予知と解析
ツイッターにそのアカウントを見つけたのは、偶然だった。
地震の前に体に傷ができるという不思議な現象に戸惑うそのアカウントに入れ込み、傷のできる場所が日本地図に該当していることを知ると、傷の位置がどの地域に該当するのかを調べる『解析班』として自分でシステムまで作ってしまった。
そしてある日、アカウント主からの悲痛なツイートが流れてきた――
信じなくてもいいけど@earthquake・1年前
地震がおこる前に体に異変があるのだが、どうにかならんだろうか。
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信じなくてもいいけど@earthquake・1年前
同じ体質の人いないかなー。マジこれ、どうにかならんかのー。地震の前になると、体が裂けるんだけどー。ちょっとだから、まぁ、我慢できるけどさぁ。
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>信じなくてもいいけど@earthquake・1年前
オッケー、前に撮ったのある、からUPしてみる。
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>信じなくてもいいけど@earthquake・1年前
さっきの、グロ画像だったっけ? 運営から削除されたんだけど。出血はダメなのかな。まぁいいや、これから気をつけよ、垢バンされそうだし。んで、あれの三日後に九州で地震あったわけ。
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>信じなくてもいいけど@earthquake・1年前
画像保存済みとは、やるな、お主……。そうそう、右足のふくらはぎ。他? 今年の北海道のときは左頬が2センチくらい裂けた。まじびびった。
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>信じなくてもいいけど@earthquake・1年前
正確な場所? 写真UPするわけにはいかないしなぁ。ちょっと待て、画伯が渾身の絵で表現するから!
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>信じなくてもいいけど@earthquake・1年前
【画像:ノートに楕円形が描かれそこに目鼻口らしき線が入り、耳と首がくっついている。その左頬に当たる場所に赤で大小の線が入れられていた】
2センチって、結構でかい。ほっぺたに絆創膏貼って生活した、小学生気分。
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>信じなくてもいいけど@earthquake・1年前
画伯以外の称号は受け付けん。短い線? 余震かな。
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>信じなくてもいいけど@earthquake・1年前
心配無用だ。皮膚一枚で、深くはないから、ちゃんと治った。高級絆創膏素晴らしいよ! 湿潤療法万歳! マジで治りが違う。
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SNS上に呟かれたそれは、嘘か本当かわからない、ひとつの投稿だった。
一年前からはじまり、更新があるのは決まって『地震』の起きる数週間前で。地震大国である我が国であるから、その頻度は、ひと月とあけずにあった。
手書きだった人体図は、フォロワーの提案により、ネットのフリー素材でちゃんとした人体図を使うようになっていた、本人と等身が同じ物を使っているのも、フォロワーからの『正確な位置を知りたい』という要望を受けた上でのことだ。
解析班と呼ばれる、傷の位置から実際に地震が発生する位置を特定する、専門のフォロワー達も出現していた。
信じなくてもいいけど@earthquake・5ヶ月前
へぃ! 久し振り。解析班カモーン!
昨日の夜キタ。被害はパジャマのズボン(涙)
【画像:プリントされた人体図、左太ももに赤ペンで線が描かれている】
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>信じなくてもいいけど@earthquake・5ヶ月前
一番長いのが3センチ、それ以外は5ミリ以下。
久し振りに大きいのが来そうだ、感覚としては……一週間以内かなぁ。
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>信じなくてもいいけど@earthquake・5ヶ月前
手当て済みだよー。高級絆創膏、各種常備してる(えっへん!)
