19.妃候補
辺境伯一行が応接エリアに到着した頃、この後面会予定のこの城の主は……ベットの上でメイドに膝枕されせていた。
膝枕をさせられているのはメイドのアリシアで、彼女は一人文句を言う主の髪を撫でていた。
一見すると子供っぽい彼氏を甘やかしている彼女のように見えるが、完全に主従の関係である。
ただし、ランスロット自体はそう思っておらず、既にアリシアの事を彼女扱いしていたりする。
「いくら俺が任せるって言ったにしても限度があると思わないか? 街道に兵士をずらりと並べたり、魔導鷲獅子兵を警戒に当たらせるとかさ。あれって示威行動になるんじゃない?」
「私の様な立場の者では詳しく存じませんが、お客様方の安全面やある程度こちら側の力を示しておく必要があったのではないかと思います」
「それは……そうかもしれないけどさ」
ある程度国力がある事を示しておかないといけないとは思うけど、この世界には他にも転移城が存在しているみたいだからそこまで気にする必要はない気がするんだよな。
ただ、どの程度の転移城がどれだ来ているかは気になるところだが、その辺りも出来れば今日の会談で聞いておきたいな。
「あと、宰相のが直接迎えに行くってのもおかしくない? それに重鎮クラスを城の出迎えに出すってのもどうかと思うんだけど」
「そうですね。宰相閣下やバジル様の思惑は良くわかりませんが、流石に少し下手に出ているような気がしますね」
「でしょ!? 焔蜥蜴から聞いた話じゃ転移城は他にもあるようだけど、俺クラスの城があったらこの世界は全て統一されていそうな気がするんだよね」
「陛下の仰る通り普通に戦えば我が城に勝てる国など居ないのかもしれませんが、相手方が団結された場合は中々苦戦を強いらせるのではないでしょうか」
少し興奮して横に向けていた顔をアリシアに向けた。
アリシアは優しく微笑みながら俺の髪を撫でる。
その笑顔に一気に顔が赤くなりそうな気配がしたので、再び横を向いてバジルたちの事をブチブチ文句を言う。
まあ、顔を背けたからと言って熱くなっている耳はたぶん真っ赤になってるんだけどね。
アリシアは仕事だからだろうけど、俺の少し子供っぽくなってしまっている所について文句を言わず、俺の話に耳を傾け優しく相手をしてくれていた。
自分でもあんまりいいことではないとわかっちゃいるんだけど、これからの事を考えると中々落ち着かないんだよな。
メイドに膝枕をして貰えると言う役得の時間は、ドアがノックされる音で終焉を迎える。
ドアを叩いたのはバジルで入室の許可を求めて来たので、名残惜しいがアリシアの膝とさよならしてソファーに腰を掛け、目を閉じて自分を切り替えてから許可を出す。
「お客様方は現在応接エリアにて旅の疲れを癒していただいており、夕食を終えた後会談となりました」
「ふむ。会食ではなく、その後に別途場を設けると言う事か」
「はい。メイド長からの連絡で、先方は多少困惑しているようですので、落ち着いてからの方が良いのではとの事で了承致しました」
ま、この世界の人にこの城は刺激が強すぎるかもしれないな。
それに――まさか応接エリアに案内しているとは。
あそこはゲーム内ではある意味サロンみたいな扱いの場所だけど、自販機やマッサージチェアなどこの世界にない者が目白押しの異空間になっている。
でもまあ、あそこは確かなんであるか分からないけどホテルの客室みたいな部屋もくっ付いてるから、そのまま宿泊もそこにして貰えば問題ないか。
それにしても夕食後とは少し悠長な気もするが――まあ、休息と落ち着くまでには時間がかかるか。
辺境伯らは街道が出来たため、到着までの時間がかなあり短縮されている。
森林と山の間が街道になったので、ライマー達が向かった時よりも数倍早くこちらへ着いている。
「わかった。それで、他に報告はあるか」
「それが、少し面倒な事が……」
「――ほう」
ちょっとカッコよさげに言ってみたけど、このバジルが面倒事と言うのであればかなりの面倒事だろう。
さっきまでの上機嫌だった気分が一気に急降下していった。
「城の西側に恐らくどこかの兵の様な物が確認されました」
「西側……と言う事はヴィンクラー帝国か」
「恐らくは。ですが、城門の兵がっ確認したので詳細は分かっておりません」
もしかして、俺がグリフォンライダーの指示を出し忘れてたからそれを見られたのか?
それともあの盗賊達の生き残りとかが調べに来ていたのか?
