単身、乗り込んできたわけでは…。

 あ、侍従と護衛が虚無顔になっている。

 マーヴィン王子以外が驚く中、得意気に話し始めた。


 十八年前、山間の小さな農村に可愛らしい女の子が生まれた。

 女の子はレッタと名付けられ、すくすくと大きく育った。弟も生まれ、貧しいながらも幸せに暮らしていた。というのも、田舎の小さな農村なんて、どの村民も等しく貧しい。

 山の恵みをいただき、畑を耕し、日々の糧を得る。

 だがレッタが十歳の時に大事件が起きた。

 山で遊んでいた弟のチャックが大怪我をしたのだ。転んだ先に運悪く折れた枝があり、それが腹に刺さった。

 小さな村には医者などいない。村にある治癒ポーションが集められたが、効能は『熱さまし』や『痛み止め』程度のもの。

 時間とともにどんどんと顔色が悪くなり、呼吸も浅くなるチャックに誰もが死を覚悟した。

 大人達の重苦しい空気を察してレッタが『嫌だ、助かる方法はないの?』と泣き叫んだ。

 村には傷を治せる高価なポーションなんてない。医者は三日歩いた先の村、治癒魔法師が常駐している神殿はもっと遠い。

 治癒魔法師…、ここに薬はなくても、その人がいれば。

 自分にその力があれば。

 レッタの願いに神が応えたのか、その日、レッタの才能が開花した。

 弟の腹の傷はふさがり、翌日には目を覚まして『腹が減った』とこぼしていた。

 弟が元気になるとレッタ達親子は神殿がある町を目指した。

 治癒魔法師は神殿に保護してもらわないと、誘拐されるおそれがある。望めば家族も一緒に保護してもらえるので、とにかく早く神殿に報告したほうがよいと村人達に送り出された。

 旅の費用は村人達が集めてくれた。

 レッタ達家族は神殿に向かい、事情を話して保護してもらった。

 一言で治癒魔法師の才能があるといっても、能力には個人差がある。怪我の治療を得意とする者もいれば、ポーション作りを専門とする者もいる。

 数年かけて調べた結果、レッタはすべての事柄に高い適性を持っていた。

 中でも浄化と結界術は過去と比較しても最高峰。

 『聖女と呼ぶにふさわしい能力』であることが認められた。

 平民であった少女は聖女と呼ばれるようになり、ついには国王…王族との対面を果たした。

 歴代の聖女はすべて王族に嫁いでいる。

 王太子はレッタより三つ年上で、年の頃もちょうどよい。皆、王太子と聖女が結婚するのだろうと思っていた。

 実際、出会ってから数年間は仲睦まじく話す姿が見られていた。

 しかし、王太子が選んだのはデルヴィーニュ公爵家の娘アンドレアで、聖女レッタはいつの間にか社交界から…、王都からも消えていた。


「哀れ平民聖女は王家に捨てられ、悪女アンドレアに追われ、こんな辺境の村に閉じ込められた。歴代聖女の中でも最高と言われている力があるというのに、だ!そこで、この私だ。今は第二王子であるが…、聖女を得ることで王太子になることは間違いない!!」