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>信じなくてもいいけど@earthquake・5ヶ月前
解析班一番ノリきたー! 早ぇなおい。
と思ったら。おお、続々くるなぁ。四国派と中国地方派があるな。だよなー、太ももってわかりにくいんだよな。内地? 違うか、本州が明確にどこまでなのか。人体=日本の縮尺、てのもちょっと違うっぽいしなぁ。うは、解析班の意見交換おもろ。
返信:22 拡散:32 賛同:3245
その人物が、注意喚起をすることはない。
本人のアカウント名の通り『信じなくてもいい』というスタンスを崩すことはないのだ。
そのことを不満に思っているフォロワーの多くは、素晴らしい能力があって人を助けることができるのに、無責任じゃないのかという怒りの声すらあげる。
本人に向けて、切りつける言葉を平気で吐く。
だが、その意見に対する返答が、本人から発せられることはなかった。
他のフォロワーから、「こうして情報を出してくれるだけでも、ありがたいんじゃないか?」との意見が出ると、それを賛同する声があがる。
いつだって、本人の姿勢はバッシングされたし、擁護された。
「また、わいてやがる」
平日の昼間、コーヒーショップの一角でノートパソコンを開いていた手を止め、忌々しく独りごちる。温く、飲みやすくなったコーヒーを一口飲み、キーボードに指を滑らせて、擁護するコメントを打ち込む。
擁護したところでアンチがいなくなるわけではないけど、アイツに味方がいるのだと、声をあげねば伝わらないのだから。
アンチコメントが、アイツの目に触れなければいいのにと思う。
一年前、たまたま見つけたアカウントは、あっという間にフォロワーを増やしていった。
そのぐらい恐ろしい、予言をしていた。
この地震大国で、地震の発生を予言するというのは大変なことだ。フォロワー数はとうに百万を超している。
本人はいつも軽い調子で投稿しているが、投稿するときは必ずその身が傷ついたときなのだから、痛いだろうというのは考えるに容易い。
だから、投稿があると一番に怪我の状態を心配する返信を送るようにしている。
「心配してるヤツがいるって、わかってるんだろうか」
怪我の心配を送ったあとは速やかに解析作業に入る。
とはいえ、既に用意してあるシステムに投稿された画像を取り込めば、自動で座標が確定される。三日徹夜して作った、自信作だ。
改良に改良を重ね、そして解析データが増えることで精度を増していった。
出てきた座標から地域を特定し、SNSに入力する。
「一番乗りできなかったか」
悔しげな顔をしたものの、書かれている地名ににんまりと笑う。自分とは違う地名を出してきたそのアカウントは最近出てきた新参者で、古参である自分の足下にも及ばない、適当な解析をしてくる。
「それで、その根拠は? と」
相手に解析の根拠を求め、その根拠の間違いを指摘し、正解に導いていく。
最終的に、自分が提示した地域で確定した。
本人から賞賛するコメントが入ってきて、優越感を感じる。
「震度もこの程度なら、被害もないだろうし」
傷は五ミリ以下のものが点在していた、そのサイズならばそう大きな揺れにはならないと過去のデータからわかっている。
ただ、いつもと違うのは。
>信じなくてもいいけど@earthquake・5分前
解析班、お疲れさまー。では、じゃじゃんっ!今回のまとめ発表ー!
