クリスマスイブに女子高生に告白されて刺される話
クリスマスイブの日、私は自宅のアパートにて、Twitterでひたすら彼女がいそうなリア充アカウントに、誹謗中傷を送りまくっていた。そんな時に、宅配なんて頼んでもいないのに、玄関からチャイムの音が鳴り出す。
不審に思いながらと扉を開けると、目の前には黒いセーラ服を着た女子高生が佇んでいて、私に言ってきた。
「私、あなたのことが好きです。付き合ってください。」
と言う彼女の右手には、包丁が握り絞められていた。
これは一体どうしたことだ。私は気がつくと知らない女に、腹を刺されていた。
クリスマスとは、12月25日にキリストが生まれてきたことを祝う祝日である。
そしての前日である24日をクリスマスイブという。
そんなクリスマスイブの日のことである。大学3回生の俺はイブだと言うのに相変わらずコンビニバイトをしていた。なぜかって、そりゃあ彼女がいねえからだよ畜生。彼女がいたらこんな日に惨めにコンビニバイトなんてするわけがない。彼女がいれば、コンビニの前でサンタのコスプレをして客引きをする必要もない。これは何事か。責任者に問いただす必要がある。店長はどこか。
ああ、思い出した。バイトの女子をたぶらかして遊ぶって言うので休みなんだった。
私は凍えるコンビニの前で沈黙した。硬直した。
通りすがるカップルが「えー、何あれ可哀想」「そうだね、でも僕たちはこんなに愛し合ってる」「きゃあ」などと喚き散らす。
「くそったれがああああ!!!」
私はあまりの惨めさからブチ切れ、持っていたパネルをそのまま地面に叩きつけた。軽い音が、クリスマスソングを遮り鳴り響く。
「やってられっかこんな仕事!死ね!!」
私は付けていた帽子と髭を思いっきり外すと地面に叩き落として、ゲシゲシと念入りに踏みつける。こんなもん壊れてしまえと。
それからして、私は地団駄を踏みながら、堂々とコンビニの中に戻った。私はひたすらリア充の抹消を願う呪詛の言葉を呟いているからだろうか、同僚のA子が怖がりながらも聞いてきた。「あの、先輩、どうかしたんですか?」怖がっていながらも、心配をしてくる優しい子だ。しかし私はそんなことなどどうでもよかった。とにかく私は誰かにこの怒りをぶつけたくなり、そんな彼女に当たり散らすように叫ぶのである。
「俺は帰る!!こんなくそみてえな仕事誰がやるかよ!!!!」
彼女は悲鳴を上げた。私はそんなことを無視し、事務所に戻り、堂々とタイムカードを挿入。着ていたサンタ服を適当にたたみ、私服に着替えり、速攻でコンビニから出た。
サンタ服を手に握りしめると、コンビニの前にあるゴミ箱に投げつけるように入れ、それから思いっきりゴミ箱を蹴った。
足の指先に激痛が走って、私は慟哭をあげた。
足が、足の指先が痛い。私はひたすら足の指先を摩りながら、Twitterの画面をスライドさせていた。何故Twitterなどやるのか。それはTwitterには私のような陰キャで非リアのクリぼっちどもがいるからである。そう、我ら同胞と、汚ねえ傷の舐め合いをするのだ。
ひたすらに私はリア充を呪う言葉を呟きまくった。それから同胞の嘆きをRTしまくる。
ああ、ああ、世界には私のような物が沢山いる。むしろ彼女とかがいるような奴らがおかしいのだ。そう思いことで、私の怒りが柔らいで行くような気がしていた。けれどそれはすぐさまに硬直することとなる。
『クリスマスイブなのにTwitterやってるとかマジ? 俺は彼女とこれからホテル笑笑。陰キャ君たちは一人でセンズリこいてな笑笑』
こんなツイートが流れてきた。夜のイルミネーションの写真とともに、それを眺める女性の後ろ姿を捉えた写真。
私はこの写真を見て、あることを決めた。
そうだ。リア充へ誹謗中傷の言葉を送りまくろう。
いま思い返すだけでわかる。私はアホであると。この世に生まれてた人間の中でも卓越しらアホであると。
クリスマスイブ、即ちそれはキリストが生まれてきたことを祝うクリスマスの前夜のこと。それだというのにこの国のリア充どもは、ヤることを許された日だと思い込んでやがる。そりゃあ、大切な人たちと過ごす日ではあるがヤことはないだろう。街を歩けばどこもかしこもカップルだらけ、腕なんて組みやがる。ベンチに座れば、男が女の肩を組もうとするんだもの。俺もやってみようかと思って真似てみたが、組む相手がおらん。腕を組む相手もおらん。おててを繋ぐ相手がいない。俺には彼女がいない。これは一体全体何事か?