 言い切るマーヴィン王子の後ろで侍従と護衛が『何、言いだしてんだ』って顔で必死に首を横に振っている。

「聖女は王妃となり、私は国王となる。さぁ、私とともに素晴らしい国を作ろう」

 レッタがオレの腕にピトッとくっついた。

「む、無理です」

「怖がらなくてもいい。その男、体格だけは立派だが…、所詮は平民出の騎士崩れ。どうとでもできる」

「そうではなく…、あの、私はブラントのことが好きで…」

「ははは、どう考えても私のほうが美しいだろう。百人の令嬢に聞けば、百人が私と結婚したいと答える」

「だとしても、あなたの見た目は無理なんですっ」

 レッタの言葉にマーヴィン王子が笑いながら首を傾げた。

「私が美しいからといって遠慮することはない。聖女殿もまぁ…、可愛いと言えなくもないぞ。そう卑下しなくともよい」

 なんで上から目線なんだよ、失礼なヤツだな。レッタはめちゃくちゃ可愛い上に、気立ての良い素直な子なんだぞ。

「遠慮なんてしてません。金髪、好きじゃないし」

「まさか、そんな」

「キラキラした金髪とか、人形みたいな顔とか、色白すぎて気持ち悪いです」

「ははは…、はぁっ!?」

 一瞬で余裕がなくなった。

「気持ち悪いってなんだ、不敬だぞ!」

 言葉を理解できる知能がないのかと思っていたが、悪口は正確に聞き取れるんだな。

「ほら、そうゆーとこもっ。呼んでもいないのに押しかけてきて、妄想垂れ流しで、なんか自分に酔ってて、絶対、無理ですっ」

「こ、の………っ」

 マーヴィン王子が腰の剣に手をかけ、立ち上がりながら抜いた。正確には三分の一ほど剣を抜いたところで、前将軍…国軍最高司令官であったデズモンド・アボット前侯爵がずいっと前に出て剣の柄を押さえた。

 至近距離で、圧をかける。 

「まさかと思うが、剣を抜こうとしたのか?か弱き少女相手に?ならば…、わしが相手になるぞ」

「ぐっ、うぅ……」

 どさっとソファに腰を落とした。額に汗を浮かべている。

「な、なんなんだ、お前達は。とにかく、聖女の幸せを考えるのなら、さっさと渡せ。それで万事丸くおさまる。聖女だって、平凡な男より…」

「ブラントだって王子様です!」

 レッタが大きな声で言った。

「はっ、何を馬鹿な…、そいつが、王子?オルティス王国の王族も金髪、銀髪だろう。そんな黒髪の男が王子であるわけがない。幼女が絵本を読みながら、いつか私にも王子様が…という意味でなら、王子なのかもしれないがな」

 鼻で笑い完全に馬鹿にしきっている。本当に視野が狭く人の話を聞かない男だな。

 もう、こいつ、山奥に捨ててこようかな。レッタの聖力のおかげで魔物被害が減ったとはいえ、まったくいないわけじゃない。

 しかし、それに罪のない侍従と護衛達を巻き込むのも可哀相か。

 はぁ~…と長く息をついた。

「殴って黙らせるのはありかな」

 オレの呟きに前外務大臣が『駄目でしょうな』と答え、前宰相が『知られなければ見なかったことにできるが…』と言い、前将軍が『では、死角を作ってそこで』とのってきた。

「デズモンド、煽るな。こんなボンクラでも殴れば国際問題だ」

「ボンクラのために賠償金を払いたくはないねぇ」

「ふん、めんどくせぁ、山に埋めればそのうち土に還るだろ。それで証拠も消える」

 山に埋めても骨が残るから。残った骨から王子だって…、バレるかな?

「や、野蛮なことを言うなっ。大体、私はクラスウェール王国の第二王子だぞ。王族に対して敬意を払え。本来ならば貴様らのような下々の…」

「あっ!」

 マーヴィン王子の後ろにいた侍従レーンが大きな声を出した。

「なんだ、突然。どうした?」

 レーンの顔色が青白くなっている。

「レーン?腹の具合でも悪いのか?他国の水は合わないことがあると聞くからな」

「あ…、の……、私、聞いたことがあって………」

 オルティス王国の国軍最高司令官の名はデズモンド・アボット。剣神デズモンドといえば周辺国でも知らぬ者はいない。そしてデズモンドの後継者だと噂されている男は黒髪に黒い瞳の黒剣使い。

 魔力を帯びた剣は何故か黒く染まり、魔物化した牛鬼を真っ二つに切るほどの剛腕の持ち主。腕を買われ、聖女護衛の任に就いていた。

「牛鬼は見上げるほどの大きさだったと…」

 確かにオレの背よりも遥かに大きく、頭に生えた二本の角は抱えられないほど重く太かった。

「別に一人で倒したわけじゃない。レッタが身体強化や俊敏性で支援してくれたし、騎士団や冒険者達もいた」

 しぶとく暴れ回る牛鬼の首を切り落としたのがオレだっただけ。

「見た目の通りただ強いだけの男なのだろう。意外でもなんでもない」

「噂では…、黒剣使いは王族とのことです」

「………これが?」

 マーヴィン王子がハンッと肩をすくめる。

「どこからの情報だ、それは」

「我が国の国王陛下と王太子殿下からの情報です」

「………………」

 さすがに自国の王の言葉は否定しないか。

「マーヴィン殿下が他国でやらかさないよう、接触を避けるようにと聞いていたのに…、申し訳ございません。あまりに前のことで失念しておりました」

 マーヴィン王子がそっとオレを見る。

 オレは頷いた。

「生まれた順番でいうなら第一王子だが、王位継承権は放棄した。今はレッタの夫でトリム村の青年団団長だ」

「いや…、王位継承権放棄って、あり得ないだろう!?王族なのに?しかも、聖女と結婚しているのに?」

「オレのことはどうでもいいだろう。とにかく、一応は王族であるオレがレッタと結婚しているんだ。この国はレッタを蔑ろにしているわけでも、王都から追い出したわけでもない。この村には宰相と外務大臣と将軍をやってた爺さん達もいる」