場所:関東南部
震度:2~3
時期:明日か明後日
今回はやたら前回と近いなー( ˘•ω• )
返信:1670 拡散:5万 賛同:8万
本人も言っているように、時期が早い。いつもなら、一週間くらいあくのに。
もしかしたら……。
前震――SNSにもその文字があがってきた。
こういった小さな地震が続いて終わることもないわけではない、だが、本震がくることもあり得ると知っている。
「考えても仕方ない。次の投稿で、どっちかわかるだろう」
パソコンを閉じて冷めたコーヒーを飲み干し、店を出た。
「う……っ、寒っ」
思わず立ちすくんでマフラーをキツく巻き直すと、慣れぬ雪道に注意深く足を踏み出し、クライアントの会社を目指した。
あれから五日、北海道出張の最終日。思い残すことがないようにと、有名どころのラーメン店へと足を向けていた。
SNSの画面を出したままのスマホをテーブルに置いて、味噌バターコーンラーメンを注文する。営業の成功を祝してチャーシュー増し増しで。
三日前、地震計が動く程度の小さな地震が起きた、予想通りの場所で。
また、アイツのフォロワーが増えた。
予知が当たる度に増えていく、アイツを知る人間が。
だけどアイツがフォローバックしてる人間は、俺だけだ。一番はじめに声をかけ、アイツを見つけた俺だけを、アイツは認めてる。
アイツのプロフィールのフォロー中の数字を見る度に安堵し、優越感を感じる。
それがらみで俺のフォロワーも増えた。俺が解析班の筆頭であるせいかもしれないが、一気に伸びたフォロワー数に最初はびびった。身バレするような発言してなくてよかったと心底安堵した、人生なにがあるかわからない。
俺はアイツ以外のフォローをすべて解除して、アイツ発信の呟きだけを表示させるようにした。
自分でも、かなり入れ込んでいると思う。
「味噌バタでーす」
店員さんが運んできたラーメンを受け取り、その盛りのよさにワクワクしながら割り箸を割ったそのとき。
ピロリン
跳ねるようなその音に、すかさずスマホを掴んだ。アイツの呟きが更新された。
信じなくてもいいけど@earthquake・7秒前
かいせきはんいるか解析班!
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その慌てた様子に、急いで返信を返す。
俺はここにいるぞ、いつでもこい! と。
>信じなくてもいいけど@earthquake・5秒前
きた。ヤバイやつ。
たのむ、かくよゆうない。UPする
消される前に、たのむ
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わかった、と答えた。
ラーメンを避け、横目でスマホの画面を確認しながら、ノートパソコンをテーブルに乗せて起動する。
今年買ったばかりで、スペックだって高いのに、今日ばかりはその起動時間にイライラした。
だが、なかなか次の呟きが来ない。
もしかすると、今、撮っているのかもしれない。
パソコンのほうでもSNSを起動して待機する、ラーメンがのびるし、店主の視線も痛いが、コレを逃すわけにはいかないんだ。
何度も更新ボタンを押す。タイムラグがあったらまずい、運営に先を越されるわけにはいかない。
>信じなくてもいいけど@earthquake・2秒前
たのむ
【動画】
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添付されていたのが動画だったので一瞬怯んだが、パソコンで自作のツールを起動して素早く保存する。
間に合った。
それから、動画を再生する。
ひどい画像だった、奥歯を食い締めて、再生を止めたくなるのを耐えた。
大きな鏡がそこにしかなかったのだろう、浴室で、シャツをまくり上げ、晒した細い白い腹が横に裂け、その近辺にも無数の傷があった。
『ああくそっ、血で、場所が見えない』
若い女性の涙混じりの声と共に、シャワーが出され、今度は湯気がダメだと、水に切り替え――このクソ寒い時期に、水で血を流す。
あふれる血に悪態を吐きながら、必死に、解析班に……俺に、情報を渡そうと。
『うまく、撮れなくて、すまない。解析班、頼む』
一瞬だけ映った顔は涙でぐしゃぐしゃで、真っ青で。
受け取ったことだけ返信し、それから必死にパソコンを操作した。
動画だったから、一番わかりやすい場面で止めて。それから反転させて、いつも使っているテンプレートに重ねてマーキング、それからシステムに読み込ませる。
出てきた地域を、SNSに打ち込んでいく。
