深夜にラノベを買いたくなって、自転車を走らせる
深夜ーー。
それはオタクの時間である。深夜放送のアニメを見るために、ギリギリまで起きている。明日の学校の一限目を睡眠にあてでも、リアルタイムで視聴するのが、オタクの性。
しかしーー。
「マジッ神。おもしれー、早く続き放送しないかなー」
見終わって、すぐテンションが上がりパソコンで原作がないか、探す。
「原作あんじゃん。しかも、6巻分出てる。コミカライズは、まだ二巻か」
俺は本棚の自己啓発本のタイトルを見る。
ーー決断力、できる人はすぐにやる方法、先延ばしにしないためのーー、一秒で決断するetc。
「たしか、あそこの本屋がーー」
深夜の自分の部屋で、タイピング音だけが鳴る。
「やっぱし、深夜3時まで。さすが、分かってる。本は夜に読むもの。陰なる者の趣味。昼間より、夜の薄らとした雰囲気こそ本屋の鑑」
深夜テンションで意味不明なことをいいながら、親にバレないように、こっそりと、玄関のドアを開けて、俺は、夜の闇へと、溶けていった。
自分の自転車で走り出す、夜の冷気が気持ちいい。信号、もちろん無視だ。悪いな、自分で判断できる人間で。ああ、ほとんど誰もいない道路、今、俺は自転車暴走族。
「はぁはぁ」
自転車片道10キロは、思ったより遠いな。途中でしんどさが楽しみを上回った。
俺、明日起きれるのか。徹夜いくか。
徹夜読書なんて、俺も立派な読書家だ。
息を整えて、意気揚々と、深夜の灯りを一身に集めた郊外の本屋に入った。
こんな時間でも、客は何人かいる。この静かな雰囲気こそ夜の本屋。昼間のお子様や家族連れやサラリーマンがいる時間と違って、殺伐としてコミュ症が集まっているような雰囲気がいいじゃないか。
店員の愛想なんていらない。小声で、ありがとうございましたー、と言っているところも良き。疲れてきった世界のホッと一息。
おっと、感傷に浸っている場合じゃない、早くラノベを買わないと。善は急げ、読書は正義なり。
2階のラノベコーナーへと足早に階段を上がっていく。
「『オンボロ平野オンザロード』は、えっと、何文庫だったか」
ラノベの背表紙を見ながら、目当ての本を探していた。
そして、俺はベタなやつをやってしまったのだ。
「あ、あった」
「これだ」
声が重なると、同時に、一巻に指を当てていた。
ラブコメかよっ、とツッコムほど人生を俯瞰しているわけもなく、隣の人物を見ると。
「い、いずみの、さん」
「えっ、誰?」
覚えられていないクラスメイトAだった。泉野さんは、訝しげにこちらを見ている。普段と違って、メガネとニット帽をかぶっていて、俺、よくすぐ分かったな、あと巻きながら感心した、自分に。
「安藤です。クラスメイトの」
「あー、あー、いたような、いなかったような」
いたから。まだ皆勤賞だぞ。そんな登校と不登校を繰り返す陰キャの実力者みたいな人間じゃない。
「わたしの方が早かったよね」
「ん、いや、そんなのーー。てか、もう一冊ぐらいどこかに…」
アニメ化したラノベの一巻が、少ししか置いてないとか、そんな品揃えなわけない。昨今のラノベコーナーの縮小化でも、映像化作品ぐらいは平積みしてたりするだろう。
俺は、コーナーの隅から隅まで見回す。
なかった。
「じゃあ、そういうことで」
「ちょっと待とうか、いずみのさん」
「わたしは今から買って読む。あなたはどうせ寝る。よって、わたしが先に買う方が人類のため」
「人類を巻き込むな。提案がある。俺は買ってすぐに読んで明日の朝にその本をいずみのさんに渡す、どうだろうか」
「電子書籍で読んでな」
手に持った本をこれみよがしに見せながら、一巻の精算機に行こうとする泉野さん。
「ちょい待て」
「うはっ、肩に触らないで。セクハラ。訴えるよ」
「待て。深夜徘徊でめんどくさいことになるぞ」
