14.庭園の戯れ
「――という経緯から、何故だか俺が神官長なんぞに選ばれちゃったわけ。クライストじゅう探せばもうちょっとマシなのが居る気もするんやけどね〜」
長々と続くケイマの話を聞きながら、キアは整えられた遊歩道を歩く。せっかくだから城の中見せてあげる、だなんて言われて連れてこられたのが、城の裏側にある広い庭だった。
綺麗に切り揃えられた生垣が歩道を挟み、その向こうには池や花畑などが作られていた。巨大な公園にも見えなくはない庭は、気晴らしに歩くにはもってこいの場所だろう。
「けど、信頼って面に関してはルカは人を見る目があるのかもしれんね。絶対に裏切らないと確信した人間しか傍に置かないんよ」
苦笑しながら、ケイマは立ち止まる。どうしたのかと見れば、目の前に何かの袋を差し出された。
よく見ればそれは、魚用の餌袋だった。そして今立っている場所は池の真上の橋。
「……何が居るんだ?」
「ピラニア」
即答されて一瞬、思考が止まる。優雅な庭に何を飼ってるんだろう、この国は。
「結構カラフルで可愛いんよ。まあ、ニシキゴイとかいう珍しい魚も、違う池に居るけど」
ニコニコしながら、ケイマは餌を池の中にばらまく。程なくして、池の表面から魚の跳ねる水音が聞こえ始めた。
――ほんとーに飼ってるし……。
適当に餌の袋を開封してばら撒けば、足元まで喰らいつかんばかりにピラニアが跳ねる。
何故、こんな物騒な魚を――そう思っている事が理解できるのか、ケイマはくつくつと笑って空になった袋をポケットにしまう。
「餌に興奮してるだけで、噛みつかれはしないんよ。誤解されがちだけど結構、臆病な魚やからね」
少なくともこの中に落ちても、噛みつかれるどころかピラニアは逃げてしまうのだという。肉食というイメージだけが先行しているために恐れられがちだが、実際はそうでもない――そこでようやく、キアは自分の誤解を恥じた。
「ま、そういう誤解を与えるような本なんかも出版されてるからね。何が悪いとも言えない」
キアが餌を与え終わった所で、ケイマはまた歩き出す。一体、この庭はどこまで続いているんだろうか。
「そういや、ずっと俺ばっか喋ってるけど……聞きたい事とか、特にないん?問題ない範囲でなら答えるんよ」
ずっと黙っていれば、いつかはそう聞かれる事は解っていた。歩きながらこちらを見るケイマに何を聞くべきか一瞬思案する。
「……おいくつですか」
結局、特に聞く事がなくて完全に興味のない事を聞いてしまう。やはり不思議に思ったのかぱちくりと瞬きをしつつ、ケイマは小さくうなり始めた。
「……多分、もうすぐ五十になるかどうかってとこかね」
「……へ?」
思いの外高い年齢に、キアは目を丸くする。目の前の青年は、どう見ても自分とさほど年が離れていないように見えた。
「モルガ人は二十歳くらいまでは普通の人間と同じ成長速度やけど、それ以降は結構成長がゆっくりなんよ。君や俺がおじーちゃんみたいな姿になるのも、後百年以上は先じゃないかねぇ」
だからこそ君は普通の人間として今まで生きてこれたんよ。そう言って、ケイマは不意に足を止めた。
つられて足を止め、正面を見る。向かいにはいつの間にか、蒼い髪の青年が立っていた。
柔和な笑みを浮かべた、紫の瞳。青を基調とした軍服に、鳩のエンブレム――
リュシカオル・クライスト――紛れもない、クライストの王だ。
彼がこの庭を歩いているのは当たり前のことだが、いきなり目の前に現れれば緊張もする。本当なら、会う事すら出来るような立場ではなかったんだから。
「二人とも、散歩中かい?」
至極普通に、リュシカオル――ルカは微笑んだ。普通にしていればただの騎士にしか見えない彼は、国王という肩書を思わせない気さくな人物だった。
「まあ、検査中に彼が、モルガの民だってことが解ったんでね。ちょこっといろいろと話してたんよ」
「ふうん……けど、ほぼ一方的にお前が話してただけじゃないのか?」
ずばりと言い当てられ、ケイマはあははと笑う。さして気にも留めない様子で、ルカが傍に歩み寄った。
「金の瞳、か。確かに間違いはなさそうだね」
ほんの少し、ルカは悲しげに微笑んだ。キアが孤児としてグラーニア夫妻に拾われたのも、元はと言えばモルガの陥落が原因だったのだろう――それくらいは予想がつく。
同盟国であった亡国の生き残りを見て、彼は何を思っているのだろうか。少なくともモルガが陥落したのは、時期的には彼が国王になる前だというのに。
「それで――検査の結果は?」
「文献片っ端から開かないと難しいから、まだ全然やね。それがどうかしたん?」
不思議そうに首をかしげるケイマに、ルカはいや、と首を振る。それから、キアとケイマを交互に見た。
どうやら、何か用事があって現れたらしい。暫し悩むそぶりを見せ、それからようやく口を開いた。
「キア君に大事な話があってね。ケイマも一緒に、謁見室に来てくれ。――『正装』でな」