5.中央広場の男
クライストにたどり着き、キアとクラウディスは街の中央にある広場に立っていた。
数日前に得た情報では、この場所に「鳩に餌を与える商人」が居るはずなのだが――。
「もう夕方に近い時間だし、いつも居るわけじゃないんだわ」
どう考えても当たり前の事をクラウディスが言うが、キアはそれを失念していたようだ。よくよく考えればそうだと納得し、頭を掻く。
二人の――いや、主にクラウディスの目的は、クライストに居るはずの「ルカ」という男を探すことだった。
元騎士団所属という情報はあったため、思えばカイあたりにも尋ねておけばよかったのだが……。ソカの探している知り合いとやらが偶然にも彼の知り合いらしく、聞くタイミングは得られなかった。
結局、数日前に出会ったクレアという少年からの情報をあてにするほかはなく、こうして広場に居るのだが――
「――キアさん、あれ」
不意にクラウディスが噴水の向こうを指し示す。少し回り込んでそこを見れば、茶色のローブを着た青年が一人、ベンチに座っていた。
片手には何かの袋、片手には鳩の餌。その足元には、何十羽と言わぬ鳩が群がっている。
彼が着ている茶色のローブは、両肩部分に長い二本のベルトが装飾されている。その特徴的な形状は、彼が商業都市ネクロミリアのギルドに所属していることを意味していた。
商人に、鳩。となれば、彼が目的の相手である可能性は高い。そう思っていると、クラウディスはいつの間にかその男の元へ走り寄っていた。慌てて、後を追う。
「すみません、あの――」
クラウディスが声をかけた瞬間、商人の周りにいた鳩が一気に飛び立った。そこで初めて鳩を認識したらしく、慌てて倒れかけた所をキアが支えた。
「――おー。なかなか元気なお嬢ちゃんやね」
餌やりを邪魔された事はさして気にしていないのか、こちらに背を向けていた青年はニコニコしながら振り返る。
やや童顔かとも思える顔立ちに、銀のモノクルの下で輝く緑がかった金の瞳。それだけでも特徴的なのだが、なんと言っても髪形がユニークだった。
まとまりの良さそうな髪は、刃物で適当にカットしたような形跡があり長さがばらついている。が、それでも整えられているようでファッションと捉えれば納得できなくも……多分、ない。
ニコニコと微笑みながら戻って来た鳩に餌をやる青年に、キアはやや潜めた声で尋ねた。
「クレアって人に言われて、来たんですけど――」
「おー。話は聞いてるよ。なんだっけ、ルカに会いたいんか」
どうやら、以前に出会ったクレアという少年は彼に何らかの連絡をしていたらしい。思ったよりスムーズに進む話に、ひとまず安堵する。
「とはいえ、そうそう簡単に会わせる事は出来ないんよね。とりあえず簡単でも良いんで名前と理由、聞かせてもらえるかな」
袋に入っていた餌をばら撒きつつ、青年は微笑んだ。
笑顔が似合う人間は多いが、彼の場合は無邪気とも言える笑顔だ。それなのに、筋道はしっかり立てる――いかにも商人に向いていそうなタイプに見えた。
「わたしはクラウディス・シンフォニアと申します。ルカさんとは幼いころからの知り合いです。
――彼に、このペンダントを直接渡したいんです」
言われたとおり簡潔に、クラウディスは答える。懐から赤い水晶のペンダントを取り出して見せれば、青年は軽く眉を潜める。
「――なるほど。……じゃあ、一旦話をつけてくるんよ。それからで構わんね?」
何か思う所があったらしい、それまでの笑顔ではなく真剣な表情で、青年は声を潜めて囁いた。それから、ペンダントはもう誰にも見せないように――と。
キアにとってはクラウディスの持つペンダントはただの装飾品にしか見えないが、やはり何かあるのだろう。以前見た時も、中に入っているものが危険だから封印しているのだと説明された。
その中身が一体何なのかまでは、教えてもらう事が出来なかったが――。
それにしても、そんなにも危険なものを持っている彼女は一体何者なのだろうか――今更ながらにそんな疑問がよぎるが、あまり詮索するのは趣味ではない。そのうちクラウディスから話してくれるかもしれないし、話してくれないかもしれないし、自分に関わりがないのだから彼女の判断に委ねるべきと思った。
「構いません。……そこの宿で待っていればいいでしょうか?」
「オーケー。君の名前で部屋をとっておいてくれれば、迎えに行く」
すぐに、青年はもとの笑顔に戻った。それからようやく、名を名乗る。
「俺はケイマ・レステリオール。ひょっとしたら長い付き合いになるかもしれんから覚えといてなー」
ニコニコ、笑いながら。ケイマと名乗った男は、そのままどこかへ走り去って行った。