このまま一巻が手に入らなかったら、深夜で自転車で20km運動しただけのことになってしまう。運動不足を解消している健康オタクなんてオタクじゃない。オタクはもっと不摂生で不衛生であるべきなんだ。深夜にひとり本を読んで笑う、これ以上の愉悦はない。
「いずみのさん、オタクバレしたくないよね」
「あー、そういうこと言っちゃう。でもね、わたし、SNSの画像にアニメ画像を使える程度には、周知されてるんだよね。どこかの、誰かさんは、オタクバレしたくないのかな。さっきの言葉、そのまんまお返しようかな」
ぐはぁ、まさか、オープンオタクか、こいつ。コスプレとかもしちゃう系の陽なるオタクなのか。オタクですけど、なにか、と。その黒さえも歴史の一部と。
「グッバイ、シーユー。一人で缶コーヒーでも飲んでな。夜は冷えるからな」
タンタンタンと、泉野さんは一階へと降りていった。その背中を俺は見送った。
でも、結局、一階の映像化コーナーに置いてました。大量に、一巻が。
不毛な争いだった。もっと周りをよく見よう。
泉野さんとの不毛な争いの後、俺たちは互いに関わることもなく、クラス内の枠組みの中で、互いに不干渉だった。
しかし、アニメのクールが回ればーー。
「いずみのさんは、なぜ、ここにいる」
「ストーカーだ」
「俺は、1話が面白かったから原作をだなあ」
「ちょっとは待てないの。通販使いなよ」
「同じ言葉を返そう。のしをつけて」
オンボロ郊外本屋で、ロマンスの欠片もない。
もっと照れ屋でデリケートな女子だったらば。
本の背表紙に指をかけて、あっ、ごめん、とか言うラブコメディ。
現実はーー。
「はい。どうせ、これでしょ」
「なんだ、今回はブッキングとかしないのか」
「わたし、五巻を買いにきたから。ごめんね、原作読んでるの。アニメ見たらテンション上がって、もっと読みたくなっただけ」
「ネタバレするなよ」
「ふり?」
「じゃねー!!」
「で、消費ブタさん」
「俺は意識が高いからワナビーだ」
「で、売れないバンドマン以下のワナビーはーー」
「おまえも同族だろう、きっと」
「残念ながら……」
まさか、すでにラノベ作家です的ラブコメ展開。
「わたしは将来公務員になる予定だから」
堅実っ、堅実すぎる。小学生を見ろ、〇〇tuberとか言っちゃうんだぞ。夢がないのはいけないぜjk。常識的に考えて。
「専業主夫にしてください」
「ヒモ宣言しないでくれる。甲斐性だよ、男は」
「男性差別だ。ぐうたらソファでお菓子をつまみたいんだよ、男も」
「女性の認識がゴミ。いつのバブルに生きてるの」
まぁ、たしかに。そんなステレオタイプ、昨今のアニメでも見ないけど。ああ、のんびりしたい。時間がなさすぎるのに、コンテンツは増えていくし。
「それで、ワナビーヒモ志望の俺に、何か?」
「ちょっとあっちのコーナーで、買ってきて欲しいものがあるんだけど」
「あっちのコーナーねぇ」
18という数字に、バッテンのマークが付いているんですが。明らかにアダルトなコーナーなんですが。
「俺はまだ18歳以上ではない」
「どうせ将来は官能小説ギリギリのラノベでも書くんでしょ」
「俺はもっとハードボイルドなやつを書く。SFとかな」
「どう考えてもそんなタイプじゃないです、ご苦労様です」
「だいたい、何を買わせる気だ」
「ちょーと妹から頼まれて。お姉ちゃんならいけるとか言われて」
「シスコン」
妹の頼みでも断れ。いや妹の頼みだからこそ断れ。
「なんかそこそこハードなBLらしくて」
「お前、男に、BLを買わそうとしているのか」
「どうせモテないし、将来そういう線に行くでしょ。女に絶望した、とか浸って」
「俺は大学ではモテるから」
「どっっから湧いてくるの、その自信。鏡持ってる」
「よーし、頼みは断る。絶対に断る」
