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短編

ざまぁするのが悪役令嬢だけとは限らない件

作者: 猫宮蒼



「――貴様との婚約は破棄だ。これ以上貴様の言い訳も御託も聞きたくない。さっさと立ち去れ……!」


 その言葉が、もしかしたら引き金だったのかもしれない。

 正直その言葉の前にもいくつかの言葉があったはずなのだけれど、ハッキリと覚えているのはそこだけだった。ともあれ、ここでいつまでも立ち尽くしていたところで酷い言葉を投げかけられるだけで事態は好転するはずもない。


 婚約破棄を告げられた令嬢は何を言うでもなくそのまま踵を返して立ち去ったのである。



 ――セシリア・グランダッドはモネーシュカ王国の貴族令嬢の一人である。

 ケイン辺境伯を父に、王妹エリーゼを母に持つ、この国の中ではそれ以外特筆するような事もない普通の貴族令嬢の一人であった。


 そう、つい先程、婚約破棄をされるまでは。


 それが引き金になるなど誰が予想しただろうか。


 ――セシリア・グランダッドは言うなれば悪役令嬢であった。

 セシリアの中の人は、まさかここで前世の記憶が蘇るなどこれっぽっちも思っていなかったのである。


 前世の記憶が蘇った直後は勿論混乱したし危うくそれを表に出すところであったが、それよりも目の前で婚約破棄を告げた男の前で取り乱す方が問題ありと判断して呆然としたように見せつつどうにかあの場から立ち去る事ができた。


 そうしてどうにか無事に自宅へと戻ってきたセシリアは呆然とした様子のまま自室へとこもり、そうして部屋にしっかりと鍵をかけてからベッドに突っ伏した。


 やばいじゃん。


 流石に部屋は完全防音というわけではなかったので、声には出さず内心でのたまう。


 これどうしたってあの話じゃん。

 よりにもよって何で今ここで前世の記憶が蘇ったんだろう。てか、このままだと破滅一直線じゃん?


 普段も前世も別に語尾にじゃんじゃんつける方ではなかったが、混乱しすぎて内心今はそれがデフォルトですとばかりにじゃんじゃんうるさくなる。


 前世のセシリアが暇潰しで手を出したライトノベルの内容そのままに、今ここにこうしてセシリアは存在している。

 思い返せば婚約破棄されるところまではほとんど本の内容と一致していた。むしろ何故その時に気付けなかったのだろう。


 ベッドに突っ伏し頭を抱え込んだセシリアは、これからの展開を思い出そうと試みる。もっとも、そんな事しなくても内容はしっかり覚えていた。



 セシリアの婚約相手であるカルヴァンは辺境伯の娘、というセシリアの存在そのものが気に入らず、王命で結ばれた婚約を破棄するために何かいい案はないかと模索していた。

 その後知り合った令嬢と恋に落ち、真実の愛を貫くためにセシリアの悪い噂を流しつつカルヴァンの真実の愛のお相手でもあるアリシアと結ばれるために、と色々あれこれ画策して婚約破棄を突き付けるのだ。

 ちなみにアリシアは癒しの力を使えるらしく、聖女としても噂に名高い。


 こうして悪役令嬢となってしまったセシリアは、婚約を破棄され愛する男と結ばれる事もなくヒロインのための踏み台となる……のが本来の話の流れだ。

 だが別に婚約破棄される前までにセシリアが何か悪行をしたか、と問われると特に何もしていない。

 するのはこれからだった。


 愛するカルヴァンからの婚約破棄。

 そしてカルヴァンから告げられた真実の愛の存在。


 今まで愛していたからこそ、その愛は憎しみへと変化した。

 本来のストーリーの中でのセシリアはこの先愛に狂い、凶行に走るのである。

 そして最後は死ぬ。


 悪役に堕ちた女の無様な死であった。



 そして今現在そのセシリアは、そんな大まかなストーリーを思い出してうわぁ、とドン引きした表情を浮かべている。ベッドに突っ伏しているのでその顔を誰かに見られる事はないのだが、もし見られてたらきっと見た相手も同じようにドン引きした表情を浮かべた事だろう。


 本のタイトルはさておき、この話の中のヒロインはアリシアである。

 セシリアではない。


 ちなみに名前がなんとなく似ているのは、アリシア側の事情もあった。というか原作的な事情というやつだろうか。


 アリシアは元は平民だったのだが、父がとある貴族で母を弄びその結果生まれたのがアリシアである。

 母と娘で寄り添い生きていたものの、母が病気にかかり亡くなった後で、子に恵まれなかった父がアリシアの存在を知り引き取る、というこれまたありがちな展開。

 だが、その実引き取った男は本当の父ではなく、本当の父は別にいる――というのをアリシアが知り、そこでアリシアの憎悪は未だ姿を見せぬ父へと向けられる事となる。


 そしてその真の父というのが――セシリアの父でもあるケイン辺境伯。

 そしてそんな父親に愛されている娘セシリアに、アリシアが何も思わぬはずもない。


 アリシアは復讐のためにケイン辺境伯へ直接のダメージを与える事は難しいとし、その娘であるセシリアに狙いを定めたのだ。


 というのが大まかなアリシア側の事情であるのだが、実際は異なる。

 ケイン辺境伯はアリシアの父親ではない。まず無理なのだ物理的に。

 アリシアが生まれる前、彼女の母が孕んだ時点で、ケイン辺境伯は彼女の母と会えるような状況に無かった。

 当時は隣国との仲も少々危うく、彼は常に戦場となる可能性のある場所にその身を置いていた。

 対するアリシアの母はその頃、辺境などではなく街中――王都にほど近い場所で働いていた。

 馬で移動しても数日かかる距離が物理的に存在しているので、その時点でケイン辺境伯がアリシアの母を弄び孕ませあまつさえ捨てるというのは、どう考えても無理なのだ。


 仮にそれが実際にあった、と仮定した場合、ケイン辺境伯の股間のブツがどちゃくそ伸びてアリシアの母に突き刺さるとかいう展開になった挙句孕むわけなので、うっかりエロ本になってもそれはエロというかむしろギャグにしかならない。それもこれっぽっちも笑えないタイプのギャグだ。


 ねぇよ。

 流石にねぇよ。

 そんな事があったらそれこそ国中で噂とか伝説になってるわ。

 というかそんな親がいる娘とかでそっちで噂になってるわ。


 セシリアはようやく少し冷静になりつつ頭でそんな風に思いながら、のろのろと身を起こす。いつまでもベッドに突っ伏しているわけにもいかない。どうにか顔を上げて、これからの事を考えるべく思考を巡らせる。


 アリシアがどうしてそんな勘違いをして無駄な憎しみをこちらに向けているかまでは作中になかった。

 というか作中では実際本当に悪いのはケイン辺境伯であるかのように匂わせていたので、実は無関係なんてオチでもなかったはずだ。


 セシリアが転生者であった事で何かが狂った可能性もあるけれど、転生したと認識できたのは本当についさっき。それ以前に原作をクラッシュするような何かをセシリア本人がした覚えはこれっぽっちもないのだ。

 前世の記憶が蘇る以前の記憶も思い返せば存在している。ということは途中から自分がセシリアの中に魂だけログインしたとかそういうオチでもあるまい。


 思い返せるだけの記憶を思い返してみるが、作中は基本的にアリシアがヒロインなのでセシリアの幼少期のあれこれは描写されていなかった。なので原作を崩壊させる原因はこれだったのでは……? と思われるような何かがあったようにも思えなかった。


