第九章「音楽を奏でる」
第九章「音楽を奏でる」
聖女――ヴェドラナの指揮で帝国軍が撤退していく中、わたしはわたしが「召喚」されたスラヴィオーレ城の王の間に戻ってきていた。
(ノギク、お城の下に『何か』がある)
糸を通してヴェドラナから伝わってきた情報・光景の一つ。
世界の地下にある「存在」について。
帝国の居城――ユーステティア城の地下の「ソレ」に向かって降りていく映像をヴェドラナから受け取ったのだけど。
わたしは「観察」が得意だから、最初にスラヴィオーレのお城に「召喚」された時にも周囲をよく観察していた。
たぶんだけど、スラヴィオーレのお城からも、「ソレ」に向かっては降りて行けるわ。
どういうこと? 帝国も、スラヴィオーレも、地下で繋がっている?
色々と、確かめていかないとね。
王様にも、騎士たちにも、わたしとミティアくんは聖女と交戦して戻って来たように見えていた。
そんなわたしが、やおら王の間の魔法陣の前に立ったので、みんな戸惑っているようだった。
「今から、やっぱり『究極の魔法』をお見せしますね」
ごめんなさい。これは嘘です。王様たちにはまだそう思ってもらっていた方が色々上手くいきそうだから、ちょっとだけ許してね。
「ひらけ、ゴマ!」
現実世界で有名な呪文をわたしが唱えると、魔法陣が光り出した。
ここまでは、ヴェドラナが糸で伝えてくれた通りだった。
でも、「ひらけ、ゴマ!」……て?
『千夜一夜物語』、いわゆる「アラビアンナイト」の『アリババと40人の盗賊』に出てくる有名な呪文だわ。
京都の件とイイ、この世界は、やっぱり何か現実世界と関係がある?
魔法陣は一度大きく輝くと、徐々に光が収束していって、光がなくなると、それまで魔法陣があった部分が大きな穴になっていた。
大穴の中心には螺旋階段が設置されていて、地下深く、深くへと繋がっていた。
わたし、ミティアくん、王様の三人で、螺旋階段を降りていく。
地下深く降りていく途中、ミティアくんのブローチの魔法石が輝き始めた。
呼応するように、螺旋階段の周囲の壁も輝きだす。
「なんだ?」
「たぶん。周囲の壁が。ううん。国の地下全部が、魔法石なんだわ」
これが、ヴェドラナが言っていた「何か」だとすると、わたしはこの正体に心当たりがあった。
地下の一番奥底に辿り着くと、一台の美しいピアノが置いてあった。
周囲は、淡い光を放ち続ける魔法石の「かたまり」に囲まれている。
いいえ。ここだけじゃないわね。このスラヴィオーレ。ううん。リュヴドレニヤ全体の地下がこの魔法石の「かたまり」で埋めつくされているんだわ。
「これは、サーバーだわ」
サーバーというのは、簡単にいえばネットワークで繋がったコンピュータのかたまりね。
何らかのサービスを提供するために、計算したり、記憶したり、そして創造したりしてくれるかたまり。
となると、入力装置はあれね。
わたしはピアノの鍵盤に向かい合って椅子に座った。
わたし、ピアノなんて弾いたこともないのに?
でも、弾ける気がしてしまう。どうして?
やがて、指をそっと鍵盤に乗せると。
わたしの心の中の最高のイメージで、わたしは指を動かして、ピアノを弾き始めた。
音楽が響き始める。世界に響き始める。
音楽に乗せてわたしが花を思えば、世界に花が咲いた。
わたしが星を思えば、世界に星が輝いた。
この魔法石のサーバーとピアノの入力装置は、わたしがいた現実世界でまだ存在していないもの。そしていつかの未来、発明されるだろうとわたしが予想していたものだ。
それがもう、この世界には存在している。どうして?
あらゆる心の制限を外して、自由に指を動かし続ける。音楽を奏で続ける。
次々とわたしの思考が現実化されていくのが気持ち良くて、体の芯がじんわりと熱くなっていく。今なら、この世界をわたしで埋めれそう。
やがて、厳粛な音楽と共にスラヴィオーレの上空に、灰色の存在が翼を広げて舞い降りてくる。
たくさんの、機械竜だ。
報告を受けた王様は最初、慌てふためいたけど。
「ご安心を。舞い降りた竜たちは、わたしが『究極の魔法』で呼んだ味方です」
わたしが伝えると、帝国軍に対して劣勢だったところに、心強い戦力が召喚されたと歓喜したわ。
なるほど、上空から沢山の機械の竜を投入する。これって。
「わたしの防災計画、百一回目のシミュレーションの通りだわ」
/第九章「音楽を奏でる」・完
第十章へ続く




