18.入城
城門の前に停まる馬車の前に白髪の老人が立っている。
背が高くスラッとした体系の老人で顔は笑顔だ。
傍から見たら好々爺に見えていてもおかしくはないが、辺境伯は一目見て只者ではない事を見抜いていた。
そもそも身なりが他の者達とはランクが違う事もさることながら、その立ち振る舞いからかなり高位の者と言う事が分かるのだ。
姫には馬車で待機するように身振りで指示を出しておく。
そして頷いて従者に馬車の扉を開けさせ、堂々とした足取りで馬車を降りる辺境伯。
(さて、相手はどのような対応をしてくるか……それによって今後のこちら側の立ち位置が決まるな)
彼が考えているのは相手がどのような立ち位置で自分達を受け入れるかと言う事だ。
相手方が先に挨拶をした場合、それはこちらを歓迎していると言う事になる。
逆に相手がこちらの挨拶を待っていた場合、こちらを下手に見ていることになる。
ただし、それは彼らの国での風習――貴族達の風習と言う事であり、相手が自分より高位の者であった場合その限りではないのだが。
そんなことを考えつつ、数歩進み老人の前で立ち止まる。
二人の間で視線が交わった――そして老人は一瞬辺境伯と馬車の中に見える第四王女に視線を向け――。
「――辺境伯閣下、王女殿下。ようこそおいで下さいました。私はランスロット王国で宰相をしておりますアラステア=ボルジャーと申します」
辺境伯は向こうから挨拶してきたことに安堵しつつも、一瞬で辺境伯と王女の立ち位置を理解して先に辺境伯の名前を言った事に驚きと共に、相手が宰相と言う事に動揺が現れてしまった。
「――!? 宰相閣下でしか!申し訳ない、私はパトリック=カミネーロと申します。そしてあちらにいるのは姪であるフユ=エイリー=デルシア第四王女です」
しかし一瞬でその動揺を抑え込み、平静を装って会話は続ける。
「第四王女殿下は辺境伯殿の姪御様で御座いましたか」
ボルジャーは二人の間をもう一度視線を動かした後、何か腑に落ちない感じの表情をする。
それが何なのかカミネーロにはわからなかったが、こちらに対して特に悪い感情を持っている感じはないと言う事はわかった。
「いえ――それでは皆様を城へとご案内させて頂きます」
そう言ってボルジャーは用意していた馬車に乗り込んだ後、カミネーロの馬車が準備出来たことを見計らって出発した。
ボルジャーの乗る馬車を追う辺境伯一団は、周囲の様子見驚いていた。
城へと向かう石畳の道の脇には――大勢の住民が辺境伯達を歓迎していた。
大人も子供も老人も……様々な人々が一団に手や花を振りながら歓声を上げている。
「お父さん、あの人たちはなんなの?」
「一番手前のは宰相が乗る馬車で、その後ろに来てるのは陛下のお客様達だよ」
「そうなんだ! おーい! お客様~! いらっしゃい!」
このようなやり取りがそこら中で起こっており、あまりの歓迎に冒険者達は顔を見合わせどうして良いか困っている。
「なあ、俺達すげぇ歓迎されてるな」
「俺達が歓迎されてるっていうか辺境伯達が歓迎されてるんだけど、悪い気分ではないな」
沿道から歓声や手を振られ、段々気分の良くなってきた冒険者達は小さく手を振り返す者達も出てきたが、それを咎める人は誰も居なかった。
その様子に辺境伯の兵士達も戸惑いを見せるが、彼等は凱旋パレードなどに参加したこともある者達だったため、平静を保ちつつ整然と歩いている。
とは言え、流石にこんな状況下では気のゆるみも出てきてしまい、チラチラと目線を沿道に向ける者や笑みを浮かべるものが出て来ていたのは仕方のない事だろう。
そして、馬車の中では――王女がはしゃいで周りの者が止めるのに必死だった。
「ねぇねぇ、凄い歓声よ。私が手を振り返したらどうなるかしら?」
「お、お止め下さい。いくら友好の為に来たと言えども王族がみだりに手を振るなど――」
「それくらい良いじゃない。私達が友好的な存在ですよってこの国の民達に示せるチャンスじゃない」
「で、ですが――」
王女と侍女が揉めている様子に内心ため息をついた辺境伯だが、何かを考える様に目を閉じた後王女の行動を許した。