 という事は恐らくは原作と同じような展開で進んでいるはずだ。

 実際に婚約破棄されるところまでは間違いなく原作通りと言える。

 イレギュラーはそこでセシリアが前世の記憶とかいうのを持ってしまった部分だろうか。


 原作のセシリアはカルヴァンを愛していた。好きで好きでどうしようもないくらいに。だがしかしカルヴァンはそうではなかった。一方通行の想い。王命で結ばれた婚約だけがセシリアの拠り所でもあった。結婚すれば、一緒にいる時間が増えれば、少しずつでも歩み寄る事ができるのではないか。そんな淡い期待を持ってセシリアはカルヴァンに相応しい妻となるべく日々努力と研鑽を重ねてきたのだ。


 だがしかしカルヴァンの心を射止めたのはアリシアである。

 筋違いの復讐心を抱いたアリシアはセシリアを苦しめるためだけにカルヴァンへと近づいて、彼を奪う事に成功する。

 復讐だけであればまだしも、アリシアはカルヴァンを愛してしまった。そしてまたカルヴァンもアリシアを愛してしまった。

 セシリアにとってはこの時点でとんでもない悪夢であったのだろう。

 だからこそ、作中ではこの後セシリアは自らの身を顧みる事なく凶行に及び――そして打ち倒されるのだ。


 原作では恋に破れ嫉妬に狂った女としての描写が強かったセシリアであるけれど、こうして前世の記憶が蘇ってしまった今となっては嫉妬に狂うも何もあったものではない。

 何せこのまま突き進めばバッドエンド確定だ。

 お話の中のセシリアはもしかしたらそれでも良かったのかもしれない。最期まで愛していたのは彼なのだと全身で表現する事ができたようなものだし。報われないけど。


 だがしかし今のセシリアは違う。

 だってセシリアの原作での最期って、カルヴァンが撃ったボウガンで胸貫かれての死だぞ。

 それで最期に愛していますとか言い残して死ぬんだぞ?

 近距離どころか遠距離攻撃で仕留められてるし、その言葉は間違いなくカルヴァン本人に届いていない。

 そんな最期を迎えたいと思うはずもない。


 そもそも今のセシリアは別にカルヴァンの事を何とも思っていないのだ。

 いや、そりゃさっきまでは、婚約破棄告げられる前の前世の記憶がない頃の自分はカルヴァンの事が好きで好きでどうしようもなくて何かもう彼の事を想うだけでこの胸が張り裂けてしまいそう……! とかいう感じだったけど、でもその男、二股かけてるんですよ。向こうにそのつもりがなくても婚約者がいるので二股なんですよ。

 そう思うだけでもそんな恋に激しく狂いそうになってた胸はすんっと落ち着くわけで。


 そりゃあね? セシリアとは政略結婚で、望まぬ結婚かもしれないよ? でも貴族じゃん? イヤならとっとと貴族の立場捨てて市井にでも下って平民として生きれば良かったんじゃん?

 家の恩恵たっぷりに育てられてきて、権利だけはたっぷり受け取ってでも義務は果たしたくない、とかそんなん流石に家族も国も許さないだろうに。



 もしもう少し早く前世の記憶が蘇っていたなら、アリシアの誤解を解く事を考えただろうか……と一瞬思い返してみたが、まぁ無理ねとそっと頭を振った。

 彼女の憎しみはそれなりに根深い。

 本当なら彼女も貴族の娘として育つはずだったのに、最初の頃は貧しい平民暮らし。貴族の家に引き取られて、そこで遅ればせながら令嬢としての礼儀作法その他諸々を学ぶというハードスケジュール。そこに来て引き取ってくれた父が実は本当の父ではないという事実に、真の父親何してんの!? となったのはまぁ当然と言えなくもない。


 でもそこでどうしてケイン辺境伯が真の父だと思い込んだのだろうか。

 確かにアリシアの髪と目の色はケイン辺境伯と同じ色だけれど、別に珍しい色じゃない。他にも同じ色の貴族はいるのだ。彼だけが唯一無二というわけではない。

 なので恐らくアリシアには余計な事を吹き込んだ相手がいるとみて間違いないはず。

 そいつが黒幕か、と思うが、単純に実の父であっても下手に憎しみを向けられないためにたまたま関わりのないケイン辺境伯をスケープゴートにしたか、もしくはケインを目の敵にしている何者か。

 考えられるものはいくつかあるけれど、そのどれもが正しいように思えてくる。


 単純にアリシアを都合よく動かしてカルヴァンを自分たちの陣営に引き込もうとした者の可能性すら。

 カルヴァンの家はそれなりに大きく発言力もある。だからこそ、引き入れる事ができれば自分たちの発言力も増す、と考えればメリットはあるのだ。

 ただ、そうまでして得る程のものか、と問われれば疑問なのだが。


 どちらにしても、セシリアはこの先原作通りに行動するつもりはない。

 だって別に今のセシリアはカルヴァンを狂おしいまでに愛しているかと問われればそんな事はないのだから。

 なんでそんなののために自分の人生終了させなきゃあかんねん。

 それが嘘偽りのない本心である。


 婚約を破棄、とのたまっていたけれど、そういや原作ではセシリアが仕出かした悪行というか噂だとかがなかったわけじゃないけれど、それだってきちんと調べれば無実であるのがわかる。

 原作ではヒロインであるアリシアに都合よく進んでいたようだけれど、果たしてそれがどこまでこの現実で反映されるかは未知であった。


 とはいえ、セシリアが凶行に及んだ結果それらの噂も事実であったのだと裏打ちされるような結果になってしまったので、正直セシリアが行動に移らなければカルヴァンが婚約者に不誠実な態度をとりあまつさえ王命の婚約を一方的に破棄したものとして何らかの処罰が下るのは間違いない。


 つまり、セシリアにとって今後の最適解とは、何もせず静観する事だけである。

 勿論婚約破棄されてしまった令嬢として評判は地に落ちているだろうけれど、そんな事は原作を思い返せば些細な事だ。ついでにこの後婚約破棄された事を両親に言わなければならないが、まぁそれも大した手間じゃない。

 一応友人たちにも今回の件を伝える必要はあるかもしれない。


 生憎本の中では悪役令嬢ポジションであるセシリアだが、別に友人が一人もいないわけではない。カルヴァンの妻として相応しくあれるように、と彼女は社交の場でもそうしてきたし、それなりに人脈はあるのだ。

 むしろ悪い噂が流れてきた時に友人たちは真っ先に心配してくれていたし、それらを一方的に信用するような事もなかった。噂に踊らされるような友人がいないというのはなんとも素敵な事である。

 それらの噂話の出所とかも恐らくそれぞれ調べている可能性が高い。


 というわけで、セシリアはこの後特に何かをしよう、という気はさらさらなかった。


 一瞬ふと、もしかして自分が転生しているという事は、もしかしてヒロイン側のアリシアも転生している可能性がないだろうか、と考えてみたけれど、仮にそうだとしてもだからなんだという話になってしまう。

 だってここまで原作通りに進んできているのだ。仮にアリシアが転生者であったとしても原作通りに話を進めて余計な事は一切していないと考えるべきだ。


 であるなら、セシリアがこの先静観していたとしても、今更のように何らかの行動に出るわけにもいかなくなるだろう。下手に動けばアリシアの周囲の状況が一気に危うくなるのだから。