 レッタの希望を叶えるべく三人が時期を調整して引退し、村に移住してきた。むしろ王都に居た時より手厚く保護している。

 この村の教会にいる司教様だって王都で長く教皇の補佐をしてきた方だ。

「は?宰相と…、なんだ、それは。宰相といえば公爵家の…」

「ベレンソン公爵家、アボット侯爵家、オールビー伯爵家…、あと王太子妃の生家デルヴィーニュ公爵家も村の支援をしている。よく見てみろ。寂れた村の公民館がこんな立派なわけ、ないだろ」

 公民館は村の人達の寄り合い所として作られたが、緊急時は宿にもなる。急に貴族が泊まりに来たりするからな。

 今、オレ達がいる応接間も王家…とまではいかなくとも、公爵家で使われているクラスの家具が使われている。派手さはないが、座り心地が良く劣化を遅らせる魔法がかけられている。

「なんで、そんな…、何故、王都に住まない?何故、王族として暮らさない?こんな田舎の村に…」

「そんなん、部外者のあんたに関係ないだろ」

 問題はただひとつ。

「ここには、王都から追い出された平民聖女はいなかった…てことだよ」

 マーヴィン王子は納得していないようだったが、ここまで話してやっただけでもだいぶ親切にしたほうだ。

 あまりに腹立たしかったので、余計な一言を追加しておく。

「追放された平民聖女はいないが、追放されそうな第二王子はいるかもな」

「ここには第二王子もいるのか?それは王太子では…」

 察しが悪いな。侍従と護衛は気がついて、ますます顔色を悪くしているというのに。

「あのなぁ、勝手に他国に押しかけて、聖女と王族に暴言を吐いておいて無事に済むと思っているのか?」

 爺三人が悪そうな笑みを浮かべて、そこでやっとボンクラも気がついた。

「う、あ、あ………」

 顔色が悪くなってきたがフォローする気にはなれない。とにかく帰ってくれと村から追い出した。

 ちなみにマーヴィン王子には(信じられないことに、本当に)害意がなかったため、村の結界には弾かれなかった。そして村の門番は。

「クラスウェール王国の王子だって言ってたから…」

 断り切れずに村に入れたのかと思えば、そうではなく。

「中に引き込んで、消したほうが楽かなって。連れてきていた護衛もたいしたこと、なさそうだったしなぁ」

 カラカラと笑って物騒なことを言っていた。




 後日、クラスウェール王国に抗議しておいたので、マーヴィン王子は再教育か…無理なら、どこかに幽閉か。冗談ではなくどこかに追放されるかもしれない。

 ともかく、ここに二度と押しかけてこなければそれでいい。


「もう、ビックリしちゃった。あんな王子様っぽい王子様、全然、好きじゃないのに。しかもあの人、私のこと、なんか見下していたし」

 レッタがぷりぷりと怒っている、可愛い。

 思えば…、初めて会った時から可愛かった。栗色のくせ毛をポニーテールにして、リスっぽいなと思ったら、本当にリスみたくちょこまかと走り回って。

 あの時はまだ十二、三歳だった。

 小さな体なのに、人一倍元気に走り回って、弱音も吐かない子だった。

 聖女候補と聞いていたから、一応は王族であるオレが護衛任務について…、挨拶に行くとレッタがホッとしたように笑った。

「ブラント様は黒髪なんですね。良かった。なんだか…、金髪とかキラキラした人達がそばにいると落ち着かなくて」

「オレのことは呼び捨てでいい。オレもレッタって呼んでいいか?」

 笑って、頷いた。

 聖女と呼ばれるほどの力を持っていても、驕ることなく慣れることなく。そうは言っても、聖女として認定されれば王族とも会うし、いずれは王族の誰かと婚姻を…という話になる。

