2話 なんで異世界に氣志團がいるんだよと聞かれても、なぜかいるとしか言えないし……ホントになんで異世界にもいるんだろうね氣志團
「うおおおお!ストロート!ストロート!1つ飛んでストロート!」
僕は何度も詠唱するけど、風もきみまろも出てこない。
ストロートは風で物を浮かす呪文。空気は世に溢れている上に軽いので、初めて詠唱できるのが風の呪文という人は珍しくないらしい。
多分ここの公園の周囲を見渡しても、ストロートを使えない人はいないぐらいだと思う。あ、親子連れがきた。ベビーカーの子はストロート使えないかも。
「お疲れー」
「あ、ロロちゃん」
ペットボトルのお茶を持ってロロちゃんがやってきた。
ロロちゃんはこの星で一番付き合いが長いけれど、謎の多い人物だ。
見た目は僕の5歳近く下に見えるのに、実年齢は僕より5歳ぐらい上らしい。その理由についてはロロちゃんも「ちゃんちゃんこでちゃんこにこんにちはしちゃって……」とはぐらかすばかりだ。
あとなんか呪文詠唱凄くできるのにあんまやりたがらない。
「詠唱難しいなぁ。海外に行って道案内された気分だよ」
僕は感謝してお茶を受け取った。疲れた体に飲み物がおいしい。
「ハローミスターレイギ!モヨリノエキハドコエイゴ?」
「アワワ、アイムファインセンキュー、アンジュー?」
「ワタシロロ。ファインジャナイ」
「ってぐらい難しいんだよー」
「んー、どこで詰まってるとか分かる?」
「うーん。分かんない。うおおおお!」
僕は吠えるけど何も起きない。
「……にしても、どしたの急に?」
「うおおおおお、ストロート!ん?」
ロロちゃんが僕をじっと見上げていた。
「詠唱張り切っちゃって、何かあった?」
「別にいるもんじゃないんだけどさ、」
僕は空を見上げた。ギチムさんのもやもやしている顔を思い出す。
「……できたら、みんな喜んでくれそうだなって」
「……ふふ」
ロロちゃんは微笑んだ。
「きっと喜ぶよ、イトちゃんも、ギッチー君も、1つ翔んで氣志團のボーカルも」
「うん!」
「よし、やる気なら私も脱皮しましょう。テン・ヴィナレッジ」
ロロちゃんは何やら僕に詠唱した。
「わーい?ありがと?」
「じゃあ見ててね……」
ロロちゃんはポケットからハンカチを取り出して、手を離した。
「ストロート」
「ん……え!?」
ロロちゃんの詠唱でハンカチは落ちずにふわふわと浮くんだけど、
「何か線が!細いの!し、白いやつ!」
「それがヴィナレッジで見えるようになった、呪力の流れよ」
「呪力?」
「呪文の力みたいなやつ」
「ほへー。なんとなく分かった」
「私はこれを見せるぐらいしか思いつかないけど、なんか掴めそう?」
「なんか……白い線が思ったよりしなやか。くだと思ったらかっこみたい!」
「いいね、結構ギザギザしてると感じたのも失敗の賜物かもよ」
「鳩の巣原理だね。やっぱり鳩の巣原理じゃないや!」
「……さ、とりあえず私にできるのはこんぐらいかな」
ロロちゃんは指で僕の胸をトンと叩いた。
「まだまだ頑張れ、若者よ」
「頑張る0歳1ヶ月!」
「ナイス!」
ロロちゃんはそれだけ言うと、後ろ手をヒラヒラさせながら公園を去っていった。
「ありがとう、ロロちゃん。僕、少しだけ分かった気がする……」
1人になった僕は、こっそりと呟いた。
「ごり押しが僕には合ってるんじゃないかな!うおおおお!ストロート!」
何も起きない。道は長そうだ。
「なんだーレーギ」
「ただの傍観者な俺に、わざわざ見せたいものっていうのは?」
僕らのギルド、コンツェルトの3人を公園に呼び出した。
「いくよっ!」
僕は、ポケットティッシュを取り出し、1枚引き出した。
そしてつまんだティッシュから、指を離す。
「……ストロートぉ!」
波打つ針金を、真っ直ぐに引っ張るように力を込める。
くをかっこにするように。
「…………やったじゃん、かっこいいね」
そう、ロロちゃんが呟いた気がした。
ティッシュはまるで、下からそよ風に吹きかけられているように、へにょへにょと漂っている。
「やっ…………」
浮遊の呪文の詠唱に、成功した。