 癒しの力を持ち聖女扱いされているアリシアであるけれど、その力は絶大と言うほどでもない。

 死者を蘇らせるだとかは当然無理だし、戦で腕が切り落とされてしまいました、とかいうのをくっつけられるかとなればそれも無理。ましてや欠損を復活とかもっと無理。


 ある程度の傷を治すのが精一杯。病気とかに効果があるかはよくわかっていない。


 小さな怪我ならすぐに治せるので、眉唾物の能力と言うわけではないのだが。

 ともあれ、その程度の力なので国が彼女を何が何でも手中に収めておこうという程のものでもないし、聖女というのはある意味で称号だ。


 アリシアが仮に転生者だったとして。

 この後特に何か行動に出るわけでもないセシリアをどうにかしようとしたとしても。

 お粗末な工作活動では逆に自分たちの立場が危うくなってしまうのは明白。わざわざ貶めるよりは、このまま婚約破棄された憐れな令嬢と下に見るだけの方が手間が少なく、また優越感に浸れる事だろう。


 ……別にこれは、アリシアが転生者じゃなくてもそうなる可能性が高いのだが。



 というわけで、少しばかり気持ちが落ち着いたセシリアは早速婚約破棄された事を伝えるべく父の部屋へと赴いた。

 ここ最近は隣国との関係もそう際どいものではないので父は戦場になりそうなところにいるわけでもなく、普通に屋敷にいる。そうして領地に関する書類仕事に精を出していた。ケインはひとたび戦になれば獅子奮迅の活躍をしてくれるけれど、決して武だけではないのだと国内での評判は中々に高い。


 セシリアが父の執務室へ足を運んだ時、丁度休憩に入る所だったのか母がにこやかに茶を淹れているところであった。

 使用人に頼らず自ら淹れているのを見るに、セシリアはちょっと入るタイミングを間違えたかなと思ってしまった。エリーゼ自ら茶を淹れている時は、割と夫婦水入らず的な感じでいちゃいちゃしてる時だったりするので。


 正直お邪魔虫感半端ないが、引き返すわけにもいかない。それに、エリーゼにとってはセシリアは可愛い我が娘だ。だからこそ邪魔だという感情はないようで、にこやかにセシリアの分のお茶も用意してくれた。

 母の優しさに涙が出そうになる。

 自分が淹れたお茶って正直周囲の評判は良くても自分で飲んでもよくわからないのだが、母が淹れてくれたお茶はとても美味しいと思う。

 父は母と同じくらい美味しく淹れられている、と評価してくれているが、自分で淹れたお茶を自分でそう思えた事は一度もない。

 前世の記憶が蘇った今となっては何となくわかる。自分で作ったやつって美味しいって自画自賛できるものもたまにあるけど、大抵は普通評価なのよね、と。


 そんなわけで人様の手で淹れてもらった紅茶が染みわたるわぁ……なんて思いつつ飲んでいたが、いよいよ報告をせねばなるまい。そう、婚約破棄されてしまった事をだ。


「お父様、お母様、わたくし、カルヴァン様から婚約破棄を告げられてしまいました」


 なんて事ない感じで告げれば、父は危うく紅茶で咽せそうになり、母はにこやかな笑みを浮かべたままだがその表情が凍り付いている。無理もない。

 婚約は王命で国で定められたものだ。当人同士の恋愛結婚とはわけが違う。王命、つまりは国王が決めただけではない。その時その場にはセシリアの親とカルヴァンの親もいたのだ。家同士の結びつきである以上、結婚する当人同士だけがその場に呼ばれるというわけでもなかったし、更にはその時点で色々な契約が結ばれる事となったのでそれら契約書の内容を確認するためという意味もあった。


 そもそもカルヴァンはセシリアの事を最初から気に入らなかったようだが、けれども婚約の場でそれを表に出すわけにはいかなかったのだろう。セシリアだけなら不満です、と顔にでていたかもしれない。けれどセシリアの両親、カルヴァンの両親、更には国王。他にもいたが、どちらにしてもカルヴァンが不満ですと表に出せば間違いなく自分の立場が悪くなるのがわかりきっている面々だ。

 いや、どうだろう。そもそもあの時点ではまだもしかしたら不満はなかったのかもしれない。

 正直そこら辺はセシリアにもわからない。原作でそのあたりは触れられていないので。


 カルヴァンはそもそも王都にいるような華やかな貴族の娘を望んでいた。けれども実際婚約者にと選ばれたのは辺境伯の娘である。

 それが気に入らず、カルヴァンはどうにかしてこの婚約を白紙に戻せないものかと思っていた……というような描写はあったと思うが、正直そこら辺はどうでもいい。何せまんまとその後原作通りにアリシアが近づいて、ちょっと清楚ででも華やかさがないわけじゃない、聖女という呼び名もついてるアリシアにころっといっちゃうわけなので。


 辺境伯っていう言葉が悪いのだろうか……とセシリアは思う。

 確かに辺境って言葉からは田舎っぽいイメージがあるけれど、実際は隣国との境界部分でもある。戦争になったら真っ先にヤバくなるのがここと言ってもいい。ある意味国の防衛の要でもある。

 そしてケインは隣国との仲が危うくなっていた時に、実際いくつかの戦績を上げている。完全な戦争とまではいかなかったがそれでも一歩間違えばどちらかの国が滅ぶまで戦う事になっていたかもしれないのだ。

 けれどもケインはその手前のちょっとした小競り合い時点で収めている。

 その功績もあって、ケインはエリーゼと結婚する事になったのだ。


 国王からも認められている存在、と言おうか。実際ケインがいなければ隣国との戦争は回避できず、多くの犠牲が生まれていたと言われている。そういう意味ではケインは英雄扱いされている部分もあるのだ。

 そしてこれはこの国の貴族であれば知っていて当然の常識である。


 ……英雄の娘、母は王妹という点でも家同士の繋がりを考えると是非に、という貴族は多くいる。薄っすらとであっても王家とも縁が繋がる可能性ができる。そういったものを狙っている相手からすればセシリアの存在は喉から手が出る程……とまではいかずともそれでも欲するだけの価値がある。


 あら? それを考えるとカルヴァンは実は頭が悪いのではないだろうか……セシリアはそんな風に思えてしまった。いやだって、冷静に考えると私の立場っていうか存在ってそれなりに利用価値あるよね? 王妹である母の存在に目がいきがちだけれど、ケインの父は先代国王の側近であったりしたし、父の血筋も決してどこぞのぽっと出の平民が武勇でのし上がりました、とかではない。父も母も先祖をさかのぼったとして、どちらも由緒正しいとかそういう言葉が確実につく。


 そりゃあ辺境伯だけど。

 イメージ的には何か田舎っぽく感じるかもしれないけど。

 確かに実家は王都じゃないけれど、王都には別荘があるし、何かあったらそっちで生活する事も可能なわけだ。

 むしろセシリアが結婚するなら王都の方に屋敷を構えるか、なんて話もでていたというのに。



 おっやぁ……? もしかしてカルヴァン様は前世風に言うなら、大企業に就職したのにその名前が何かパッとしないから三流企業だと勘違いして堂々とぼろかすに言っちゃうタイプの人なんだろうか……というかそういう風に思えてきた。

 どうして私本当にあの人の事が好きだったんだろうか……とすら思えてくる。

 前世の記憶がなければこのまま狂おしい恋心と一緒に死ぬはずだったのに。恋は盲目とはよくいったものね……とどこかズレた事を考えつつも、婚約破棄に至る経緯をセシリアは両親に説明し終えていた。

 別に何か特筆するような事はなかった。何せ本でも読んだ内容だ。


 そういや原作のセシリアは婚約破棄された後、両親への報告はしたのだろうか。

 確かあの後小説ではヒロインサイドの話に戻ってアリシアとカルヴァンがイチャイチャしながらセシリアの悪口言ってたんだっけ……? とも思う。

 自分が捨てられると思っていなかったはずのセシリアが婚約破棄を突き付けられて、その時の表情ったら中々にみものだったわ、なんていうアリシアは中々にいい性格をしていると思う。