ああくそっ、面倒くさがらずに、自動で入力するようにしておけばよかった。
他の解析班も動いていて、同じように地域の特定をしている。
一通り出し切った、最速だったと思う。
既に動画は消された。
アイツにダイレクトメッセージをはじめて送る。大丈夫なんだろうか、ちゃんと怪我の処置はしただろうか。
ピロリン――アイツが新しく投稿した。
信じなくてもいいけど@earthquake・現在
あしたくる
にげろ
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その言葉に一気に血の気が失せる。
傷が大きいほど、震度は大きい。腹を横断するそれは、未曾有の大惨事になることがわかった。
スマホを掴んで、実家に電話する。頼む、逃げてくれと、懇願した。
知り合いにも片っ端から連絡した、馬鹿にする人間もいた、説得する時間も惜しく電話を切ったが……。
他の客も、アイツをフォローしている人間がいたのだろう、青い顔で、同じように電話をかけていた。そうすると、どんどんと周りにも伝播する。
明日、大規模な地震が発生する。
一通り伝え、ぐったりして、つけっぱなしだったパソコンの画面に釘付けになる。
信じなくてもいいけど@earthquake・15分
たのむ、信じてくれ
そして生きて
信じて、動いてくれ
わたしは、もうだめだから
さよならだけど
信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて
返信:520 拡散:8.9万 賛同:2.3万
文字数いっぱいに書かれた言葉に、今もなお返信がつき、凄いスピードで拡散されている。
信じなくてもいいけど、というアカウント名はきっとやせ我慢で、いつだって信じて欲しかったのだろう。
俺だって思ってた、アンチの奴らが信じずにいるのを、歯がゆく思ったことも一度や二度じゃない。
信じろよ、何度も当たってるんだぞ、どうして「自演乙」とか「大きく出ましたねw」とか「垢バン確定おめでとう」「必死ww」「通報案件」どうして、そんなこと言えるんだよ――湧いてくる奴らを、なぐって回りたい衝動に駆られたのは一度や二度じゃない。
アイツに何度もダイレクトメッセージを入れるけど、一向に返事はない。
さすがに、救急車を呼んだよな?
不安を感じながら、パソコンをずらし、のびきったラーメンを引き寄せて啜る。
次はのびる前に食いたいな。
チャーシューを食べ、汁を啜る。
そして、ふと思いついて、先程の動画のデータを開いてみる。データに位置情報がついてないか確認したが、駄目だった。
だよな、俺がそういうのは気をつけろって言ったんだもんなぁ……。
ガッカリしていると、ダイレクトメッセージに返信が入ってきた!
『いままで、ありがとな。あんたのおかげ』
性別がわかっても変わらない言葉づかいに、なんだか安堵する。
『病院には行ったのか? もう、処置は終わったのか?』
まだ二十分くらいしか経ってないのに、本当にもう終わったんだろうか? あれだけの裂傷を?
『こんだけ騒げば、みんな、助かるよな』
質問から逸らすような返事に確信する、こいつ病院行ってねぇ!
『おい、救急車は! 早く病院に行けよ!』
『打つのめんどくせー。なんか、手ふるえてさ、うまく入力できねぇの』
言葉通り、返信は遅く、俺は焦れる。
『おい! 救急車呼べよ!』
『解析班のおかげで、たくさん助かるよな、よかったよかった』
『よくない! おい、お前がいるから俺がいるんだぞ! わかってるのか!』
『照れちゃうな』
照れる要因ないだろうがっ!
『だから、生きろ! 俺はまだ、お前とやっていきたいんだよ!』
『えぇー……』
不本意そうな返信に苛立つ。
『でも、もう、疲れちゃったんだよぉ』
次いで入ってきたメッセージに、入力する手が止まる。
『痛いのも、もう嫌だし。ああ、今は不思議と痛くない、痛すぎるせいかな?』
入力できずにいる俺を尻目に、メッセージが来る。
『だからさ、有終の美を飾ったわけだし。これで、おわり、な? ばいばい、相棒』
終わりにしたくなくて何度もメッセージを入れたけど、返信が来ることはなかった。
「おわりになんて、できるかよ……相棒……っ」
握りしめたスマホをテーブルに置いて、パソコンからクラウドに保存してあるデータを引っ張り出す。
無粋だと思ってやってなかった強硬手段を使う。
はじめてやりとりしたときの画像のメタデータの位置情報を引っ張り出して、あとは過去の呟きからヒントを拾ってゆく。
急げ、急げ、急げっ!