「良いではないか」
「叔父様!」
「へ、辺境伯様!?」
突然の辺境伯の許可に王女は喜び、侍女は驚きの声を上げた。
「流石に私も一緒には出来ないがな」
「ありがとう叔父様! 」
辺境伯の許可を得た王女は、馬車の窓にかけられているカーテンを開けて沿道の人達に笑顔で手を振り返した。
「「「うおおおおお」」」
「「「キャーーーー」」」
馬車の窓から手を振る煌びやかな服を着た女性に気が付いた人々は、悲鳴の様な歓声を上げつつ先程までよりも激しく大きく手を振る。
その反応に気を良くした王女は侍女に指示して反対側のカーテンも開けさせ、順番に両方の窓から沿道に手を振るのだった。
王女が手を振る様子に不満顔の侍女が辺境伯に問いかける。
「……姫がこんなことをしてよろしいのでしょうか」
侍女が辺境伯に問いかけるなど不敬な事ではあるが、彼女の場合普通の侍女とは立場が違うので辺境伯も普通に返答をする。
「構わん。それにお前達は気が付かないか?」
「?――何にでしょうか?」
「周りをよく見てみろ」
侍女は頭にはてなマークを浮かべながら、辺境伯に言われた通り外を眺める。
沿道には大勢の人がならび、中には屋根の上からこちらに手を振る不敬な者達も居て少し眉を顰める。
辺境伯が何を言いたいのかわからなかった侍女だが、いつまでも途切れることのない人々に気が付き、徐々に顔色を青くする。
「こ、これは――いえ、これが転移城なのですか」
「気が付いたようだな。この人々の人数だけでどれだけ我が国との差があるのかわからぬし、この国に入ってからの沿道にもあれだけの兵士達が居たのだぞ」
辺境伯の言葉に侍女はガクガクと首を振る。
(服装や顔つきを見る限りどの民も余裕がある。しかもこれほどの数の民が沿道に来ているにもかかわらず、統率の取れた様に大人しい民。この国がどれだけ素晴らしく――そして恐ろしいかこれを見ただけでもわかってしまうな)
辺境伯は、今まで見た兵士の数や沿道に居る人々の数を考えると、デルシア王国の総人口と同等か多いのではないかと考えたからだ。
辺境伯の領地は決して狭くなく、隣国との境目にある為領都もかなり規模が大きい。
しかし、いくら大きいとはいえ城塞都市という戦争が起これば最前線になる街は、住環境よりも軍を配備する事を重点的に考えられている。
そして、領都の人口はおおよそ一万に程度であり、辺境伯領の総人口でも二万に届かないのだ。
そのため、まともに戦闘で出来る者達は辺境伯の私兵と衛兵達位なのである。
私兵と衛兵を合わせても合計二百名超と言った数だ。
街道に居た兵士で既に数千名、そして沿道に居る住民たちは見て来ただけでもその倍以上で、この先にもまだまだ住民たちは居る。
その者達が一斉に襲い掛かってきた場合――彼らは抵抗という抵抗をするまでもなく……と言う事態になるのは確実である。
馬車に乗る王女以外の者達は、その事に気が付き苦悩するのだった。
ただ、現状この国はデルシア王国に今の所友好的であり、そんな心配は必要なかったりする。
まあ、偉い人たちは最悪の事態を想定するのが仕事であるのだから仕方のない事だろう。
「どうかいたしましたか叔父様?」
「いや、なんでもない。私に構うのではなく皆に手を振ってあげなさい」
辺境伯の対応に少し疑問を感じつつも、姫は歓声に引き寄せられるように窓の方へ手を振りだすのだった。
それに応えるように、沿道からは歓声が上がり続けるのだった。
馬車はそのまま二個目の壁を越え、最後の城壁の前にたどり着いたのは二時間後だった。
いくらこの城が大きいとは言えここまで遅かったのは、住民たちの歓迎が激しすぎたと言う事だ。
そして、この最後の城壁から先は中央ブロック――王城や貴族屋敷などがある重要区画になる。
この周辺は流石に住民たちもまばらになり、代わりに完全武装の兵士達が静かにたたずんでいる。
一人の兵士が先頭の馬車――宰相の乗る馬車に近づいて何か話した後、他の馬車へと伝言へと向かった。