まあ良く分からないけど、今回は偵察って感じみたいだから様子見しておこう。
「ふむ――今の所は敵意は無い様だが、今後の会談に何かあっては面倒だ。西に偵察を向かわせておけ」
「畏まりました。報告は以上ですが――少しアリシアをお借りしてもよろしいでしょうか」
バジルがわざわざアリシアを借りると俺に許可を取る意味が分からない。
俺の斜め後ろに立つアリシアに視線を向けると、俺の視線に気が付くと何故だか少し頬が赤めた様にも見える。
そして小さく頷いたので、良く分からないけど許可を出しておく。
「? 構わないが、一体どうした?」
「いえ、少々今後の事について話すことがございましたので。それでは少しの間お借りいたします」
そう言うと二人は部屋から出ていった。
俺は二人が出て行った扉を眺めた後、バジルが居なくなったのでまたベットにダイブしてごろごろする事にした。
バジルとアリシア部屋を退出した後、近くの部屋に入っていた。
その部屋は簡易な応接室の様な物になっているが、ソファーと机以外特に何も無い部屋だった。
バジルが先に座った後アリシアに席に着くように勧める。
「考えは纏まりましたか?」
唐突に切り出すバジルの問いに、アリシアは戸惑いを隠せない。
「――その件なのですが、本当に私でよろしいのでしょうか?」
「構いません。と言うよりも、陛下は既にそのように対応されていると思いますが」
「……そうかもしれません」
アリシアの脳裏には先ほどの部屋でのやり取りを思いだした。
普段はしっかりとした態度を取る陛下だが、今日は何と言うか――少し私に甘える様ないつもと違う事を感じた。
それが本心なのか気を使ってなのか、彼女には理解できなかったのだ。
「ですが私よりも他の者たちの方が陛下にお似合いになるのではとーー」
アリシアは少しやり手っぽい見た目に反し、実は少し臆病な性格なのだ。
いや臆病だからこそ、そのような格好をして居たといった方が正しいだろう。
バジルはそんな彼女の性格はすでに把握しており、後押して了承させるだけだということも理解していた。
「いいえ。陛下は貴女が良いと申しておりました」
「っ!? で、ですが、私は伯爵家の者です。私の立場としてそのような……」
バジルの言葉に心臓が跳ねるような感じがしたが、それでもアリシアは承諾をしなかった。
なぜならば、彼女の本来の立場は伯爵令嬢である為だ。
行儀見習いでメイドの服装をしているが、本来はドレスを身に纏い煌びやかなパーティに出るようお嬢様である。
そして、現状妃のいない王に対してそのような立場になると言うのは――将来の妃候補と言う事になり得てしまうからである。
伯爵と言うのは爵位で言えばそれなりではあるが、可もなく不可もなくといった立ち位置で妃候補と言う不遜な立ち位置に立つのが躊躇われたからである。
アリシアはその事を気にしている様子だが、バジルにとってはそのことは全く問題なかったのである。
「仕方がありませんね。ですがこの件は宰相と私で大臣や将軍達をおどし――いえ、説得し許可を得ているお話です」
「重鎮の方々にまでご迷惑をかけてしまっているのですね……」
バジルが一瞬脅し多様な事を言ってはいたが、実際に脅したような事になったのは――アリシアの父であるケード伯爵一人だけだったりする。
そのケード伯爵も、アリシアと同様に爵位が低い事を問題にしているだけで、正妃としてではなく第二王妃などであれば問題ないと考えていた。
それに、他の者達は世継ぎが居ない陛下に対して多少の焦りを感じており、陛下が見初められたのであればある程度の事は問題にする必要が無いと考えているのだ。
「国を預かる者達としてこれは迷惑ではなく必要な仕事ですので問題ありません」
「そう……なのでしょうけど……」
呟きながらアリシアは俯いてしまう。
実際にアリシアはそのことは重々承知していたが、どうしても自分がそのような立場になる事に対して迷いや忌避感があったのだ。
煮え切らないアリシアに対してバジルはため息をついた。
「ここだけの話で他に一切漏らすつもりはありませんのでお答えいただきたいのですが」
そう断った後、バジルは力強い視線でアリシアを見つめる。
アリシアは俯いたまま力なく頷いた後顔を上げる。
「あなたは陛下がお嫌いですか?」
「そ、そんなことはございません! 陛下の様な立派な方にお仕え出来るだけでもとても――とても光栄な事です」
顔を真っ赤にしながら言葉を絞り出すアリシア。
そして、その言葉を聞いてバジルは心の中で笑みをこぼす。