 ようやくこれで障害もなく結ばれるのね……なんて言ってたような気もするけれど、そうだ、確かアリシアはこれでケインに復讐できると喜んでいたのではなかったか。


 そして確かその後、場面転換があって、ある程度時間も経過したらしい描写があって、そこでセシリアは凶行に及ぶのだ。


 という事は今は二人でハネムーンかってくらいにいちゃついてるってわけか……とセシリアはとても冷静にその光景を思い浮かべていた。

 前世の記憶がないままであれば、そんな想像であっても嫉妬に狂ってしまいそうだったはずなのに、今はこれっぽっちもそんな事にはならなかった。


 むしろ淡々と説明し終えて、わたくしが至らぬばかりに……なんて思ってもいない言葉すら出ている始末。

 痛ましい物を見るような目を向けられてしまったが、それはまぁ仕方がないと受け入れよう。


「そうか。話はわかった。それでセシリア、どうするつもりだ?」

「どう、とは……? お父様」

「王命を一方的に破棄するのだ。そのままというわけにもいくまい」


 その言葉に「あ、やっぱり」とは思う。

 王の決定を勝手に無かったことにしてるのだから、問題があるのはわかる。

 わかるのだが……だからといって何らかの行動に出るつもりはこれっぽっちもセシリアにはないのだ。

 下手に自分が動けばバッドエンドルートに突入しそうだし。


「いいえ、いいえお父様。いいのです。わたくしはカルヴァン様に相応しくなかったのでしょう。努力はしたけれど、それでもあの方が選んだのは他のひと

 わたくしはもう、あの人たちに関わるつもりはないのです」


 ちょっとでも関わって何か言い争いとかそれっぽい感じに誘導されでもしてみろ。そこから手が出て最終的にボウガン持ち出されたらどうする。そんな死に方絶対嫌だぞ。

 前世自分がどうして死んだかまでは覚えていないが、あまり長く生きたという気がしなかったので多分そこそこ若いうちに死んだのだろうとは思う。

 であれば、今度の人生はもうちょっと長生きしたいなと思っても過ぎた願いではないだろう。


 ならば、厄介ごととは関わらないに限る。

 だからこそセシリアはもういいのだ、過ぎた事で終わった事なのだ、と両親に告げた。


 あまりにも物分かりが良すぎる態度のセシリアに父は納得がいかないようであったし、母も表情に出してはいないけれど雰囲気がピリピリとしている。自分の愛娘がこんな目に、と考えれば気持ちはわからないでもないがそれでもあまりにもプレッシャーが凄すぎる。

 セシリアの正直な気持ちとしてはもうそっとしておいてくれ……というものに尽きるのだが、そういった態度を見せれば見せるだけ何だか両親の圧が凄い。

 だからこそ根負けした、とまではいかないが。


「……確かに、その、少しだけ悔しい、という気持ちはあるのです。わたくし、カルヴァン様のために精一杯努力してきました。あの人に少しでも相応しくあれるように、とたくさん……っ、けれど、もういいのです。地上から手を伸ばしたところで太陽や月に手が届くはずがなかったのですから……」


 正直最後の部分は自分で言ってて失笑しそうになったが、失恋のショックでちょっとわけわからんポエム口走ったと思ってくれるだろうと考えての事だ。普段のセシリアはこんなポエミーな事を言うような令嬢ではなかったし、ちょっと傷心の結果とかそういう感じに捉えてくれれば……と思っての事だ。


 ついでにはらはらと涙を流してみせれば流石に両親もこれ以上踏み込もうとはしなかった。これ以上何かを言ってそれが自分の娘を追い詰める結果になると考えれば、言えるはずもなかったのだ。

 この二人が娘の事などただの道具としか見ていなければそうはならなかったかもしれないが、両親は娘のセシリアの事をこの上なく愛していた。だからこそ、勝手な真似をしてくれたカルヴァンに対してはらわた煮えくりかえる状況だったので、せめて娘がもっとこう……目に物見せてやりたいですわ! と苛烈にのたまえばそれを叶えるつもりであった。

 だが、娘はそういった事すら思ってもいなかったらしい。


 もう関わりたくないのだと静かに涙を流して言う娘に、果たして何を言えただろう。

 下手な慰めをしたところで、それが逆に娘の心を傷つける事になってしまうかもしれない。


 だからこそ二人は、それ以上何を言うでもなかったのだ。



 ――しばらくはそっとしておいてほしい、と言ったセリシアの希望が叶ったのかその後はカルヴァンとの事など一切話題に出る事もなく周囲は普段通りであった。


 すぐに社交の場へ出る気にもなれなくてしばらくは部屋の中にこもっていたセシリアであったけれど、それでも外界と完全に繋がりが途絶えたわけではない。

 身の回りの事をしてくれるメイドのアンがこんなことがあった、とかこんな話が今出ている、とかちょっとした噂話なんてのも教えてくれるので、世間の流れから完全に隔離されたわけではなかったのだ。


 とはいえ、カルヴァンやアリシアに関しての情報は一切入ってこない。当然か。

 あの二人の話を嬉々としてされてもセシリアも反応に困る。


 もしかしたらアリシアあたり、今頃嫉妬に狂って凶行に及ぼうとしているセシリアの襲撃を今か今かと待ち焦がれている可能性もあるけれど、それはアリシアがこの先の展開をしっている転生者である場合だ。そうでなければ今頃は邪魔者は消えたとばかりにカルヴァンとイチャイチャして……いや、まぁいちゃついてるとは思うけど、元々アリシアの目的はケインへの復讐だったはず。

 となればセシリアが行動にでなくとも次に何かを仕掛けてくる可能性は高い。


 物語の中ではセシリアが凶行に及んだ結果、彼女を殺した事で愛していた娘の死、という形でケインへの復讐を果たしたみたいな展開になっていたけれど、今現在の状況はそうではない。

 であれば、アリシアが復讐して満足したかとなれば、恐らく満足はしていないだろう。


 これはもしかしたらマズイのでは……? と今更ながらにセシリアは思い始めていた。

 小説の中ではケイン辺境伯が真の黒幕のように書かれていたけれど、ここでの実際は違う。アリシアの実の父はケインではないし、だからこそ彼女の復讐とやらは完全に見当違いの状況で。

 もし彼女に色々と吹き込んだ者がいるのであれば、そいつが次に何かをしでかさないとも限らない。


 随分と今更になってしまったが、セシリアは今頃になってようやく引きこもってる場合じゃないぞ……!? と危機感を持ち始めたのだ。

 そうしてセシリアは久しぶりに外に出る決心をしたのである。今どうなっているのか、それを自分の目で確かめるために。


 とはいえいきなりアテもなく外に出ても意味がない。

 だからこそセシリアはまず父の元へ行く事にした。



 ――今日も今日とて仕事が一段落したのだろう。夫婦そろって甘い雰囲気漂わせてる執務室に足を踏み入れたセシリアは突入早々後悔してしまったけれど、引き返すわけにもいかない。

 部屋に引きこもったままだった娘がようやく部屋から出てきた事に両親共々喜んでいるので、ここで引き返したらちょっとしょんぼりさせてしまうかな、と思ってしまった部分もあった。

 前世の記憶が蘇ってしまったとはいえ、今のセシリアの両親なのだ。わざわざ悲しませたいと思うような事はない。これが自分を虐げてくるだとか無関心で一切関わりがなかった、とかであれば違っただろうけれど、少なくとも前世の記憶を思い出す前も今も、両親はセシリアに変わらぬ愛情を注いでくれている。