 そこで俺に白羽の矢が立った。

 王族と言ってもオレは側妃の子供。それも、最初から王位を継がせない前提で生まれている。

 伯爵家に生まれた母は一度、侯爵家に嫁ぎ、嫁ぎ先で夫と死別したため実家に戻っていた。数カ月の結婚生活で子供は生まれなかった。

 その頃、王妃はなかなか子供に恵まれずに悩んでいたとのことで、どうせ側妃を娶るならば自身が認めた相手を…と、自身の護衛で親友でもあった母に頼み込んだ。

 結果、母のほうが先に子を儲けたが、母の実家は伯爵家で本人にも『国母になる』などという野望はない。義務は果たしたとばかりに王妃の護衛に復帰した。

 オレが誕生したことで王妃のプレッシャーが軽くなったのか、王妃も懐妊し三人の男の子が生まれた。

 オレ自身も王子としての生活よりは、騎士として…なんなら平民でも問題ない。貴族のご令嬢を見て美しいとは思うが、結婚したいのかと聞かれればちょっと荷が重い。

 最初から聖女の婿候補として護衛の任についていたわけだが、お互い、ほぼ一目惚れだったように思う。

 レッタは可愛くて一生懸命で、レッタにとってのオレもちょうどいい感じの『頼れるお兄さん』。

 近寄りがたいキラキラした見た目ではないが、一応は貴族の血筋。顔立ちは整っているほうだ。ただ…、貴族にしては目つきが鋭くて体格が良すぎるだけで。これは母の家の遺伝だと思う。

 当事者同士は問題なかったが、納得しない貴族もいれば聖女を自分の派閥に取り込もうと動くヤツもいる。

 不満が出ないように王城にも出向き、王子達、その婚約者達と交流しつつ、準備を進めていた。

 優先されることは聖女の希望。

 育った村のこと、自身の家族の事を気にしていたので、村を丸ごとひとつ作り直して、トリム村の人達は農作業を、オレ達移住組は薬草作りをしていた。


「それにしても…、どうしてそんな噂があるのかしら」

「世の中には自分の都合の良いことしか聞き入れない奴もいるからな。そういった奴らは情報を都合よく改変しちまう」

 虐げられた平民聖女がいたほうが、都合が良いと思う奴もいる。

 王太子妃の実家デルヴィーニュ公爵家や宰相ベレンソン公爵家との敵対派閥なんかだな。マーヴィン王子も『聖女を手に入れれば国王になれる』とか恥ずかしいこと叫んでいたし。

「聖女と呼ばれるようになった頃からそういった人はいたけど…、結婚してもまだ現れるなんて。望んだ結婚です、幸せですって言ってるのに、どうして信じてくれないのかな」

「オレが王子様らしくないせいかもな」

「そんなこと、ないよ。ブラントはいつだって王子様だったもん」

「はは、オレが王子様ならレッタはお姫様だな」

 今日は疲れたから二人でいちゃついて過ごそうと思っていたら、爺三人が家にやってきた。

「情報が他国にまで流れているのは問題だ。レッタちゃんの安全のために、村を移すことにしたぞ」

「すでに場所の選定に入っておる」

「護衛も増やしたほうがいいだろうなぁ」


 爺達が引き上げた後、二人でため息をついてふて寝するためにベッドに倒れ込んだ。




 半年後、新しく作られたトリム村に移住すると、他国からの移住者が三人程到着していた。

 見覚えのあるキラキラした金髪はちょっと不貞腐れた顔で、あとの二人は申し訳なさそうな顔で。

「これ…、国王陛下からの手紙です」

 マーヴィン王子の侍従レーンに渡された手紙には。

『うちのボンクラ王子の教育をよろしく頼む。性根を叩き直してくれ』

 と、丁寧な言葉で書かれていた。

 うわぁ…、断りたい…と思ったが。

「クラスウェールの王には新しい村を作るのにだいぶ援助してもらったからのぉ」

「致し方なし、じゃな」

「まずは体力作りだ。体力がつけば根性もつく」

 追放された平民聖女を助けに来て、自分が追放されるって…。

 思わず声に出てしまったようで。

 マーヴィン王子は『追放されたわけではないっ。これは、留学だ、研修だ』と叫んでいたが。

 うっかり『追放された王子』が爆誕してしまった。

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