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Double.第四部  作者: Reliah
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9.隠密代行者



「ありがとうございます、キアさん。気が晴れました」


 にこりと微笑み、クラウディスは嬉しそうに語る。そこでようやく、キアは毎日のように感じていた違和感の正体に気付いた。

「――それ、やめようよ」

 自分でも言葉が足りていないのは、直後に気付いた。「それ」が一体何なのか、クラウディスには解らないようだ。

「あ、ごめん。えっと、さん付け。――なんか、ちょっと他人行儀すぎる」


 慌てて言い直せば、クラウディスは面食らった様子で瞬いた。彼女にとって、敬語が標準なのだろう――それは理解していたのだが。

「……あんまり、さん付けとか慣れてなくてさ。呼び捨てじゃダメかな」

「あ……えっと、大丈夫ですけど……慣れるまで、時間がかかりそう」


 やや不安そうに俯くクラウディスに、キアは頭を掻いて悩みだす。敬語の相手となんてあまり話す機会がなかっただけに、むず痒さが否めない。

「……ど、努力します……き、キア……でいいのかしら」

 あまりにぎこちない発音に、不謹慎ながらも笑いそうになる。そんなに慣れないものなのか。けれど、自分の目に映るクラウディスは何となく嫌ではなさそうな――気のせいでなければ、嬉しそうに見える。慣れれば、ちゃんと呼び捨てしてくれそうだ。


「うん、それで良い。わがまま言うと、敬語もむず痒いけど……そこまでは言わないからさ」

「……助かります」

 互いにぎこちなく微笑む。どちらかというと、これから仲良くなれるという期待も交えているだろうが――。

「――あ。クラ、って呼んでいいかな。俺、長い名前は舌噛みそうになるんだ。自分の名前も」

 苦笑しながら尋ねれば、クラウディスはほんの少し目を見開く。それから、笑顔で頷いた。


「その呼び方そされたの、ちょっと久しぶりです」

 ――姉には「クラちゃん」って呼ばれていたんですよ、なんて言われて何となくうれしくなった。彼女との距離が随分縮まったように思えて、安心する。

 気がつけばもう、誰もが眠たくなる時間。そろそろ宿に戻ろうかなんて話しながら、もう人気が随分なくなった公園を歩く。出口に差し掛かると、丁度二人の男とすれ違った。


「――おい、あの女!」


 いきなり、すれ違った男の片方が叫んだ。驚いて振り向けば、失礼な事にこちら――クラウディスを指差している。傭兵風の、皮鎧に身を包んだ貧相な男二人。クラウディスに目をつけた――という事は、考えずとも解る。「代行者」だ。

「こんな主都のど真ん中で……!」

 慌てて、クラウディスをかばうように前に出る。既に獲物を抜いて駆けてきた男の剣を、抜いたばかりの剣で受け止めた。


 幾らなんでも、こんな敵国の主都で代行なんて気が狂っているとしか思えない。それも、まだ公園内には人が居る――それほど、クラウディスが持っていたペンダントが重要なのだろう。

 耳に響く金属音を響かせて相手の曲刀を弾き返す。長剣よりも一振りが早いそれは、重量系のキアには厄介な武器だ。見た目の貧相さに負けず、男はすばやい。

 ――もう一人の事も、忘れるわけにはいかない。キアが戦っている間にクラウディスに近寄ろうとしたもう一人の男に、すれ違いざまに足を引っ掛けた。まさかそんな事をされるとは思いもよらなかったのだろう、思いのほか豪快にすっ転んでくれる。

 が、それはキアに隙が出来る事と同じだった。はっとして飛びのくも、曲刀が腕をかすめる――鈍い痛みが腕に走った。


「――キア!」

「かまうな、逃げろ!誰か呼んでくるんだ!」


 叫ぶクラウディスの声以上に、キアは叫んだ。腕の痛みなんて、今は問題じゃない。この場を乗り切ってからじゃないと痛がることなんてできないのだから。

 ほんの少し迷う様子を見せるクラウディスに、早くと急かす。盛大に転んだ男が体制を立て直す前に、どうにか彼女を逃がしたかった。

「逃がすかよぉっ!!」

 倒れた男が、半身を起こして叫ぶ。自分でも容赦ないと思いながらもその顔に蹴りを入れて黙らせると、傷がまた一つ増えた。これ以上足止めすることは不可能だろう――それを察知したのか、クラウディスは身を翻して公園の外へ走り出す。


 ――よし、良い子だ。

 そんな事を思い、キアは受け流していた曲刀に沿うように剣を回す。予想がつかない行動なのか、代行者が瞬時に飛びのいた。

「――ちっ、邪魔な野郎だ」


 邪魔すんのが俺の役目なんだよ。なんてひっそりと呟いて、剣を構え直す。暫し、睨み合いが続いた。

「おまえら、ここがどこか解ってるのか!?」

 沈黙に耐えかね、もう一人の男が起き上がった所で疑問を投げかける。夜だとはいえ、クライストの街中で――それほどまでする理由が、何処にあるのか――。

「お前に話す義理はねぇ!」

 問答無用と言わんばかりに、男たちは自分の横をすり抜けようとする。もうクラウディスは遠くまで行ったと思うが、ここから先に行かせるわけにはいかない。――が、それを防ぐ前に顔に靴跡をつけた男が斬りかかって来た。


「く――」

 あえなく、一人には突破されてしまう。お世辞にも足が速いとは言えないクラウディスが追い付かれてしまうのも、時間の問題なのでは――。しかし、目の前で怒りに震える相手を避けて通る事も出来ない。剣を弾き返して距離を取ると、明らかに殺意の込められた視線が自分を射抜いた。

「――よくもやってくれたな、小僧」


 明らかに、足を引っ掛けたり顔面を蹴りたくったりした事に対する怒りなのだろう。殺意がわく気持ちも解らないではないが、そもそもの原因が自分たちにある事はやはり棚上げのようだ。

 殺してやる!なんて叫びながら突進してくる男の剣を受け流し、振り向きざまに自分の剣を叩きつける。曲刀とは違い短剣なら、リーチの差ではこちらに分がある。危うく剣を取りおとしかけた男が踏ん張った事を残念に思いながら飛びのくと、背中に誰かがぶつかった。


「なんだ、楽しいことしてるじゃないか」


 ――慌てて振り向くという行動の前に、耳元でささやかれた。若い男の声だと思われるそれは、楽しそうにくつくつと笑う。目の前で靴跡をつけたままの男が、ぎょっとした様子でこちら――正確にはその背後を凝視した。

「久々に出てこれたと思ったら、なかなか面白い。漸くこの国にも、戦乱の兆しが見えてきたかな!?」

 狂気をはらんだ高笑い。漸く振り向くと、そこには――


 無数の蛇を髪に宿した、およそ人とは思えないものが居た。




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