 そんな両親を前に、今まで引きこもるだけだった自分にちょっとだけ申し訳なさが出てしまったけれど自己嫌悪でくよくよしている暇もない。

 セシリアは覚悟を決めて、話を切り出した。


 あの後、彼らはどうしたのだと――




「いやマジか……」


 自分史上最大の決意をもって話をしてきたけれど、両親の口から出た内容はちょっと自分の予想を超えていた。だからこそ、どこか呆然としたまま部屋に戻って来てセシリアは思わず令嬢らしかぬ口調でついそう呟いてしまっていた。

 無理もないと思う。


 てっきり、もしかしたら別の何かを仕掛けてくる可能性があったかもしれないアリシア、という不穏分子の存在に警戒していたというのに、既に何もかも解決していたのだから。



 元々の小説では、アリシアが主人公でありヒロインだった。

 アリシアは貧困暮らしをする原因を作った実の父に対して憎しみを抱いており、母にあの世で謝罪させてやる……ッ! と憎しみの炎を燃やしていた。アリシアを引き取った養父もまたケイン辺境伯に過去辛い目に遭わされた事があって、協力的であった。

 だが養父がアリシアに色々と吹き込んだ存在ではなかったはずだ。どちらかといえば養父はケインの被害者として同情していたものの、だからこそ引き取ったようなものだった。共犯者をゲットした、というよりは同情や憐憫といった感情の方が強い。

 実の父の存在を知ったのだって、養父からではなかったと思う。

 生憎小説の内容一字一句全部違わず覚えているわけじゃないのでそこら辺ふわっとしているが。


 そうしてケイン辺境伯に関して調べるようになったアリシアが知ったのが、ケインの娘であるセシリアの存在。

 同じ父を持っていながら、片や貧乏暮らし、片や不自由なく生活している恵まれた娘、となればその恨みは勿論セシリアにも向かっていく。

 そしてセシリアにはカルヴァンという婚約者がいるという情報もアリシアは得た。


 ここでアリシアは己の復讐計画として、セシリアを不幸のどん底に叩き落す事を決めた。ケイン辺境伯に直接会えるような状況をアリシアが作り出すのは難しいが、セシリアになら近づけない事もない。アリシアもまた貴族の娘として養子に迎えられているのだ。社交の場で知り合う事は可能だと考えたわけだ。

 そこでカルヴァンの姿を見て、彼女は恋に落ちた。

 セシリアの婚約者であるカルヴァンもまた、アリシアに何か思う部分があったようで、二人はその後ひっそりと人目を忍んで会うようになり、そうして想いを育んでいった。

 セシリアからカルヴァンを奪えば、これもまた復讐の一つになるだろうと思って。

 けれども、ただ復讐のためだけではなく、気付けば本当にアリシアはカルヴァンに心を奪われてしまっていた。カルヴァンもまた、同様にアリシアへ恋い焦がれるようになる。

 そしてカルヴァンは知るのだ。アリシアの、セシリアへの思いを。

 そうして共犯者となったカルヴァンによって、セシリアは婚約破棄を突き付けられる。

 その後は――恋に狂った憐れな女が一人、死ぬ。


 アリシアの直接的な復讐相手はセシリアではなかったけれど。

 それでも、彼女の死に大いにケイン辺境伯は嘆き悲しむ。


 あんたのせいで母さんは死んだの。

 どう? 最愛の娘が死んだ感想は。

 あんたのせいよ。あんたのせいで死んだの。

 あんたのせいで同じく家族を失った同士ではあるけれど、でもあんたと決定的に違う点はね。

 あたしはこれから、最愛の彼と幸せに暮らしていくのよ。

 あんたは精々、どこまでだって堕ちていけばいい。


 物語のラストシーンでそんなモノローグがあって、そうして最後にアリシアはカルヴァンと教会で結婚式を挙げて――物語はそこで終わる。

 一人の女の復讐劇が幕を下ろしたのだ。


 前世のセシリアがその小説を読んだ時は、どちらかといえばアリシアに感情移入していたのでハッピーエンドであると素直に思っていたけれど。

 けれどもここは、本の中の世界とは似て異なるものなのだろう。アリシアの実の父はケインではないのだから。見当違いの復讐など、滑稽でしかない。


 それにあれは物語としてみればまぁ、娯楽としてはそこそこ暇を潰せたけれど現実的に考えればツッコミどころはそれなりにあったのだ。

 そういった部分はあまり触れられていなかった。恐らくそこら辺を細かく描写していくと冗長になると思われただろうし、多少気になる点はあれど全体的に見れば綺麗にまとまってはいたのだ。

 だからこそ、仮にアリシアが転生者であったとして、原作から大きく外れるような事をするとは思えなかった。もし原作から逸れるような事をするのであれば、それは最初から復讐を選ばないか、はたまたカルヴァン以外の男を選ぶかだろうと思われる。

 けれども実際は、セシリアが婚約破棄をされるあたりまではほぼ本の内容と一致していた。


 そう、違うのはここから先だ。


 セシリアは前世の記憶で今後の展開を知ってしまった。流石に死ぬのはごめん被る。だからこそ、婚約破棄された憐れな令嬢としてひっそりと引きこもる事を選んだわけだが。


 彼女が部屋にこもって日々、メイドのアンと世間話程度の関わりしかもっていなかった間に、とんでもない事になっていたのだ。



 まず王命での婚約を一方的に破棄したカルヴァン。

 彼の家は別に王家に連なるだとかではない。ちょっと歴史が長いだけの伯爵家だ。

 その彼が自分の意思で勝手に王命を破棄、という点でまず、王の決定に異を唱えたとなったのは言うまでもない。

 例えば王が道を違えそうになっているのを家臣が命を賭してでも正そう、とかそういう展開であればまだしも、ぼかぁあの女が気に入らなかったんだ、結婚はこの人とする! なんていうのでは、王の決定が仮に間違っていたとしても周囲からどう見た所で悪いのはカルヴァンでしかない。

 不満があったとしても、せめてきちんとした手順でもって話し合いを行うだとかすれば、穏便に婚約を解消、白紙化して……という事もできただろうけれど、カルヴァンが婚約破棄を告げたのはとある社交の場。不特定多数の者たちの前でやらかした以上、なーんちゃってー☆ では到底済まされない。


 結果として現当主でもあったカルヴァンの親は事態をとても重く見た。当然である。下手をすれば家ごと潰されてもおかしくないくらいの事なのだ。今回は国内の貴族同士での婚約であったけれど、これがもし他国の貴族や王族との話であったなら、しでかしたカルヴァンだけの責任ではない。国全体の責任として問われてしまう。

 軽率に王に歯向かうような相手を、次期当主とするはずもなく。

 カルヴァンは家を追い出された。それも子を成せぬような身体にされた上で。


 カルヴァンの家に他に子はいなかったはずだが、どうやらカルヴァンの父は親類から養子を迎え入れる事にしたらしい。恐ろしく素早い決断だったという。

 というかだ、王家の人間であるなら断種処置も適切と言えるかもしれないが、彼は伯爵家の人間だ。王位継承権を持っている、だとかでもない。だというのにこれは……考えようによっては過ぎた処置と言えなくもない。


 きちんと育てたにも関わらずこんなアホの子に成り下がってしまったら、もうこれから生まれる子は期待が持てない……とまでは言わなかったがそれに近いセリフをどうやらカルヴァンの親が言っていたらしく、それ故のこの結果、らしい。

 少なくとも実子であるカルヴァンからの子に一切の期待はせず、新たに引き取った養子に期待を向ける事になった時点でカルヴァンの親は恐ろしく見切りが早い事だけはセシリアにも理解できた。小説の中ではあまりカルヴァンの親に関して詳しく書かれていなかったもので。