宰相からの伝達事項は、ここから先へは主要人物と少数の護衛のみと言う事だ。
辺境伯は信用のおける部下数名を選んで同行させる。
ギルド職員の方も一パーティを同行させることで決まった様だ。
残される兵士達は、何処からか現れた温泉施設の女将たちが歓待をするとの事だ。
少数になった一団は最後の城壁を越え、王城のある区画を進んで行き――王城の入り口まで到着した。
広々としたエントランスには馬車が十数台止まってもゆとりがありそうなほど広く、その奥に見える豪奢な扉の前にはそうそうたるメンバーが待っていた。
そこに居たのは王以外の最高権力者と言って過言ではない者達で、大臣級はもとより将軍クラスの者達も勢ぞろいしている。
そして、その人たちが全員頭を下げ辺境伯達を待っている姿勢に、一同が驚くのは仕方のない事だろう。
「まずは皆様我が国へようこそお越し下さいました。まずは長旅でお疲れかと存じますので、応接エリアにご案内させて頂きます」
馬車を降りた宰相が辺境伯らを王城の中へ進むよう促す。
宰相の言葉に頷いた辺境伯らだが――内心王城の大きさに戸惑っていた。
ただし、ここに居るメンバーのほとんどは政治的な駆け引きも出来る者達なので、それを顔に出すことは無い。
まあ、随伴している冒険者達が「でっけぇな~」などと呟いてる位である。
それはさておき、宰相に案内された一同が城内に入り、応接エリアと呼ばれる所へと向かった。
城に入ったホールの横に存在しているその区画は、まさに接待する為だけの区画だ。
「皆様はこちらでお寛ぎください。私はこの後少々些事がございますので、何かございましたらこの者達にお伝えください」
「――ご厚意感謝いたします」
宰相が出て行った応接エリアの一室には、辺境伯ら一団と身の回りを世話する執事と侍女が数名待機している。
辺境伯と姫がソファーに腰を掛けた後他の者にも休むように伝え、皆思い思いに空いている席に腰を掛ける。
一息ついて安堵している一団だが誰も話をする者がおらずを静寂が部屋を包み込む。
しかし、誰もが室内にある様々な物に興味を持ちキョロキョロと辺りを見渡している。
その様子を見た年かさの侍女が一人歩み出て、辺境伯らへ話しかける。
「辺境伯様に王女殿下、並びにギルドの皆様。この度は遠路はるばるお越しいただき誠に感謝いたします。わたくしはメイド長をしておりますマーガレッタ=ボルジャーと申します。城に逗留される間話たく共が皆様のお世話をさせて頂きます」
「――世話になる」
「お世話になります」
辺境伯はメイド長の言葉に何か引っかかった様子だが、姫の方は特に気にした様子はない。
その様子を見つめるマーガレッタだが、今は辺境伯の事について何か言うつもりは無い。
「それではまず皆様に設備のご案内をさせて頂きます。まずこちらにございます物ですが、お好きなお飲み物を押していただければ、暫く致しますと取り出し口から自動でお飲み物が出て参ります」
マーガレッタはパーキングエリアなどで良くある紙コップ式の自動販売機のボタンを押して、皆に操作と飲み物の説明をする。
押したボタンはコーヒーで、軽快な音楽と共に内部でミルの音がした後しばらくして紙コップに入ったコーヒーが出て来た。
出て来た者を見せた後、一口飲んで危険は無い事を皆に見せている。
「「「!?」」」
「まあ、素晴らしいですわ」
流石に一同は驚きを隠せず顔に出てしまう。
弱冠一名普通に感心していたのが姫なので、誰も咎めることが出来ない様だ。
その後も、設備の説明を丁寧に行ったマーガレッタだったが、テーブルに押しボタンを置き「御用の際はこれをお押しください。それと――この部屋は完全防音になっておりますのでご安心ください」と言って皆で部屋から出て行った。
辺境伯やギルドの幹部達はこの異常な機械達をどうして良いか悩む。
冒険者達はそもそも好奇心が旺盛の為か、誰が飲み物を取りに行くか目で合図し合っている。
そして――最も問題が多い王女はと言うと……。
「――えっと、どう言う事かしら?」
マーガレッタの説明について行けず、かわいく首を傾げているのだった。