流れ星の海を泳いで
星間村は街灯もほとんどない、いくつかの集落でできた、小さな村でした。そのため夜になると、手の届くところに浮かんでいるかのように、星がくっきりと見えるのです。しかし、この村の名前の由来は、夜空の美しさだけではありませんでした。
「ねぇ、泳がない?」
星間村出身のソラが、居間でスイカを食べていたぼくにそういいました。
「泳ぐったって……もう日が沈みそうなのに、危なくないか? それに、海まで車でけっこうかかるだろ?」
皮の部分までむしゃぶりついて、ぼくはふぅっと一息つきました。ソラのお母さんが、くすくすと笑います。
「ソラったら、大地くんはこの村の出身じゃないんだし、泳ぐっていってもピンとこないわよ」
「わかってるわよ。だから、せっかくだし教えてあげようと思ったの」
ソラがふくれっつらをします。ぽかんとしているぼくの手をとり、ソラは引っ張りあげました。
「ほら、行きましょ」
「いや、でも、夜に泳ぐなんて」
「いいから、ほら!」
行ってきますとお母さんにいってから、ソラはサンダルをはきました。こうなるともう止まりません。しぶしぶぼくも靴をはきます。
「ダメよ、靴じゃ」
「いや、運転するんだから、さすがにサンダルじゃまずいだろ」
今度はソラがきょとんとする番でした。それからすぐにあははと笑います。
「違う違う、海には行かないわよ。そこの小川。川の中を歩くから、サンダルじゃないと」
ソラは懐中電灯を手にして、もう一度「行ってきます」といい、ぼくの手をとりました。
「まさか、小川を泳ぐってのか?」
ソラの実家のすぐ近くにある小川は、泳げるほど深くなかったはずです。それにもう日も沈みかかっています。目を丸くするぼくに、そらはいたずらっぽく笑うだけでした。
「いいから、ほら、ついてきて」
ぼくの手に懐中電灯を押しつけて、もう片方の手をしっかりにぎったまま、ソラは夜道を進んでいきます。懐中電灯がソラのうしろすがたを照らします。
「わたしは大丈夫だから、大地は転ばないように気をつけてよ」
「でも、川の中を歩くんだろう? 危なくないか?」
ふりかえったソラが、得意そうに笑いました。
「昔は毎日のように歩いてたから、大丈夫よ」
それは強がりでもなんでもなく、途中でけもの道を通って小川に降りても、ソラはすたすたと歩いていったのです。よろめきながらも、ソラの手をぎゅっとつかんでついていきます。すると、ソラはふと足を止めて顔をあげました。
「ほら、空を見てごらん」
真夏の蒸し暑さも消えて、川の水音が耳に心地よく聞こえてきます。サンダルをはいた足元は、ひんやりとして汗が引いていきます。でも、いつもよりもソラの顔が不思議と輝いて見えて、胸はドキドキと早鐘のように打っています。
「もう、わたしじゃなくって、空よ、夜空!」
日も沈み、暗くなった小川でも、ソラのほおが染まるのがわかりました。どぎまぎしながらも、ぼくはいわれたように夜空を見あげました。
「うわっ、すごい星の海だ……」
小川を囲む森の木々のすきまから、天の川がはっきりと見えます。ソラの趣味であるビーズアクセサリーで使う、あの小さなビーズを空いっぱいにこぼしたかのような、輝きに満ちた夜空です。と、一瞬ビーズの一つがまたたき、そしてスーッと落ちていったのです。
「流れ星だ!」
「今日は流星群の日だったのよ。すごいでしょ」
ほおを染めたまま、ソラはふふっと小首をかしげました。流れ星を探して、星が一つ落ちるたびに、ぼくはソラの顔を見ます。ソラも同じ動きをしていて、目が合うと二人して思わず笑ってしまいました。
「すごいなぁ、ホントに星間村って名前通りだ」
「ううん、違うのよ」
ソラが首をふったので、ぼくはソラの顔をまじまじと見つめました。
「懐中電灯、消してみて」
ソラにいわれた通り、懐中電灯を消します。夜空の星明かりがより一層強くなります。とはいえ街灯もない、森の中の小川です。あたりは一気に闇に包まれました。ソラの手をぎゅっとにぎると、ソラはそっとぼくに肩をよせてきたのです。
「待ってて……。もうすぐ、どうして星間村っていうのか、そして、わたしが『泳ぎに行こう』っていった理由がわかるから」
いったいなにが起きるのか、目を見開いて空を見ていると、流れ星が急にいくつも落ちてきたのです。一つ、二つ、三つ……あとからあとから、落ちてきます。驚くぼくの肩をたたいて、ソラが耳元でつぶやきます。
「見て。流れ星たちが、落ちてきたのよ」
びっくりして、ソラの顔を、そしてあたりに目を向けます。ハッと息をのむぼくの前で、ソラが手を離し、光の中で踊り始めたのです。黄緑色の光があたりをゆっくりとただよい、その中を泳ぐように踊るソラは、まさに『流れ星の海で泳いで』いるように見えます。
「ホタルが、こんなにいっぱい……」
ソラのまわりには、何十匹ものホタルがゆらゆらと飛んでいたのです。空を見あげれば流れ星がいくつも落ちて、ソラを見れば、落ちた流れ星とたわむれるように踊っている……。星と星のあいだにある村、まさに『星間村』という名前にふさわしい光景でした。
「ね、大地も泳ごうよ!」
「……うん!」
ホタルの光が二つ重なるように、ソラとぼくも身を寄せ合って、いつまでも星の中で泳ぎ続けるのでした。その間にも、星はいくつもいくつも降り注ぎ、落ちた星はホタルとなって、いつまでもいつまでも光り続けるのでした。
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