15.騎士と司祭
謁見室――それは、クライストで唯一、国王であるクライスト九世に会う事を許されたものが入る部屋である。
通常そういった例は殆ど無いのだが、例えば大きく功績を上げた者、国王の側近として召される者などが召喚される。つまり、そこに正装で来いという事は、キアにとって重要な――悪いわけではない知らせがあるという事だった。
「ま、何したいのかは大体解るけどねぇ。はいこれ、かぶって」
溜息を吐きながら、ケイマは後頭部に垂れ布がつけられた帽子を差し出す。既に同じものを被っている彼を見ながら、キアは複雑な思いでそれを頭に乗せた。
謁見室に行く時の正装というのは、どうやら貸し出してもらえるようだった。やたらだぼついたローブが随分と重たく感じる。
「んで、この仮面かぶってね」
次いで渡された真っ白な仮面――目の部分に漸く見える程度の穴が開けられたそれは、つけたら随分と視界が悪くなりそうだ。
しかし、それも正装の一部らしい――仕方なく仮面をつければ、やはり視界は暗かった。
「よし、じゃあ行こうか。歩きにくければ足元だけ見てればいいんよ、俺が誘導するから」
腕を引かれ、ケイマの言う通り足元に気をつけながら歩く。程なく辿り着いた扉の前で、あらと声がかけられた。
同じように仮面で顔を隠した相手は、女性のようだった。その彼女の後ろには、同じような装束の人物。
「あたし達だけじゃなかったのね」
「あ、その声、漆黒さんやね。後ろの子は?」
どうやら、ケイマと彼女は知り合いらしかった。彼女の背後に居る人物について尋ねれば、女性は軽く肩をすくめた。
「さあ?着替えを手伝うように頼まれただけよ。ついでにあたしも来いって。……ま、どーせ全員あとから顔見せるんでしょ?」
「違いねーなぁ」
おおよそ緊張感のない会話。そして、謁見室が内側から開かれる。
同じような装束を着た背の高い人物が、全員を見回して小さく「入れ」と呟いた。どうやら、この声はあの緋色の騎士――カイのものだ。
おそるおそる、導かれるままに――傍らに居るもう一人の誰かと中に入る。背後でばたんと、ドアが閉められた。
謁見室の内部は赤い絨毯が縦長に敷かれ、そこに最奥のステンドグラスから光が零れていた。ステンドグラスに施されたクライストの紋章が、太陽の光で床全体に移りこむさまは圧倒されるものがある。
そこに、数人の人間が集まっていた。全員、同じような仮面をつけて同じ装束に身を包む――この部屋に来るまでは皆、こうして素顔も性別すらも隠しているのだそうだ。
一般人がいる場合、この仮面は外されずに用件を済ませるのだというが――。
「――集まったな。では、全員仮面をとれ」
恐らくルカのものだろう、聞き覚えのある声が、目の前に据え置かれた玉座から聞こえる。仮面を取れという指示に、キアは恐る恐る自分がつけていた仮面をはずした。
「――えっ?」
唐突に、隣から驚愕の声。それに驚いて振り返れば、目の前には蒼い瞳の少女がいた。
間違いない、今日から神官として働いていたはずのクラウディスだ――。
しかし、こんな場所で私語は厳禁である。互いに驚いたまま、キアとクラウディスは目の前の――ルカの方へと向き直る。
「二人を呼んだのは他でもない、私から少々頼みがあるのだよ」
公人としてのルカの丁寧な物言いに、キアとクラウディスは思わず顔を見合わせた。
彼の周囲には、幹部と思われる様々な年齢の人間が控えている。好奇ともとれる視線に、今更意識してしまう。
「アムドゥスキアス・グラーニア――彼は代行者に狙われたそこの少女、クラウディスを守り、無事私の元に届けてくれた。
クラウディス・シンフォニア――彼女は十年以上前の私との約束を守り、この『赤水晶のペンダント』を守り抜いた。
その功績は、皆も認める事が出来るな?」
片手にいつかのペンダントを持ち、部屋中に響く声で語る。そのルカの質問に、その場にいた全員がはっきりと返事を返す――肯定として。
背後に控えていたケイマが、ぱちぱちと手を叩く。ふざけてやったのだろうが、それにつられてその隣にいた女性も手を叩き――全員の拍手が部屋に響く。さほど長く続かなかったそれは、ルカが玉座から立ったことで完全に消えた。
いつ手にしていたのか、その両手には剣と杖。そのどちらにも、クライストの紋章が彫られている。
「――君達の功績と力を見込んで、私から頼みがある。
この国に、君達の力を貸してほしい。勿論、とても危険な任務も存在する――無理にとは言わない」
紫の瞳が、金と蒼の目を交互に見つめる。そして、手にしていた剣をキアへ、杖をクラウディスへそれぞれ差し出した。
「――アムドゥスキアスには、聖騎士の位を。クラウディスには、司祭の位を。君達にその気があるのなら、受け取ってくれ」
紫の瞳は、ずっと穏やかに微笑んでいた。
―― 第四部 了 ――