17.会談
冒険者達が後続の人たちを呼びに行き、戻ってきた冒険者たちにより村娘達は保護されて森の外へと向かっていった。
彼女らは口々にライマーやほかの兵にお礼を言っていたが、兵士たちは笑顔で彼女らを見送った。
中には兵士に抱き着くような者もいたが、彼らは軍務中であるためお互いそれ以上のことをすることはなかった。
しばらくした後、兵士の一団を連れた馬車が狭い間道を苦労して抜けて広場へと入ろうとしていた。
「全員整列! 捧げ――剣!」
ライマーの声に一斉に兵達は整列し、広場に入ってくる馬車に対して剣など各々が持つ武器を掲げた。
これは馬車に乗っている者たちが国賓級であるということも一つだが、これを支持したのは大臣であるケード国務大臣だった。
彼は俺が適当に出した支持を己で解釈し、最大級の敬意をもって彼らを迎えるために指示を出したのだ。
実際にはそれは示威行為になっているなど……本人は思いもよらなかっただろうけどね。
馬車の中から男性と女性――辺境伯と第四王女が兵士たちを見て顔をこわばらせていた。
正面に見える範囲ですら百名ほどいるはずなのだが、その奥にもちらちらと武器が見えている。
彼らの目から見える範囲でも数百の兵士がいることがわかるのだ。
「こ、これほどとは……」
転移城の脅威を聞き及んでいる辺境伯だが、目の前の光景は噂以上の脅威だ。
目の前にいる兵士たちは全てライマー殿と同等の装備。
かの国はそれほどの大国ということで間違いないのだろう。
「――叔父様すごい歓迎ですね」
第四王女は震える声を何とか抑えながら話しかけている。
やはりこの子もこの異常さには気が付いているのだな。
しかし、これほどの兵力がありながら使者を出してくるということは……
辺境伯の脳裏に様々なことが浮かび上がる。
自分たちを招いたのは何らかの失態をさせるためで、それを口実に戦端を開こうとしているのではないか?
もしくは、招いておきながらこちらに侵略してきたと難癖をつけるためではないか?
など、悪い方向へと思考が向いてしまっている。
(――しかし、彼らからは一切の悪意などが感じられない。本当に我々を歓迎しているというのか? いや、そんなことはありえないだろう。であれば、姪や領民にどうにか被害が出ないようにしなければ)
辺境伯は長く宮廷などで貴族の策略などにさらされており、敵意や悪意に鋭敏な感覚を持っていた。
それは王位継承権を持っている第四王女も同様で――というより、実は第四王女のほうがそのあたりは敏感だったりする。
辺境伯は王女の震えていた声を自分と同じ怯えと考えていたようだが、第四王女は物凄く感激していたのだ。
(まさか、これほどの歓待を受けるとは思いもよらなかったわ。ライマー殿達のあの姿――今ならおじさまの兵士たちでも倒せそうなほど無防備に構えてるわ。これほどまでの兵たちにこれほど尊敬される王であればお母さまを……)
二人は顔見合わせるが、二人の顔と考えている内容は全く逆だったのだ。
ライマーが兵士から離れ馬車の近くにいる兵士たちと話し合った後、一団は城へと向かって進みだしたのだった。
馬車はガタゴトと未舗装の道を進む。
辺境伯は顔には出さなかったが、今の自分たちの現状と今後のことを考えるのに一杯になっていた。
辺境伯ことパトリック=カミネーロは優秀な治世者だ。
彼は彼自身が善人とは考えておらず、民の税で暮らしていることを理解している。
しかしそれは、有事の際に民を守るということもしっかりと理解していた。
盗賊たちに襲撃された村なのどの保障、攫われたと思われる娘たちの救出をギルドに依頼したのは彼だ。
普通の盗賊団であれば彼は自領の兵を使い討伐し、今回のような危険な森にいる盗賊団であればギルドに依頼する。
本来このようなことをギルドに依頼する領主というのは極僅かで、普通の領主であれば自分に被害がなければ兵士を動かしたりすることすらない。
そもそも、ギルドに依頼するということは自領の兵士では討伐困難ということを示しており、そのようなことを恥と考える貴族たちはそもそもこういったことをすることすらない。