私にも彼女がいれば、誰かに誹謗中傷の言葉を送りつけることもなかった。
これは環境が生んだ悲しい末路なのだ。決して誰も悪くない。ただ、リア充というものが存在してしまった悲しいことことなのである。
私はいったいどれだけの相手に誹謗中傷の文章を送っただろうか。もうわからない。でもきっと明日には私のアカウントはバンを食らっていることだろう。私は疲れ果てて、椅子に深く座り込んだ。それから死にたくなって、泣いた。
俺の21年はいったいなんだったんだろうか。
ピンポーン。チャイムの音が鳴った。続いて扉を丁寧に3回叩く音が聞こえてくる。
こんな時間に一体何のようだろう。私はいろんな考えを巡らせながら立ち上がって、玄関へと歩いた。こんな日に宅配なんて頼んだっけな、だとか何か緊急のようでもあるのだろうか。だとか友達でも来たのだろうか。だとかいろんなことを考えていた。
ああそうだ。俺、友達いねえや。じゃあ一体誰が来たんだ。
私は扉の前に立つと、覗き穴から訪問者を伺った。薄暗くて見えないが、訪問者は女だった。短い髪をしていて、だいぶ若い。
デリヘルか? しかし私は頼んでいない。何故なら私は自慢じゃないが童貞である。
デリヘルなどと言うものは頼んだりしない。
それじゃあ部屋を間違えて来たとか?
とにかく本人から聞いてみるしかない。私はチェーンロックを外し、ロックを外すと扉を開けた。
扉を開けると、目の前にいたのは女子高生だった。断言はできないけれど、黒いセーラ服を着ていたから、そうではないかと思われる。そういうコスプレなのかと考えたりもしたが、来ている制服が、バイト仲間のA子が来ているものと酷似していた。だから私は彼女を女子高生だと言う風に考えた。
「あの、なにかようですか」
彼女は何も言わず、その場で佇んでいた。
私は再度声をかけて応答を試みる。
「もしもし……?」
しかし、反応はない。なんなんだこいつ、そう不気味に思った矢先、彼女が動いた。
どうどうと私を押しのけて、外から玄関の仕切りを跨いで、侵入して来たのである。私はなんなんだと抵抗をしてみるも、不気味さと勢いで尻込みをしてしまい、侵入を許してしまった。
それからして私は後退りをすると、彼女に警戒の目を向けた。なんなんだこれは。
彼女の見た目はおかっぱ頭に黒いセーラ服。そして短いスカートを履いていた。
それから左手に焦げ茶色の小さな鞄を握りしめていた。
彼女が私の顔をじっと捉えると、唐突的に言い始めた。
「私、あなたのことが好きです。付き合ってください。」
何を言ってやがるこの女。ただそう、私は思うしか出来なかった。突然告白をされた。しかも見たこともあったこともない、見知らぬ女の子にだ。
私は困惑して、わけが分からなくて、どうすることもできず、立ちすくんだ。
彼女を私はぼんやりと、震えながら眺める。するとだ。私は彼女の右手に目が入った。
彼女の右手には包丁が握りしめられていて、私へと向けていた。
「え」
そう私が声を漏らすと彼女は、一歩前へと足を踏み出し、包丁を私の腹に刺した。
体からサーッと力が抜けていって、私はふらふらと背中を壁にぶつけた。
私は恐る恐る腹部に視線を移す。
腹にはありもしないはずのものが刺さっていた。刺さっていて、しかもじわじわと服に血が滲んでいく。それを見た瞬間、私は腹がすさまじく熱く感じた。
痛いと言うよりも、焼けるように痛い。痛い。痛い。どうして痛いんだ? そうか。刺されたんだ。誰に? 女だ。知らない女に。どうして刺された? わからない。わからないぞ。どうして私が刺されなきゃならんのだ。
私は立ち尽くす女を眺めた。彼女は嬉しそうに微笑んでいる。そして近づいて来てしゃがみ込みこむと、私の顔を覗き込みながら言った。
「痛い? 痛かったですか?」
そう彼女が訪ねてくる。頭おかしいんじゃないのかこいつ。
いろいろ聞きたいこともあったし、それよりも逃げたいと思った。しかし私は声を上げることすら、体を動かすことすら出来なかった。
ただただ痛みと熱に耐えるだけ。溢れ出た血が私の太ももに流れていく。その血は熱かった。
彼女が愛おしそうに私を見つめてくる。愛おしそうに私の頬を撫でてる。その手には私の返り血がついていた。そしてその手が私の腹に刺さった包丁に伸びていく。
「すき」
彼女が言いながら包丁を握りしめる。
「好きなの」
包丁が引っこ抜かれていく。
「苦しむあなたの顔が好きなんです」
腹から包丁が抜き出されてしまった。包丁の刃には私の鮮血がベッタリとついていた。それから穴ができたことにより、決壊したダムのようにどくどくと血が溢れ出てくる。私の尻が、私の血で濡れていく。
「すき」
彼女が私をもう一度刺した。
「私は貴方をずっと見ていた」
また私は刺される。
「ずっと会いたかった」
刺される。
「でも今日やっと会えた」
刺される。
「貴方を愛しています。
何度も何度も私は刺される。どうして、どうしてこうなった。刺される。ただ刺される。私の喉奥から血が溢れ出ていく。そしてむせた私は咳き込むように吐血をする。
それを見た目彼女は手を止めて、うっとりとしたような、恍惚とした顔をするのだ。
そして私は頭のおかしい女にファーストキスを奪われた。
冗談じゃねえ。こんな初めてのキスがあってたまるか。
口付けは終わり、私の唇から彼女の唇が離れていく。その間、赤い血の糸が引いていった。
そして口元を血で染めた彼女は言う。
「貴方の血の味、とても美味しいです」
ここで私の意識は途絶えた。
女の子に愛されながら刺されたい人生。