未曾有の大災害は、その規模に反して人的被害は少なかった。
信じなくてもいいけど@earthquakeのフォロワーには、多くの政府の要人やら著名人やらがいたことから、素早い判断と行動により、整然と該当地域からの離脱が図られたのだ。
たった一日、それが命運を分けた。
だが、英雄的そのアカウントは、それから一切の呟きをすることはなかった。
「アカウント、もう消してもいいかな?」
病院のベッドで転がりながらスマホを弄っていた彼女が、その台詞を口にした。
目覚めてから毎日、一回は言っている。
持ってきた見舞いのプリンを、冷蔵庫に突っ込んでからベッド脇の丸椅子に座る。
「ほとぼり冷めるまで、弄らない方がいい」
「でもなぁ、追悼メッセージが毎日来るんだもんよー。生きてるっつーの」
唇を尖らせてから、拗ねるようにそっぽを向いた頭を撫でる。
恥ずかしいのは理解できるが、そんなに恥ずかしいなら見なければいいのに、とも思う。
彼女の傷は皮膚一枚が裂けるもので、見た目よりも軽傷だったのが幸いし、発見したときは気絶していたものの、無事、一命を取り留めた。
「それに、もう、あの能力もなくなったし……」
少しだけ申し訳なさそうに言う彼女の言葉通り、地震を予知して生まれる傷はもうできなくなっていた。あの大地震のあとに余震が何度もあったが、彼女に怪我は増えなかったから、間違いないだろう。
「お役御免ってことだろう。ゆっくり休めよ」
地震予知をするアカウントがあれだけ有名になれば、国から目をつけられていてもおかしくはないわけで。
あの後知ったはなしでは、ネット上で国から監視をされてはいたものの接触がなかったのは、ひとえに彼女の予知が本物で、本人に野心がなかったからだということだ。ひとことで言うなら、泳がされていた。
因みに、彼女の影のファンを名乗る団体から見舞金として結構な額をいただいている。有志の懐からとのことで、国庫に負担がないということを聞いてから、やっと彼女は受け取った。
そのお見舞い金でシャワー付きの個室に入院することができた彼女はとてもありがたがっていたが、はっきりいってそのくらい国で面倒見て当然だろう。
「ところで――いつまでここにいるの? 地元には帰らないの?」
ちょっとだけ言いにくそうに、彼女が聞いてくる。
「自宅は震源地でな。家も全壊で大家も年だから、もう建て直さないらしいし。出張でこっちに来てたんだが、いい機会だから、このままこっちに転勤することになった」
出していた転勤願いが今日受理されたので、やっと伝えられる。
「マジですかー」
「マジですよー」
顔を見合わせる。
化粧っ気のない彼女の顔が、笑み崩れた。
「そうかー、雪国にようこそ! 北海道のうまいもの巡りしような!」
楽しそうに笑って提案される。
「退院したらまずは、味噌バターラーメンのチャーシュー増し増しに付き合ってほしいな。退院祝いに、奢るからさ」
「よろこんで!」
よく食べる彼女をご飯で釣るのは容易い。
明日はどんなお菓子を持ってこよう、それともグルメ雑誌を買ってこようか。
ネット上の相棒が人生の相棒になる日を目指して、明日も見舞いに来なくては。
書きながら泣いたし、直しながら泣いた作品です。
自分的に大好きなので、死蔵させておくのも勿体ないと思いUPしました。
楽しんでいただけたらとても嬉しいです(≧∇≦)ノシ
はる麦子様よりいただいた感想に滾って、【信じなくてもいいけど@earthquake】サイドの話を書いてしまったので、こちらでも供養させていただきます(=人=)
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動画で傷の位置を撮影し終えて、浴室を出た。