そこが彼とその他大勢の貴族との違いなのだが、彼はそれでも自分が善人とは思っていない。
なぜなら、ここは帝国と隣接する王国の重要な地であり、そこを任されている自分はいざとなったら領民を徴兵し戦に出ろと命令しなければならないかだ。
そのような立場であるがために、彼は領民に負い目があると認識しているからだ。
とはいえ、そこで暮らしている領民からしたら彼はほかの大勢の貴族とは違い、自分たちのことを考え守ってくれる領主という認識で、実はかなりの人気があるのだが――本人はそのことを全く知らないのだった。
馬車を守る兵士たち。
彼らは辺境伯の私兵で領兵ではない。
そんな彼らの目には先頭を歩くライマー達に対して恐れや恐怖はあっても、どんなことがあっても辺境伯を守るという気概をもっていた。
彼ら私兵は辺境伯に直接登用されており、領地外での行軍の際には常時辺境伯の守りを固めている。
数にして百名ほどしかいない彼らだが、その実力はその辺の領兵や国軍兵士に達とはレベルが違う。
他の兵士などとは違う過酷な訓練をこなし、領兵達では対処できない魔物や貴族の策略などを打ち破った猛者たちだ。
彼らは辺境伯のためなら命を惜しまない。
なぜなら彼らは天災や盗賊などに襲われた村の生き残りで、それを保護して暮らしてけるようにしてくれた恩があるからだ。
そしてそんな彼らもライマー達に警戒をしていたのだが、どうやら本当に歓待してくれていると考えている。
魔導兵達は戦闘を歩く部隊の他に森の中を歩く少数部隊がおり、木々の隙間から時折見える彼らが本気で護衛しているのが見て取れたからだ。
とは言え彼らの実際の力量が読めないため私兵たちも周囲への警戒を怠らない。
それもすべては恩人である辺境伯の為なのだから。
一団がしばらく新たに出来上がった街道を進むと、目の前に巨大なトンネルが現れた。
通常トンネルと言えば真っ暗で先が見えない物ばかりなのだが、このトンネルは一定間隔で灯が付けられている。
それは光石と呼ばれるアイテムなのだが、本人からしたら何気なく大量にある死蔵アイテムを有効活用しようとしただけだったのだが――この世界の住人たちからしたら規格外の事だったらしい。
「こんな所にトンネルだと! しかも……光石で灯をともしているのか!」
「ヒュー。どんだけ豪勢なんだよ。これ一つでも銀貨十枚くらいになるんじゃないか」
「ああ、最低銀貨十枚はするだろうな。それを……こんなに使うとは」
冒険者達が少し騒いでいるのを横目で確認したライマーだが、特に問題視するような事ではなかったので気にせず歩み続ける。
冒険者達からしたらトンネルなどどうでも良いのだろうが、辺境伯達やギルドの職員たちは度肝を抜かれていた。
「――こんな所にトンネルなど聞いた事が無いぞ」
「そうなのですか? てっきり元々使用されていた洞窟を拡張したのかと思ってました」
「洞窟を拡張したにしてもだ。これほど急ピッチに拡張作業など常人では出来ないはずだ」
あまり市井の事に詳しくない王女であったが、辺境伯はこの事一つをとっても転移城の恐ろしさが分かってしまった。
(流石に王宮からほとんど出る事が無く、出たとしてもどこかの屋敷にしか行かないこの子ではわからないか。しかしこれは――)
この重大さに気が付かない姪に少し危機感を覚えつつも、これはこれで良いのではと思う辺境伯だった。
彼女が王国から与えられた役目を考えると、そちらの方が都合がいいと考えたのだ。
(まあ、叔父としては色々思う所はあるが、それを彼女が承諾している以上私にできることは……)
自分の辺境伯としての役割、叔父として家族を大切にする心。
その二つがせめぎ合いながらも、結果として彼は……何を優先するのだろうか。
景色が岩肌ばかり映す窓を眺めつつ、二人は今後の事を考えるのだった。
暫く考え事をしていた彼らだが、何処からかどよめきの様な物が聞こえてきて意識をそちらへ向ける。
「一体何が――ふむ、トンネルを抜けるのか」
何が起こったのか確認しようとするが、外が明るくなっていくのを感じてトンネルを抜けたせいかと考え、再び考え事をしようとした辺境伯の目にあり得ないモノが映し出された。