「たああああああああ!」
僕は思わず叫んだ。
「おおお!」
イトナキさんは拍手した。
「やったじゃんレーギ!詠唱できたじゃん」
「あー!ありがとイトナキさん、緊張したぁ……」
僕はその場にへたりこんだ。
「…………へぇ、」
ギチムさんは絞り出すように呟いた。それを見てイトナキさんが少し吹き出す。
「……使うか、ティッシュ?」
「笑う、なっ」
ギチムさんはティッシュを受け取ると目に当てた。
「だって……レーギが、詠唱、頑張ったんだなって、やっと、出来たんだなって……ぐっ」
ギチムさんはこらえるようにすすり泣いた。
「おめでとう」
ロロちゃんは僕に近づくと、そっと僕の耳に顔を寄せた。
「ハローミスターレイギ。モヨリノエキハドコエイゴ?」
「ポストムカッテ、ミギニマガッテ、コンビニメジルシ、スグエイゴ」
「イェイ」
「いぇい」
できないことはできないって割り切ることも悪くないけど、新しいことも僕らしくしたい。
「いいなぁ、こういうの……」
僕はこっそり呟いた。
「うらぁ!ストラファイム!」
ケンドが咆哮し、緑髪のオーナメントに四方から炎を襲いかかる。
炎が煙を作り、視界が曇るが、
「ラベルデルバアアアアアア!」
緑髪のオーナメントは強く叫んだ。肌は少し焼け焦げているが、大した傷には見えない。
「ハァハァ……チッ、くそっ!効いてない!」
ケンドは舌打ちした。
(おいおい、ケンドはうちの火力の要だぞ……!)
尚もピンピンしている緑髪のオーナメントを見て、ウガは冷や汗をかく。
「ケンド、これは無理そう」
カレンの難色に、ウガも内心で頷いた。
「……誰が腰抜けケンドだーっ!」
「誰も言ってないからな!」
ウガが思わず割って入る。
「いやーだいやだ!俺は逃げない!運命からも、第九からも!」
「ケンド!気持ちは分かるが、俺達も疲れてきてる。ここは一旦退いて立て直しを……」
「んなことやってられるか!要は相手が硬いから尻尾巻いて逃げろってことだろ、なら!」
ケンドは緑髪のオーナメントを睨み付けた。
「だったら火力を上げてやるよ!」
「ど、どうやって……」
「馬鹿!簡単だろうが。詠唱をもっと重ねればいいんだ」
「だからそれをどうやって!」
「なんか頑張る!」
「カレン、俺達だけでここから逃げないか?」
「え、駆け落ち……?」
カレンがウガを見つめる。
「えっ!?」
「お前カレンのこと好きだったのか!」
「ちちち、違う!べべべ別に、カカカッカレンのことなんて、すっ、すすすすす好きとかじゃないし、その、えっと、すすっ、好きとかじゃないし、そんなことより、は、早く逃げるぞ」
「……好きじゃないの?」
「ひゃいっ!?む、蒸し返すなっ。そそそりゃ、こここ、恋人としてはそりゃ、だだだだって……」
「………………ふぅん」
カレンがなぜかふてくされた。
「私は残る」
「いやいやいやいや」
「うるせー!俺がここでどでかいの決めれば逃げなくてすむだろうがぁぁぁぁぁぁ!」
ケンドが力を込める。
「レベレデンデデエエエエ!」
緑髪のオーナメントが突進してくる。
「ストラモン・ファウロサイム!!!!!」
……
……
……
「なぜ失敗したぁぁぁぁぁぁあ!」
「だろうな!」
「ラドナドドドロオオオオオ!」
「うわあああああ!」
「ぐっ!バティストロート!!」
ウガは慌てて、ケンドを空気で手前に吹き飛ばす。
「うわあっ!?」
「しまった!強すぎた!」
ウガの目下に下ろそうとしたケンドはウガの頭上をびゅんと越えて吹っ飛んでいく。
(またやってしまった……駄目なのか……俺達は……)
ケンドは地面に思いきり叩きつけられ、勢いのままずざざざと後ろにひきずられる。
「すまない!」
ウガがケンドの方に向かいながら失敗のふがいなさに拳を握りしめていると、
「わぁっ!バティストロートだ!」
戦地に呑気な声が1つ。
「あれあると便利だよなー。ロロは使いたがらねぇし」
「なっ……」
ウガが声の方を見やると、
「おっ、あの時のお兄さん!久しぶりー」
「なんだ、あの時吹っ飛んでたのは防御だったのか」
コンツェルトの2人が、てくてくとやってきた。