狭いアパートだから脱衣所なんてなくて、洗濯機の上に置いてあるバスタオルで腹の傷を押さえて、震える指で動画を送信した。
驚くほどすぐにあいつから受け取りの返信がきて、泣きそうになりながら笑ってしまった。
部屋の大半を占めるベッドに背中を預けると、今まで忘れていた寒さを思い出して毛布を引きずり下ろして包まり、スマホの画面に指を滑らせる。
自分の入力の遅さがもどかしい。
たった二行なのに。
『あしたくる/にげろ』
送信してすぐに、あいつの解析結果が出ていたことを知る。
「やっぱり、はやいなぁ」
わたしが信頼するヤツの仕事の早さに、頬が緩む。
スマホを開いたまま、いつもは見ない他の返信をぼんやりしたまま眺めていたら、いくつもの反論が目に付いた。
いつもならばどうでもいいと切り捨てるコメントに、涙が勝手にあふれてくる。
指が、信じてと、繰り返し文字を綴っていた。
送信を押してから、すこしだけ後悔してアプリを閉じ、ゆっくりと横に倒れる。
「寒い……な」
最低限の暖房しかつけていないせいなのか、それとも血が流れすぎたからだろうか。
腹にできた一文字の傷は、もうあまり痛くない――ただ、寒い。
ポン
軽快な音が、スマホから聞こえて目を開けた。
眠っていたのか。
スマホを開けば、あいつからいくつものDMがきていた。
寒さに震える指先で、一つ一つスクロールさせて読んでいると、なんだかあいつとの思い出をたどっているような気分になる。
だから、最後に一言だけ、お礼を言いたくなった。
食い下がるあいつに、ちょっとだけイラッとしながら別れを告げて、もう一度目を閉じた。
寒いだけで痛みはない、もしかしたら、もう目を覚ませないかも知れないけれど、不思議と怖くはなかった。
目を覚ましたのは、病院のベッドの上だった。
そして、ベッドの横に憔悴したサラリーマンが座っていて無茶苦茶ビビった。
「ええと……あなたは?」
困惑しているわたしを余所に、彼はナースコールを押して看護師を呼んでいる。
なんだか分からないが、とても怒っているようだ。
右手は点滴に繋がっていて、点滴のパックはまだ半分以上残っている。
ナースステーションが近いのか、すぐにやってきた看護師と医師が言うには、部屋で気を失っているところを、サラリーマンの彼が救急車を呼んで助けてくれたということだ。
腹は既に治療が終わっており、数日の安静と入院が必要であることを告げられた。
入院に掛かる費用を考えてゾッとしている間に、サラリーマンが医師と看護師を部屋のドアの前まで見送る。
そういえばここは個室だ。個室って確か、高いんだよね……っ!?
青ざめているわたしのところへ戻ってきた彼は、どかっと音を立てて丸椅子に座ると、内ポケットから取り出した名刺入れから名刺を出して、ベッドに横になったままのわたしに渡してきた。
見慣れない企業名と氏名に戸惑う。
「解析班、だ」
「は?」
不機嫌そうな彼の言葉に思考が停止する。
「え、なんで? 解析班? 本当に? なんで? だって、北海道民じゃないよね?」
「出張でこっちにきてた。それよりも、お前さぁ、マジでなんなの」
サラリーマン改め解析班に、なじり、怒られた。
さっさと救急車を呼べとか、死ぬ気だったのかとか。
「だって……あれだよ、別に死ぬつもりはなかったけど、頭が回らなくて……」
ちいさくなって言い訳をするわたしに、彼は盛大な溜め息を吐きだした。
肺の酸素を全部出し切るような溜め息のあと、ベッドの上で身動きの取れないわたしの手を両手で掴んで、自分の額に押し当てた。
「悪い、本当に言いたいのはそうじゃなかった。ありがとう……君のおかげで、みんな、死なずにすんだ。本当に、ありがとう」
彼の言葉で、病院に運ばれる前になにがあったかをまざまざと思い出し、一気に緊張が緩んだ。