王城で働く者達は基本的にそれなりに上昇志向が強く、女性であれば陛下の寵愛と言う名の後ろ盾を求めている者が殆どである。
ある物は実家の為、ある物は自分が妃になり上位に立ちたいものと様々だが、アリシアの場合そのような事が全く感じられないのだ。
それに、質問に対して偽ることなく返答をするアリシアは、恋心を陛下に抱いているのはまず間違いない。
しかし、立場をわきまえ身を引こうとするアリシアをどうにか留めるために、バジルは自分が宰相と相談した時の秘密の話を彼女に告げる。
「あなたがそこまで躊躇うのは、自分が妃になる事ですか? 」
「私の様な物が陛下の妃になると言うのも躊躇われる一つですが……陛下には未だ正妃がおられない事が……」
バジルはアリシアの言葉の真意よ読み解き、ぶっちゃけ王と添い遂げたいが対外的に王妃として振舞う自信が無いと解釈した。
実際、アリシアは王の事を尊敬をしているし、そう言った思いもある。
しかし、今の状況で妃になると言う事は――正妃になってしまうからである。
「と言う事は、正妃ならなければ問題ないと言う事ですね」
「あの……それはどう言った事でしょう」
何故さっきの自分の発言から今の様な発言になるのか、バジルの言葉に困惑を隠せない。
そして、心の中では何かに期待している自分がいる事に驚きつつ、話に耳を傾ける。
「ここから先は他言無用でお願いします。現状我が国の状況では他国とのつながりを強く持つ必要があり、その中で一番有効なのが正妃を我が国に迎える事です。しかし、そうなった場合国内からも妃を取らねば問題が起こります。しかし、現状陛下が見初められたのはアリシアのみであると言う事を考え、あなたには妃候補と言う立場で陛下の隣に立っていただきたいのです」
「――妃候補ですか……」
「はい。正式に妃になるのは陛下が正妃を迎えた後か、我が国が他国と他の強い繋がりが出来た場合です。他にもあり得る事ですが今の所は考えなくても良い事でしょう」
「あ、あの、それは陛下に対して――」
陛下に対して始めから二番目にしてくださいと言うのはそもそも不誠実なのでは?と言うつもりだったアリシアの言葉をバジルが言い終わる前に続けて話す。
「大丈夫でございます。その辺りの交渉は私共のが致しますし――私見ですが陛下はあなたの意見を優先させるでしょう」
「わ、わた、わたくしは……」
陛下は自分の意見を優先されると言われてしまい、どう答えていいか分からなくなってしまった。
そして、とどめとばかりにバジルはピシッと姿勢を正しつつ、内心満面の笑みを浮かべながら一撃を放つ。
「おっと、長い時間話をしてしまったようですね。それでは直接陛下に確認しに参りましょう」
有無を言わさぬ為に即座に立ち上がり、キビキビとした動きでアリシアを促しながら陛下の待つ部屋へと歩き出した。
そして、入室居をを貰いアリシアに外で待つように指示して室内に入るや否や。
「陛下は今後もアリシアを側に置く事を了承して頂けますでしょうか」
「……バジルよ一体どうしたのだ? アリシア本人が嫌でないのならわざわざ外す理由が分からぬ」
いきなり意味不明な事を聞いてくるバジルに対し内心首を傾げながら、こいつ相手に言葉を崩すと怒られると思い偉そうに対応する。
「それはこの先の事を踏まえてと言う事でよろしいでしょうか?」
「この先? アリシアに問題が無ければ拒む理由はないが……」
その言葉を聞き勝利を確信したバジルは、外で待たせていたアリシアを呼び二人に対して止めを刺す。
この時俺は何故既に部屋に入った時すでにアリシアが顔を真っ赤にして恥ずかしそうにして居るのか、もう少し良く考える必要があったのだ。
「聞こえていましたね」
「ひゃい!」
問いかけられ声を裏返しながら返事をするアリシア。
緊張というよりも嬉しさと恥ずかしさで、頭がいっぱいになっているアリシア。
「と言う事ですので、アリシアは今後陛下の妃候補と言う事になります」
「……え?」
今なんて言った? 妃候補? アリシアが? いったいどうして、そんな話になっているんだ?
混乱する俺の思考が戻る前に、バジルは再度説明をする。
「ですから、アリシアが陛下の将来の妃になる候補と言う事になりましたので、今後の事は二人でよく話し合ってください。それと、この後の会談の際もお二人でお越しいただきますのでよろしくお願いします」
バジルはそう言うと、自分の役割はここまでだと言わんばかりにそそくさと退出していった。
そして、室内には話についていけていない王と、顔を真っ赤にして瞳を潤ませる妃候補だけ残った。