「待って待って。わかった。取引しましょう。あなたはわたしのために、いやわたしの妹のために、BL本を買う。わたしは代わりにーー、どうしよう、女性の服でも買おうか」
「どうして俺が女性の服を買ってもらわないといけない」
「だって、どうせ女の子の下着とかスカートとか描写するんでしょ。資料いらない?」
「ぐっ……。そんなのカタログか資料集で」
「実物の方がいいんじゃない。何事も経験や物の方が勉強になるって。あっ、今ならわたしが一日、女子の行きそうな場所に案内してあげてもいいけど」
「ぐぬぬっ、わかった。いいだろう。買ってきてやろう」
「やった。取引成立」
自然と18禁コーナーに入り、聞いておいたBL本と、ついでに俺の将来の経験のためにある種の本を追加で買って、戻ってきた。
「ありがとう。じゃあ、また今度」
泉野さんは、俺のお宝本も一緒に入った袋をそのまま持って行ってしまった。
止めることができなかった自分。ああ、後悔。
まさか、男の欲望が追加された状態で持っていくとは。
秋アニメが始まる頃。もはや、取引を忘れているのでは思っていた頃。
深夜の本屋で。
「ロリコン」
「だ、誰がッ、ロリコンだ」
「あんな本を買う人はロリコンと相場が決まってます」
「返せよっ。俺のプライバシー」
「プライバシーと書いて性癖と読む」
「読まねーよ」
つい目についたものを選んだだけだ。ジャケ買いだ。
「さすがに、わたしも女児の服を買うのはきついよ。まだjkだし」
「おーい、求めてない求めてないから。いいか、現実と二次元は違う」
「まぁ、現実で幼女にマウントされる男なんてやばいぐらいダサいけど」
「それで服と一日デート券はどうなったんだ」
泉野さんが、露骨に嫌そうな顔でこっちを見てくる。
「一日デート券って、すこぶる行く気が失せてきた。社会科学習だと思っておいてくれる」
「ラブコメ的には、これはデートイベントなのに」
「やっぱり、ラブコメワナビーなの」
「馬鹿野郎。おじさんがハードボイルドに異世界を蹂躙する終末スプラッタに決まってる」
「そーなんだ」
全く信じてなさそう。
「まぁ、恋愛要素は、アクセントというか読者ウケのために、少しは入れるけどな」
「デビューしてから語ろうね」
見てろよ、ラノベで家を建ててやるからな。1000万部作家になって。だからそれまで養って欲しいけど。
「とりあえず、服は今度持ってくるね。連絡も先も知らないし、学校じゃ話さないし、来週、ここでいい」
「そこは連絡先交換イベントでいいのに」
「わたしの連絡先は高いの。タダでは、無理かな」
「防御力が高すぎる女子」
「わたしの防御率は0.56ぐらいだよ」
その野球の比喩だと、いまいち分からんのだが。
「古着の方がいっぱい買えるし、いいよね」
「えっ……ああ」
「うわー、今、すごい想像をしてそう。ちゃんと洗濯されてるし、それと、やっぱり下着はなしの方向で。なんかゾワゾワするし」
「どうでもいいから。好きに選んどいてくれ。資料になりそうなの」
「資料だからね。間違えて、使わないように」
「何にだよっ」
後日。
女子の服の袋詰めを手に入れた。福袋みたいに。
そして、うちの妹が、その女性の服を発見。
すごい期待の目でこちらを見てきた。
「おい、いずみのさん。うちの妹が兄が男の娘になっちゃうみたいなことを妄想しているんだが」
「安藤。冷静になって欲しいけど。わたしの妹とあなたの妹が友達だったようです。わたし、しーらない」
「ちょっと待て。今、どうなってる?」
「わたしの妹のBLのモデルに、どこかのお兄ちゃんが参戦中。ネットの海で、女装に目覚めてしまったワナビーの男が、あとはピー音」
「他にもあるだろう」
「ああ、ロリコンばれの件。大丈夫、あなたの妹JCでしょ。ボールでしょ」
やっぱり、現実の女子なんて最悪だ。
俺は男だけが暴れるファンタジーを書くんだ。