第三章「運命の赤い糸」
第三章「運命の赤い糸」
「糸、一回オフにするね」
と、わたしは切り出した。
この自分が自分ではないような感じ。
わたしは、実はわたしじゃなくてミティアくんだったんじゃ? って思っちゃう感じ。
前に能力を使っていた時にもあった。
たぶんこれは、危険なことなんだわ。
能力は、休み休み使っていかないと。
「良かった。その糸で繋がってると、自分の気持ちが俺のものなのかノギクのものなのか曖昧になってきて、困ってたところなんだ」
ミティアくんが胸を撫でおろした。糸による「繋がり」がオフになったのが、ミティアくんにも分かったらしい。
二人で改めて空を見上げると、相変わらず沢山の黒い点が飛んでいて、街に向かって「球」を落としている。
(全ての「球」からモンスターが出てくるのだとしたら、街は壊滅してしまうわ)
何か対処法をと頭を高速で働かせてしばらく、目も慣れてきて、わたしはある事実に気がついた。
黒い点には翼があって、長い首をもたげている。その正体は――。
「竜!」
ウェアウルフやトロールがいたのだからもう驚かないけれど、私がいた現実では代表的な空想の産物。沢山の神話や物語で語り継がれてきた強い幻想の生物だった。
そんなドラゴンたちの一匹に、黒ではなく、黄金の体をもつ一体がいた。
黄金の竜を目でとらえると、ミティアくんの表情が変わった。
「聖女。黄金の竜には聖女が乗っている。このままでは、スラヴィオーレは壊滅する」
「聖女?」
「二日前の帝国との二回目の大きな戦いの時に、帝国軍に突如として現れたんだ。スラヴィオーレ軍の大部分は彼女一人にやられてしまった」
一騎当千というやつだろうか。合わせて、ミティアくんの国――スラヴィオーレは帝国と戦っていて、この空襲は帝国が仕掛けているのだと情報を整理する。
「聖女は、『究極の魔法』の一つを使う」
「究極の魔法」。わたしが使えるだろうと期待されて召喚されたやつだ。
「治癒の魔法だ。聖女はスラヴィオーレ軍を一人で壊滅させたあと、星の光を降らせて、帝国軍とスラヴィオーレ軍、戦場にいた両軍の傷ついた兵士全員の傷を癒した」
「ええっ?」
「究極の魔法」がすごいのはもちろんだけど、それって。
「それ、聖女はイイ人なんじゃないの?」
帝国軍の兵士だけでなく、あちらから見たら敵のスラヴィオーレ軍の兵士も助けた?
「聖女が何を考えているのかは分からない。でも、この状況で聖女が参戦してくるとなると、ヤバい。今日がスラヴィオーレという国の最後の日になるかもしれない」
聖女が乗っていると思われる黄金の竜は、わたしが召喚された王の間があるスラヴィオーレ城に向かっていた。直接、国の中核を叩くという作戦なのだろうか。
聖女の意図は分からない。けれど、歴女なもので、戦争で敗戦した国の人々が悲惨な目にあうことは知っている。敗北するかもしれないスラヴィオーレという国の中には、ミティアくんが大事にしている妹さんも生きているんだ。ミティアくんと心を糸で繋いでしまったから? わたしは、妹さんが勝者である帝国軍にひどいことをされるとしたら、それは許せないことだと思った。
その時、黒い竜のむれの中に、一匹、白い竜がいることに気がついた。誰も乗っていない。なんだか、黒い竜のむれの中にも交れずにはぐれてしまっているみたい。
「聖女に会って、確かめてみよう」
敵味方分け隔てなく傷を治したというのは、基本的にイイ人な気がする。もしかしたら、何らかの形でこの戦いをおさめるヒントが貰えるかもしれないじゃないか。
「聖女と直接話すのはアリだと思う。でも、どうやって行く? 聖女の黄金竜は、速いぞ」
わたしは、左腕をふりぬいて能力を発動させた。
「『真心つながるワクワクのピース』!」
糸を飛ばして、はぐれていた白竜の首を捕まえて引き寄せる。
ミティアくんと糸で心を繋いでいた時に知った、ミティアくんの情報の一つ。
「ミティアくん、ドラゴンに乗れるんでしょ?」
「竜騎士」というらしい。この世界では、現実世界で昔、馬に乗って戦っていたように、騎士は竜に乗って戦うのも常なのだ。
「けっこう得意だけどさ。って、ノギクの『能力』は便利だな」
わたしとミティアくんは、糸で引っ張られてきた白竜の背中に乗った。
わたしは、ミティアくんの背中からお腹に腕をまわしてしがみつく形になる。
「それじゃ、聖女のところまで行くぜ」
ミティアくんがドラゴンを手なづけるのが上手いのか、この白竜がそういう個性なのか、白竜はすぐにわたしとミティアくんが背中に乗るのを受け入れてくれた。
咆哮もなんだかカワイイ感じで、よく見ると、瞳もつぶらな感じの竜だわ。
「名前をつけましょう。よし。徳兵衛で!」
「トクベエ!? なんか、キョウトの言葉みたいな響きだな!」
日本語だからね。って、エッ!?