 親子の情とかそういうのあまりにも無さ過ぎでは? と思わなくもないのだが、セシリアが口を出す事ではない。というか、もう関係のない相手だ。口出しできる立場ですらない。



 次にアリシア。

 こちらはもっと酷かった。


 カルヴァンが子を作れないよう処置されて追い出されたのはてっきり彼女との結婚くらいは認めても子は貴族と認めないとかそういうあれこれからだと思っていたのだが、それも違った。

 一応最初はそれでも二人は結婚するつもりでいたらしいのだ。

 けれども、カルヴァンがアリシアを見捨てた。

 貴族でなくなってしまったカルヴァンが身を寄せられそうなのはアリシアの元だ。けれどもアリシアもまた家を追い出されたのだと言う。


 アリシアを引き取った養父の家は、なんとケイン辺境伯とそれなりの付き合いがあったらしいのだ。

 といっても友人というよりはライバルといった関係性だったので、何かの折に仲良く集まるだとかそういう事はなかったらしい。

 昔、ケインとアリシアの養父はお互いライバル関係で、何を競い合ってたかはさておき養父はケインにコンプレックスを抱く形となっていたらしい。今は特にそういうものもないようだが。


 原作と異なる点に、セシリアは思わず眉を顰めてしまっていたが無理はない。

 ケインの事をアリシアに吹き込んだのは養父ではない、というのは原作でもそうだけど、こちらの養父はそもそもケインとの話をする機会がなかった。ではアリシアは一体どこでケインが実の父だと思い込む事になってしまったのか……


 それについてもセシリアの両親は既に掴んでいた。やだ、私の両親優秀過ぎ……!? いやまぁ辺境伯と王妹という立場から無能だったらとんでもない話なわけなので、優秀なのはむしろ当然と言うべきなのかどうなのか……



 アリシアの実の父は、なんとその養父の家で働く者の一人であった。

 長年彼の家で勤めていた、よく働く男。

 養父の信頼も厚く、だからこそ彼がそうだ、という真実が明るみに出た時一部界隈でそれなりのニュースになったのだ。


 その男の髪と目の色はケインと同じ色であった。顔立ちはそっくりとまではいかないが、まぁ言われてみればちょっと似てるかも……? といった風貌。

 戦場を駆け抜けてきたケインと貴族の家で働いてきた男とでは、内に抱く険しさだとかそういったあれこれが異なるので、そこはかとなく似てる気はするけど雰囲気は違う、となってもそれは当然である。


 隙のない、いかにも軍人然としたケインと、にこやかで常に人の好さそうな雰囲気の男。

 顔立ちが若干似ている気もするな~? 程度であっても雰囲気は圧倒的に異なる。


 どうやらその男が過去、ケイン辺境伯の身分を騙りとある女を騙して孕ませたのが真相らしい。

 そして男が働く家では、後継ぎがいなかった。そしてアリシアの養父はかつて、一時期荒れていた事もあって一夜の戯れを何度か繰り返していた。アリシアの実の父からすれば、これはまさに丁度いいと言えるものだったのだろう。

 不特定多数の女の中に、実際は何の関係もない女が交じっていても養父は気付く事すらなかった。かつて一度だけ関係を持った女が孕んで子を産み育てていたが、どうやらその母が死に娘が一人残された、という話を養父はまんまと信じてしまい、そうしてアリシアを引き取る運びとなったようなのだ。


 こうして考えると養父はとんだとばっちりである。

 まさか長年家のために働いてくれていた男がそんな真似をするとは思いもしなかっただろうし、その男がアリシアに実の父がケインであるなどという妄言を吹き込むなどそもそもどう予想しろというのだ。

 男がどうしてケインを実父であるなどと吹き込んだかは……養父とケインがかつてライバル関係であった事に起因していたようだが、そこは詳しくセシリアに語られる事はなかった。



 つまりは、アリシアもまた利用されていた憐れな被害者の一人である。

 だがしかし、それでもアリシアは見当違いの復讐心でもってセシリアの婚約者に近づいて、挙句彼を奪っている。どうやらとても念入りに調べられた結果、アリシアは既にカルヴァンと身体の関係を持っていたとの事で、アリシアはただの被害者とはならなくなってしまった。


 貴族の家に引き取られたけれど、人の男に近づいて股を開く娼婦よりも質の悪い阿婆擦れ。

 そんな噂が駆け巡り、なおかつ養父との血の繋がりはないと証明され、引き取った貴族の顔に泥を塗ったとそれはもう糾弾されたらしい。


 血の繋がりがあると思ったからこそ引き取った養父は、しかし何の関わりもなかったと知り、更に実父が家の使用人であったということで実父共々家から追い出した。

 少しばかり酷いと思うような部分もあったけれど、だがしかし危うくこの貴族は家を乗っ取られかけたのだからこの程度で済んでいるのはむしろ優しい方だと言える。


 もっと苛烈な人物であったなら、今頃アリシアとその実父の命はなかったに違いないのだから。


 追い出されたアリシアと実父である男は、しかしすぐさま行動を別にしている。

 貴族の家に引き取られ、まだ右も左もわからないような頃にあれこれ助けてくれた男が実の父であるという現実をアリシアはすぐには受け入れられなかったし、ましてや別人を実の父だと吹き込んでアリシアにいらぬ復讐心を植え付けたのもこの男だ。

 そんなのとこれから二人で支え合って生きていけ、などとてもじゃないがアリシアにはできなかった。

 よくよく考えればこの男がケイン辺境伯の振りなどしてアリシアの母を弄ばなければ良かったのだ。貴族のお手付きになったと思われた母が、子を孕んだ母が、けれども貴族の家に迎え入れる事なく生きていくしかなかった母の苦労は、一体どれほどのものだっただろうか。


 アリシアは母と二人寄り添い合って生きてきた。あの頃の暮らしは厳しくて、いつもお腹を空かせていたけれど、でも、それでもアリシアは母が大好きだった。早く大きくなって自分も働いて母を少しでも楽にさせたいと思っていたのだ。

 だがそれを全てぶち壊したのは目の前の実父である、となればその憎しみは――


 ケイン辺境伯へ抱いていたもの以上に大きく膨れ上がったのは言うまでもない。


 アリシアは言葉巧みに実父を誘い出して街の治安の悪い場所へと誘い込み、そこで彼を殺したらしい。直接手を下したわけではないようだが、死後数日が経過してその男の死体が発見されたのは確かだ。



 ケインが部下に調べさせた内容によると、その後のアリシアはカルヴァンの元へ行こうとしたらしい。

 まぁそうだろう。もう頼れる相手は彼しかいない。

 だがその頃には既にカルヴァンも家を追い出されているし、どこに行ったか定かではなかった。

 けれどもどうにか会う事はできたようだ。


 だが、カルヴァンからすればアリシアはその頃には愛する女性ではなく、自分をこんな目に遭わせた疫病神のような認識になってしまっていた。

 まぁそうだろう。アリシアが不用意に近づいてこなければセシリアとの婚約を破棄するなんて馬鹿な真似をする事はなかったのだから。内心でセシリアの事に不満を抱いていたとしてもだ。


 カルヴァンとてどこまでも愚かというわけではなかったので、アリシアにのぼせ上っていたものの親に糾弾され断種処置までされて家を追い出される頃には自分がどれだけの事を仕出かしたか、というのを理解している。

 ここで自分の不徳の致すところが……とはならず悪いのはアリシア、という認識をしてしまう時点でやっぱ愚かでしかないとなるが、まぁ、怒りの矛先というか感情の向かう先が自分しかないのであればまだしも、原因になった相手が他にいるのであればそちらに向いてしまっても仕方がないのかもしれない。