「っな!? こ、これは!」
「叔父様? どうかされまし――え?」
窓の外を見る二人の目に映ったモノは、街道の両側に居並ぶ無数の兵士達だった。
車窓から見える範囲全てに兵士達が居並び、全ての兵士がこちらへ向けて武器を掲げている。
どこからともなく鷹のような甲高い鳴き声にして視線を向けると、グリフォンが街道から少し離れた場所を跳んでいる。
「叔父様見てください。グリフォンライダーがあんなに居ます!」
「あ、ああ」
彼女の問いに戸惑いを隠せず、いつもではしない気の抜けた様な返答をしてしまっていた。
その様子に首を傾げる王女。
これだけの歓迎をしてくれているのにどうしたのだろうかと考えているが、ハッとして己の役目を果たそうとする。
彼女は第四とは言え王女であるのだ。
そのような立場であればパレードに参加を強要させられることも多々あった。
そして、今の現状をその時と同じではないかと考えた為、彼女は窓の外に向かい笑顔を振りまきながら手を振った。
彼女の行動に辺境伯のみならず、同乗していながらも影の様に何も行わなかった者達までもが驚きを隠せなかった。
辺境伯は驚きはしたものの、彼女の立場や今後の事を考え何も言うことは無かった。
他の同乗している者達は王女の侍女だったが、姫である彼女が他国の――それも兵士に対してこのような事をする事が理解できなかったのだ。
彼女らは困惑した視線を辺境伯に向けるが、彼が小さく頷き王女の行動を認めているとわかり何も言わなかった。
そして、王女達が乗る馬車は大勢の兵士達に見送られる中、特に何も問題が起こることなく城が見えるほど近くまでたどり着いた。
「あれが転移城……」
表情などは崩さないようにしながらも、そうつぶやく王女の声は様々な想いが混じり合っている。
その言葉に複雑な表情をした辺境伯だが、直ぐに元の表情に戻して城へと視線を向ける。
城壁に囲まれ全体族は良く分からなくなっているが、彼はこの城をみてを思ったより小さいなと内心つぶやく。
彼が領主をしている領都の街はこの城の数倍の城塞都市であり、彼の考えはある意味間違いではないのだ。
転移城を外から見た場合どの城も直径一キロしかない。
これはゲームのシステム上マップに城が大量に並んだときの処理が大変だからということがが関係しているからであり、本来の姿は直径十キロの巨大な城壁を持つ城だ。
それを現実世界でも同様に処理がされているせいで、外見上侮られる結果になっていた。
そして一団はそのまま魔導兵たちに守られながら街道まで進み、城壁前の広場へと入って行く。
ここは焔蜥蜴と始めて会った広場で、このエリアに入ると突如城が本来の姿を認識させてくる。
「え? あれ? これってどういうことなのです?」
「――これが噂の転移城の真実というわけか」
今度は姫が戸惑いを見せ、辺境伯は苦笑いを浮かべながら城を見つめている。
辺境伯は転移城の情報を独自ルートで集めており、外見と実際のサイズが違うことを理解していた。
「噂は本当だったな。遠距離からの狙撃はことごとく外れ、近づけば巨大化する城など何かの間違いかと思っていたが」
「叔父様はご存知だったのですか?」
「ああ。この辺りは転移城の脅威にさらされていないが、大陸中央部や北部ではかなりの被害が合ったらしいからな」
彼は他国との係争地を預かる辺境伯という立場もあり、その辺りの情報収集を欠かすことは無かったのだ。
他の転移城の情報でどこもかなり独特な王が納めていることを知って心配はあるが、ここまでの道中で色々考えた結果――ここの王と交流を持つのは間違いではないと確信していた。
車窓からずっと整然と居並ぶ兵士たちを眺め、彼らの目は自信と強さを感じさせる。
兵士をぞんざいに扱うような国ではこのような兵は育たないことを知っているし、皆があの実直そうなライマーのような雰囲気を漂わせている。
そして馬車が城門まですすみこちらを見つめる者を見て、それを確信に変えたのだった。
ただ、王女が自分の使命を忘れそうなほどワクワクしているのが、少し心配な辺境伯でもあった。