「――そっか、みんな……よかった、ホント、よかった……っ」
あふれ出す安堵に止まらなくなった涙を彼が拭ってくれたが、はたと気づく。
「みんな、無事? え、わたし、一体何日寝てたの!?」
丸三日だと教えられ、どうりで体が重いと納得した。
自衛隊まで出動しての大移動が行われた件の大災害の全容を聞き、青くなったものの、死者が出なかったという快挙に、思わずガッツポーズしてしまった。
「あー、よかった! ホッとしたらお腹が空いちゃったわ」
「ゼリーならあるから、食べるか?」
備え付けの冷蔵庫から取り出された、デパ地下の高級ゼリーに釘付けになる。
「食うか?」
「くう」
一も二もなく答えたわたしに、彼はすこし笑って手ずからゼリーを食べさせてくれる。
点滴が終わるまでは身動きできないこの身が恨めしいが、腹の傷はいつも通り皮一枚で、内臓に損傷はないので食事ができるのはありがたい。
ゼリーを食べさせてくれる彼から、実はわたしの救出に政府の人間も関係していたと聞いてドン引いた。
「行きずりのサラリーマンが、面識のない女性の家に、入れるわけないんだよな……」
彼が家の特定までしたのに、家の前で手をこまねいていたところにやってきた政府の人間が上手いことやってくれて、無事入院となったそうだ。
なにがどうなってるのかよくわからないけど、とにかく無事を喜べばいいと彼が言ってくれたので、喜んでおく。
その後、その政府の人間という人と会って、問答の末に公費ではなく有志からのお見舞いというのだけを受け取ることにした。
その有志からのお見舞いっていうのが七桁だったのは計算違いだったけど、正直言って入院費とか色々助かった。
「今日はあの人来ないの? あんたの命の恩人」
下着やタオルを持ってきてくれた母が、棚にそれらをしまいながら聞いてくる。
陸の孤島と呼べる実家からこの病院へ母が来るまでの間、わたしの世話をしてくれた彼に、母は大きな信頼を寄せていた。
「本社の復旧がはじまったし、今日は一日仕事になりそうだって言ってた」
「そうなの? まだ、あの地震から一週間も経ってないのに、凄いわねぇ。それにしても、やっぱり神様っているのね、あんな大きな地震だったのに、誰も犠牲にならなかったんだもの」
わたしの予知だとは知らない母の言葉に頷く。
わたしの体を裂く以外の方法で予知してくれたらもっとよかったのに、と思わなくもないけれど。
けれど、あの予知以降、わたしの体が裂けることはなかった。
予知を失った、だからもう『解析班』も不要になる。
わたしと彼の接点も、失せてしまう。
体が裂けるなんて異常な現象を発狂せずに受け止められたのは、その傷を嬉々として解析する彼がいたからだろう。
彼の無邪気さに、救われていた。
正直に言って、あんなに真っ当な社会人だなんて思ってなかった。
政府の人と会ったときも一緒に居てわたしの意向を通す手伝いをしてくれたし、お見舞いには欠かさず美味しいお菓子を持ってきてくれるし、実はお勤め先が有名なIT企業だっていうのも最近知った。
優しいと思ったら意地悪も言うし、だけど一緒に居ても全然嫌じゃない。
でも、出張でこっちに来てるって言ってたから、きっともう向こうに帰ってしまうんだろうな。
この入院生活で長時間一緒にいたせいか、彼がいなくなることを考えると寂しさを感じる――なんて感傷はほんの数時間後に、彼が転勤でこっちに住むことになると知らされたことで霧散してしまうのだけど。
********
最後になりましたが
☆☆☆☆☆から評価をいただけると大変うれしいです
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ
正直に感じた気持ちで評価をいただけるとありがたいです
よろしくお願いいたします!