 もっと後になって冷静さを取り戻していればそうはならなかったはずだと思いたいが。


 どうにか会う事ができたアリシアはカルヴァンとの再会を喜んだけれど、カルヴァンは喜べるはずもない。こいつのせいで今こうなっている、という意識があったのは間違いないのだから。


 家を追い出されたカルヴァンと、家を追い出されたアリシア。

 二人手に手を取って……とはならなかった。


 自分の意思で家を出たならともかく、そうではないのだ。

 カルヴァンはアリシアと共に貴族として暮らしていく未来を想像してはいたけれど、こんな現実を想像などしていなかった。

 アリシアもまたカルヴァンの家に嫁いで彼と共に貴族として生きていくという想像はしていたけれど、実際彼女は貴族でもなんでもない。家に引き取られた時点で一応貴族であったけれど、その家を追い出された時点で平民に戻っている。


 貴族同士ではなく、元貴族と平民なのだ。

 これもカルヴァンにとっては大きな不満になった事だろう。


 辺境って言葉が何か田舎くさいとかいう理由でセシリアに不満を持っていたような相手だ。アリシアになびいたのは彼女の見た目が彼の好みであったのもそうだろうけど、同時にアリシアを引き取った貴族の家が都会にあったからだ。洗練された貴族の娘、という思い込みがカルヴァンの中にはあった。

 だが実際蓋を開けてみればアリシアは貴族の生まれなどではない、それどころか平民が貴族を騙して入り込んだようなもので。

 これもまたカルヴァンには耐えがたいものであったのだろう。


 セシリアと共にいた時もこういった身分を笠に着るというものが少しばかり目についていたカルヴァンだったが、ここに来て今までの不満がすべて爆発したらしくカルヴァンはアリシアを襲った。

 突然の暴力にアリシアが対処できるはずもなく、どころか愛している人物からのそんな行為になすすべもなく倒れ――

 意識を失っている間にカルヴァンによって娼館に売り飛ばされていた。

 セシリアが婚約破棄とかされて危うく死ぬ運命だった元凶はといえば、アリシアの存在である。


 だがしかし、セシリアは別にアリシアが死ねばいいとまでは思っていなかった。

 実際ケインが悪いのであればまだしもそうではなかったのだから見当違いの復讐とかちょっとなー、と思いはしたし、正直もう関わりたくないなー、というのが本音だ。


 こうなった以上カルヴァンとの婚約とか結婚とかどうでもいいし、セシリアの関与しないところで勝手に幸せにでもなんでもなってればいい、と思ってもいた。

 でもまぁ、ちょっと不幸になーれ、という気持ちがなかったとは言わない。

 精々カルヴァンは禿げればいいと思ったしある程度の年齢になってメタボになって食べる物にあれこれ制限がついて日々のストレスを蓄積させろ、とは思ったけれど、それだけだ。

 アリシアについても、何かその勘違いして暴走するの年齢を重ねて酷くなってそのうちどっかで取り返しのつかない事になって世間様から冷ややかに見られればいい、くらいには思っていた。


 別に地獄に落ちろとか、苦しんで死ねとまでは思っていなかったのだ。


 ちなみにアリシアは娼館に売り飛ばされたが、それを実行したカルヴァンもまた男娼となったらしい。なんでも売り飛ばした先の店が裏で犯罪組織と繋がっていたらしく、彼もまた商品となってしまったらしいのだ。


 それを聞いてしまったからこそ余計に、いやそこまでの不幸は望んでないんですが!? とセシリアが思う結果になったのだが。


 そこまで調べてその二人はそのままなのか、と問えば、助ける必要があるかな? とにこやかに返されてしまったのでセシリアは何も言えなかった。

 いや、頼めば助けてもらえたかもしれないけれど、セシリアもそこまでしようとは思えなかったのだ。

 あと、多分もう助けたところで手遅れな気しかしない。


 ほんのり治癒の魔法が使えるアリシアであるけれど、それが吉と出るか凶と出るか……まず間違いなくその力は娼館に来る客ではなく自らに使う事になるだろう。そしてその力がどこまで効果を及ぼしてくれるか……ちょっと乱暴に、手酷く抱かれる、などであればまだ耐えようと思うだけかもしれない。けれども性病に罹ったら……病気の種類にもよるが、いずれはその力に頼らざるを得なくなる。


 カルヴァンも男娼として同じ娼館にいるらしいし、場合によってはアリシアはその力をカルヴァンにも使う事を強いられるかもしれない。

 いや流石にそこまではないだろう……と思いたいが、どうしてだか安心はできなかった。


 だって、この二人が行きついた先の娼館が、たまたまカルヴァンが訪れてアリシアを売り払おうとした、というのであればまだしも、両親の話を聞くに恐らくカルヴァンはその娼館へ行く事を誘導された節があるのだ。


 二人が娼館へ流れ着くまでに数日は間があったのだ。

 家を追い出されて、数日はどうにか一人で生きて行こうと試みたのだろう。けれどもその頃にはカルヴァンの仕出かしは噂話として街中に流れていたようであったし、そうなればマトモな貴族はいくら以前彼と友人関係であったとしても、彼を数日とはいえ匿うだとか世話をしようだなどと思わなかっただろう。下手な事をすれば今度は社交界での話題は自分になるのだ。それもとんでもない醜聞として。


 ただの噂であっても悪意の混じったそれらを放置して問題がないか、と問われれば間違いなくどこかで支障は出る。この後知り合うだろう人物からの評価が最初から低いだとかであればまだ挽回のしようもあるかもしれない。けれど、人生の大局に差し掛かったところでその噂がすべてを台無しにしてくれた、なんて事になればその時点で家が断絶する可能性すらあり得るのだ。


 カルヴァンもアリシアも、二人が遭遇するまでの数日はさぞ居た堪れなかったに違いない。今までは我が物顔で歩けていた街の中が途端に針の筵となったのは確実だ。

 大した財産も与えられずに家を追い出されただろうし、そうなれば今まで生活に困る事のなかったカルヴァンはさぞ苦労したはずだ。たった数日であったとしても。

 アリシアは貴族に引き取られる前の生活に戻っただけかと思いきや、けれどもあの頃と今とでは事情が大分異なる。

 かつては母と二人寄り添って生きていた、健気な娘として見られていただろう。であれば、たまに親切な誰かが手を差し伸べる事もあったはずだ。

 だが今はそんな相手はいない。何せアリシアの評判は婚約者のいる相手に図々しくも迫り、その相手を奪い、結果王の決定に異議を唱える形となってしまった平民だ。

 反逆者と言ってもいい。

 直接的な武力を用いなかったからこそかろうじて生かされているとはいえ、あと一歩どこかで間違えていれば絞首刑か斬首刑、はたまた火刑になっていた可能性が高いのだ。


 その数日、二人は合流するまでの間、周囲のひそひそとした話で居場所を追われていた。

 アリシアを引き取った家での真実までもが密やかに、けれども確実に街中に流れていたのだ。

 下手に人目のある場所にいれば、そんなところにいないでちょうだい! などと追いやられ、そうして二人は流れ流れて治安の悪い地区へと追いやられていった。

 そうして後はご覧の通りだ。



 ケインもエリーゼも、直接自分たちで手を下したわけではない。けれども、二人は二人に使える人脈を駆使して噂を流し、時に人を使いあの二人を追い詰めたのだろう。

 堂々と明言まではしていなかったけれど、しかしそれを知られたところで構わない、といった態度であった。

 そのやり方はどうかと思わなくもない。ないのだが……カルヴァンとアリシアに味方をしようと思える者がいるような状況でもない。普通に考えて、事の顛末が明らかになっているのであればカルヴァンにもアリシアにも関わりたいと思うような者はいないだろう。

