1)林檎
実りの秋、様々な献上品が王族へとささげられる。真っ赤に色づいた林檎でいっぱいになった籠を持って、アルフレッドが王太子宮に現れた。
「アルフレッド様」
国王自らに荷物を持たせるわけにはいかない。籠を受け取ろうとしたロバートをアルフレッドは遮った。
「いや、これは私自らが、好んで持っていくだけだ」
アルフレッドの言葉は、手を出すなと言っているのと同じだ。
「今日は、お茶の時間を一緒にする約束だからね。丁度、先ほど届けられたから、アレキサンダー達と一緒に食べようと思って持ってきた。これだけあれば、お前達の分もあるだろうから、後で分けなさい」
アルフレッドは、公の場では国王陛下と呼ばれ、多くの者に傅かれる。
私的に王太子宮に訪問するときくらい、息子と父親でいたいというのがアルフレッドの数少ない我儘だった。地方で育ったアレキサンダーとロバートも、アルフレッドの願いをよくわかった。アルフレッドの私的な訪問の時、王太子宮ではだれも礼服を纏うことなく、礼節を保ちながらも和気あいあいと、アレキサンダーの父親をもてなした。
しかし、ロバートとしては、それでも荷物を持たせるわけにはいかない。国王でなくとも、仕える主、アレキサンダーの父親だ。
「ありがとうございます。ですから、持ちます」
アルフレッドが持つ籠に、ロバートは遠慮なく手をかけた。
「ロバート。私は息子と息子の妻のために持ってきたのだよ」
「アルフレッド様。それでしたらなおのこと、食べやすいように、厨房で切らせてまいりますので、お任せください」
「切ってすぐのほうがおいしいものだ。その場でお前達の誰かが切ってくれればよい」
ロバートの言葉にも、アルフレッドは譲らなかった。
「かしこまりました。我々が切るのですから、我々がお持ちします」
フレデリックも、籠の底に手を添えた。
籠はかなりの大きさだった。王太子宮に来るまでは、アルフレッドの護衛が持っていたのだ。護衛の腕力を基準に籠に詰められた林檎を、国王であるアルフレッドが持つには無理がある。
結局、お茶会で実際に切る分の林檎だけを、アルフレッドは籠にいれて庭に現れることになった。
「アルフレッド様」
駆け寄ってきたローズは、アルフレッドの持つ籠の林檎に、目を輝かせた。
「まぁ、綺麗」
「林檎だよ」
アルフレッドが籠から1個取り、ローズに手渡した。
「ありがとうございます」
受け取った林檎を両手で大切そうに持ち、ローズは顔を近づけた。
「良い香りがします」
あまり褒められた仕草ではないが、満面の笑みで林檎に顔を寄せる少女というのは可愛らしい。
「食べてもおいしいからね。一緒に食べよう。ロバート、切ってやってくれないか」
ロバートはローズの手から林檎を受け取ると、皮を剥き始めた。ロバートの手の中で真っ赤だった林檎が、徐々に黄色い実を見せ始めた。
ロバートは最初に皮を剥いた一つを、皿の上で切り分け、芯の部分も切り取り食べやすいようにした後、茶会の席に座る銘々の皿に並べた。ローズは自分の目の前の皿に、自分の分の一切れが乗るのを待ちきれなさそうにしていた。
林檎を口にしたローズが満面の笑みを浮かべた。
「美味しかったですか」
ロバートの問いかけに、ローズは何度も頷いた。その様子を見たロバートは、もう一つの林檎を手に取り皮を剥き始めた。
アレキサンダーは何の気なしにその光景を見ていた。ロバートは、まだ全部皮を剥いていない林檎の一部を器用に切り取り、ローズの皿に置いた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
ローズはその一片を、嬉しそうに口にした。
何気ない光景だったが、アレキサンダーには衝撃だった。
そのまま何事もなかったように、ロバートは林檎を剥き、先ほどと同じように切り分けた。少々歪な一切れは、きちんとローズの皿に乗っていた。




