5 拷問
わたしはたった一人で、恐怖に泣き叫びながら、地下階へと駆け降りていった。
そこには「鼠展示室」と案内板に記されていた。わたしはその展示室に入った途端、もう一度、狂ったような叫び声を上げた。
薄暗い中で、裸の人間の男女たちがガラスケースの中に横並びにされていて、中には綺麗に切り取られて生首だけになっているものもあった。顔を縦に両断されているものもある。すべて剥製のようである。
天井から「旧式鼠取りから新式鼠取りまで」と記されている汚ない看板がぶら下がっている。
その隣には、巨大な鼠取りやギロチンや鋸といった拷問器具が所狭しと並んでおり、至る所に血のしみが残っているのである。
「そうだ。あの黒猫が「鼠」と言っていたのは、はじめから……」
わたしは身の毛を震わせて、めちゃくちゃに髪を乱すと、呼吸を乱しながら、壁に貼られている説明文を貪るように読んだ。
『文明開花以降、ここ三百年に渡る猫類の鼠取りの技術革新には目を見張るものがございます。このフロアにはその代表作を集めました。それこそ、生きるよりも死んだ方がましと思わせる、残虐極まりない輝かしき発明の推移をご覧ください』
わたしはその説明文を読んで、頭を押さえると「ああ!」と叫んだ。なんてこった。猫たち、残虐性ばかりこだわり抜いた発明を続けている。せっかく生まれてきたのに、ただ痛ぶられて、鼠たちはあのゴミ袋の中身となってむざむざと捨てられてしまうのだ。
(狂気の沙汰だ。なんでこんなものを発明したんだ……)
その時だった。目の前の壁を、爪で引き裂こうとする音がぎりぎりと響いてきた。そしてあの時の声も……。
「苦しい……苦しい……こんなに苦しけりゃ死んだ方がましだ……」
わたしは壁に目を見張ると、驚いて引き下がったが、壁に張り付くと、その声をじっと聴いていた。途端、大声で笑い出した。腹の底からおかしく思えてしょうがなかった。わたしはあんな招待状を貰い受けて、面白おかしいものを見れると勘違いして、こんなところにやってきてしまった。まさかこんなところで虐殺されることになるとも知らずに……。あはは。あははは……。
「アハハハハハ……なんて馬鹿なことをしたんだ……ただ黙って生きていけばよかったものを……」
わたしはぴたりと黙ってしまった。涙が込み上げてきた。わたしが頭を抱えていると、カーテンがさっと開いて、ステージの上に山高帽のかぶった黒猫がステッキを持って立っていた。
「すべて、あなたが望んだことですよ」
「わたしが何を望んだというのだ……」
「人間を嫌い、人間を呪い、人間に復讐したいと思っていたから。あなたも人間という鼠を好きに痛ぶれる猫の世界にやってきたのです……」
「そんなこと、ちっとも望んじゃいない……」
「あなたは人間の世界で上手くいかないから、こんな世界に希望を抱いていたのでしょう。その心の声を聞いて、館長があなたに招待状を出したのです……」
「余計なお世話だよ。わたしはそれなりに上手くやっていた。それに、わたしは人間なんだ。どんな風変わりでも、どんなに生きるのが下手くそでも、人間なんだよ!」
「お怒りになってはいけません。わたしはあなたに意地悪をしたいのじゃありません。ただ助けたかったのです。人間の世界なんて醜いものです。ただ、あなたが人間として生きることへの未練を捨て去ることができれば、この美しい猫の世界で生きていけるのですよ……」
黒猫はそう言って、山高帽をひょいっと飛ばして、ステッキに引っ掛けてくるりと回した。
「こちらの世界に来れば、人間たちをあの鼠取りにかけることもできる、何の躊躇も抱かずにね……」
黒猫はそう言うと、わずかに悲しげに俯いた。
「そ、それが正しいことかね。君たち、猫の倫理性はどうなっているんだ。こんな残酷なものを無数に生み出していながら……」
「面白いことをおっしゃいますね。しかし機関銃を生み出したのは誰ですか。毒ガスを生み出したのは誰ですか。核兵器を生み出したのは誰ですか。すべて人間ではないですか。それなのに、なんですか。鼠取り一つにそんなにぎゃあぎゃあ言いなさんな。それに、あなた方は本物の鼠には何の躊躇なく、鼠取りを仕掛ける……」
そう言って、黒猫は狂ったように笑うと、その場で愉快なタップダンスを踊り始めた。どこからともなく猫の楽団が現れて、軽快な音楽を奏で始めた。
「自分の罪を見せつけられて ぎゃあぎゃあ騒いでいる 憐れな人間たち 鼠取りの中で一休み」
と愉快に歌う黒猫。わたしはそれを聴いてがっかりしてしまって、その場にうずくまった。
「あはは。そりゃ滑稽だよな。ただ、虚しかったんだ。生きるのがつらかったんだ。それなのにこの社会を変えようなんて思ったことがない。ただ人間が嫌いだった。ただ人間が呪わしかった。ただ人間に復讐がしたかった。そうしたら、こんなところに来てしまった……」
わたしはその場で泣き続けた。