 それにやらかしているのはケインとエリーゼ。そして二人のためにと動いた者たちである。

 実働隊と言っていいかはわからないが、そちらはまだしも。

 ケインは辺境伯として名高く、国内での人気は高い。騎士団とか下手したらケインのファンが半数を超えているのではないかと思えるほどだ。実際は知らないが、それでも友人たちとの茶会の時の話を総合すればそれくらいファンはいるだろうと思えるだけの実績が困った事に存在した。


 エリーゼに至っては言うまでもない。

 彼女は現国王の妹で、ケイン以上に人脈がある。

 そして彼女もまた人気があった。母が婚約者を決める年頃になった時、是非お相手にと立候補した男性の数は数えきれないほどだったのだとか。ケインとくっついた当時は妬みやっかみが酷かったらしいが、ケインが実力を示していくうちに、またエリーゼがケインと仲睦まじい様子を社交界で見せていくうちにそういったものは鳴りを潜めていったようだが、彼女のために、と行動に出るものは今なお数多くいる。


 二人はそういった人材をちょっと扇動しただけに過ぎない。


 そう、ちょっとカルヴァンとアリシアに関して調べたり、そんな二人のあれこれを噂として流したりしたついでに、流石に野放しにはできないし、どうにかしないといけないな……なんてちょっと自分たちの代わりに行動してくれそうな相手の前でぽろっと言葉を漏らしただけに過ぎないのだ。


 下手に権力と人脈のある人物を敵に回すといかに恐ろしいか……というのをセシリアは目の当たりにしたわけである。


「こっわ……あの二人には逆らわんとこ……」


 令嬢にあるまじき口調でそう呟いてしまうのも無理はない。

 こっちは別にあの二人をどうにかしてやろうとは思ってなかったのに、一応それでも婚約破棄とかされたし、カルヴァンは横取りされたようなものだしで、まぁ、何かやられっぱなしは悔しいです、みたいな雰囲気は確かに出した。一応今まではカルヴァンに恋する乙女であったわけだし、それがいきなりどうでもいいと言い切るまでにセシリアが変化すれば両親も訝しむだろうと思ったから、多少は未練がありつつも、でももう済んだ事だしどうでもいいの……と強がるような態度はちょっとだけ見せた。


 でもそれでセシリアの中では済んだ話だったのだ。

 精々あの二人が机の角とかにしょっちゅう足の小指をぶつけてうっかり骨折でもしてしまえばいい、くらいの不幸は望んだかもしれないが、ここまでの事は望む以前に想像すらしなかった。

 そりゃあ小説の中ではセシリアは殺される流れだったけど、だからってあいつらも死ねとかは思っていなかったのだ。本当に。だってその死亡フラグ回避したつもりだったし。

 後は何か仕掛けてきても、相手の誘いに乗らずに落ち着いて対処すればどうにかなると思っていたのだ。多少の不安はあったけれど。


 やだなー、まだ何か仕掛けてくるかもしれないなー、という意味での怖いなー、という感情はあったけれど、その怖いは精々軽口で言えるくらいのものだった。

 ところが実際はどうだ。

 相手の人生が終了している。

 誰もここまで望んでないよ怖ぇよ! という感想を抱くのも無理はなかった。



 ちょっと怖すぎて思わずセシリアは、もしかして私が死んだ後もこんな展開になった可能性があるのではないか……? と思う事にした。

 そもそも一方的に王命だというのに婚約破棄してるわけだし。

 恋に狂ったセシリアが凶行に及んでアリシアを害そうとした時に、アリシアを守るためというのもあってカルヴァンはボウガンでセシリアを撃ち殺した。

 その後は邪魔な女も消えて二人はハッピーウェディングエンドを迎えて小説は終わったけれど、王命の婚約を勝手に破棄した件と、その令嬢が凶行に及んだとはいえ殺害している時点でそもそも本当にハッピーエンドになるか……? という疑問はある。


 現代日本の法とこの国の法は異なるけれど、それでも倫理観だとか物事の善悪だとかはそう変わりがないはずだ。カルヴァンとアリシアが真実の愛で結ばれたのですとのたまった所で全てが許されるはずもない。

 ご都合主義の物語であればそこで丸く収まるのかもしれないけれども。



 どちらにしても、もうセシリアがカルヴァンと会う事はない。

 セシリアがわざわざ彼の働く娼館へ足を運びでもしない限りは。そしてアリシアにもそれは言える。


 今更わざわざ会う必要性を感じないし、会ってどうしろというのだ。裏に犯罪組織が絡んでそうな、それでいて国がそれを放置しているという事は多分どこかの裏で繋がってる明らかヤバいやつだろうし、そんな場所におめおめとセシリア単身で乗り込もうなど思うはずがない。前世のセシリアはごく普通の一般市民で別にどこかの特殊部隊に所属していたとかではないのだ。

 そして危険を冒してまであの二人を助けよう、と思うような事もない。


 婚約破棄を告げられる前までは確かにカルヴァンの事が好きで好きでどうしようもなかったけれど、それだって前世の記憶がなかったからだ。恐らく最初から前世の記憶があった状態であったなら、そこまで恋焦がれるような情熱的なまでにカルヴァンの事を好きだなどとは思わなかっただろう。

 今の自分はむしろ――


(ここで余計な事をしてお父様やお母様を敵に回すような事をする方が余程恐ろしい……こちらの世界にあるかはわかりませんが、前世の私の座右の銘は長い物には巻かれろ、だったわけですし。

 まぁ、えぇ、はい。つまりはそういうやつです)


 そんな風に自分に言い聞かせて、セシリアは気分を落ち着けるように深呼吸を繰り返した。


 カルヴァンとの婚約は台無しになってしまったけれど、まぁ多分そのうち王家か、はたまた両親のどちらかがどこかでいい感じの縁談を見繕うだろう。家は金に困っているわけでもないので、金目当てに親子ほど年の離れた男の家に嫁がされる事もないだろうし。

 政略結婚させるにしても、まぁ、そう酷い事にはならないのではないだろうか。

 両親がセシリアの事を何とも思っていなければ、そもそもカルヴァンとアリシアがあんな目に遭うはずもないのだから。

 今回の件も婚約破棄であったとしてもそれはカルヴァン側の有責と広く知られる事になるだろうし、セシリアに瑕疵はないと証明されれば、国のためでそれでいて家のためにもなりそうなどこぞの家との縁を結ぶだろう。


 だからこそまずは。


 セシリアは何事もなかったかのようにメイドのアンを呼んだ。


 私別に何とも思っていませんけれど? とでもいうように、けれど気持ちを落ち着けるために。

 セシリアはアンにお茶を淹れてもらうように頼んだのである。

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― 新着の感想 ―
[良い点] カルヴァン、王族かと思ったら伯爵令息か!セシリアのほうが高貴そうなのに偉そうで厚かましいな!!(笑) [一言] ええ!?ってなって面白かったです、ありがとうございました。
[一言] 現代日本の小市民的メンタルにはちと怖いですが、仕方ないことと割り切るのが一番。 現セシリア嬢の行動は正しいです。 後は次に用意されるだろう婚約者が、野心家過ぎたり浮気性だったりしないことを…
[良い点] 前半は遠距離陰茎を無添加ロングソーセージが伸びてでも普通の大きさじゃ巨大になるから糸のようなかなに頭持ってかれて 後半は2人の娼館落ちの断種まででスゴイざまあと思ったこと [一言] 盛大な…
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