「京都? この世界にも、京都があるの!?」
「東方の果てにあるっていう、黄金の都の名前だ。って、そういえばノギクっていう言葉の響きも? ノギクは、キョウトから来たのか?」
「ううん、仙台だけど。ちょっと待ってね、この件は後で話しましょう」
この世界にも京都がある? ここは、異世界ではないということ? ああ、分からない。ちょっと、考える時間がほしいところだけど。
(今は、聖女のところに行ってみなくちゃね)
「球」が降り続けている。時間が経てば経つほど、街の犠牲者が増えるはずだった。
速いスピードで、徳兵衛は聖女が乗る黄金竜を追った。
やがて、黄金竜がお城の塔を旋回して、こっちに向かってくる。
(こちらに気づいた?)
同時に、ミティアくんが聖剣を発動させた。
「ノギク、しっかりつかまってろ!」
黄金竜に乗ってる聖女から強い覇気が発せられていた。ミティアくんが光の剣を構えたのも分かる。だけど。
だけど!
ひゅーるるる。とくん。
この感覚。ああ。ああ!
わたしの左手の薬指の赤い糸が、「再び」繋がっていた。
黄金竜と徳兵衛が交差する時、ミティアくんの剣は空振りし、逆に聖女が手にしていた杖が強烈にミティアくんの腹部を打った。
ミティアくんとわたしは、たまらずに徳兵衛から落下する。
下は、お城の屋根。
わたしは能力を発動して糸を編んで、クッションをつくる。
なんとか、屋根の上に着地できたわ。
お城の屋根の上で倒れ伏すミティアくんと、寄り添うわたしを見降ろすように、聖女が黄金竜から降りてくる。
聖女は、赤と白がコントラストを織りなす上衣を纏っていて神聖な雰囲気な一方で、スカートにはスリットが入っていて大胆に太腿をさらしていてセクシーでもある。
――そして、見間違えるはずのない蒼穹の瞳をしていて。
白銀のブーツは、前進する勢いに満ちていて、彼女は戦う者であるという闘気をまとっている。
――そして、赤毛を変わらずにポニーテールにまとめていた。
あなたもこの世界に「召喚」されていたのね。
わたしは降臨した聖女を見上げて、言葉を振り絞った。
「ヴェドラナ!」
風が吹いた。
現実世界の日本の東北の冬の風とも違う、吹かれ続けたら魂まで永久に凍りついてしまうような、厳しい凍てつく風だ。
街の方からは白煙が上り。モンスターたちの雄叫びが響き。騎士たちは剣を交えて火花を散らしている。
ここは、戦い合っている世界。
ヴェドラナは杖を構えて、やや前傾の姿勢になって目を細めた。
ヴェドラナは「あちら」で、わたしは「こちら」。二人は向かい合った。
こうしてわたし。フジミヤ・ノギクは、わたしの能力の薬指の赤い糸の先の契約者、ヴェドラナ・スヴェティナと、不思議な世界――リュヴドレニヤで再会した。
彼女は帝国の聖女として。
わたしは、小国スラヴィオーレの歴女として。
再会の日、仙台駅のペデストリアンデッキで抱き合った時と変わらない朗らかさのまま佇んで、彼女はゆっくりと唇を開いた。
「ノギク、あなたを殺す」
/第三章「運命の赤い糸」・完
第四章へ続く