第二十三章「推理」
第二十三章「推理」
決戦の前日に、ミティアくんは帰ってきた。
「果てが、あったよ」
スラヴィオーレ城の東の塔のわたしの部屋の前で、ミティアくんは立ちつくしていた。
「ミティアくん……」
「イイ。確かに、ちょっとショックだったけれど。俺はノギクを守る。リュヴドレニヤをノギクがいた世界みたいな平和な世界にする。そのためにがんばる。それで、イイ。だから、分析を頼む」
うなずいて、わたしはミティアくんを部屋に招き入れた。
「世界の果て。俺が海だと思っていたものは、なかった。入り江も、波打ち際もない。コぺリアの街の、俺がここから先は海だと記憶していた境界から先は、埋めつくされていた」
「それは、どういう?」
「壁だった、とも言えるか。柔らかい、丸い玉だ。ノギクと心を繋いだ時に触れた記憶によれば、あれはノギクの世界で『風船』と呼ばれているものだ。無数の、色とりどりの風船が、境界から先はどこまでも敷きつめられているんだ」
風船。現実世界の仙台駅で出会った道化師が持っていたものだ。
「その風船の壁は、たぶん『想像力の限界』だわ」
色々と、試してみていた。魔法石のサーバーとピアノの入力装置によって、演奏者の想像を創造できるこのリュヴドレニヤでも、演奏者が無条件でなんでも現実化できるわけじゃない。
たとえば、わたしとヴェドラナが現実世界に帰る。この想像を抱きながらピアノを弾いても、実現はしなかった。どこかに、「想像力の限界」が存在している。
だから、風船の壁はたぶん、ここから先は想像しませんっていう、「想像力の壁」なんだ。
「俺、この世界は儚いなって思ったよ。風船っていうのは割れるんだろ? あのたくさんの風船が一気にバーンって割れちまったら、この世界なんてあっさり消えちゃうんだろうなって。そんな気がした」
ミティアくんは沈鬱な表情で、手にしていた古びた冊子をわたしに手渡した。
「ノギクの想像通り、俺とイナが生まれ育ったと思っていた実家も、なかった。家だと記憶していた場所に、お父さんもお母さんもいなかった。代わりに、空っぽの部屋にこの帳面が置かれていた。中身はたぶん、ノギクだったら分かるんだろうと思って持ってきた」
これは、地図帳だわ。
テーブルの上で最初のページを開くと、見開きで地図が載っていた。この世界の地図だ。
わたしが考えていた仮説が、確信に変わる。
歴女だからね。現実世界の世界地図は、それぞれの時代のものがだいたい頭の中に入っているわ。
大きな山脈の南。湖。この位置、間違いない。
「スラヴィオーレは、スロヴェニアの首都リュブリャナ」
続いて。
「ユーステティアは、旧ユーゴスラヴィアの首都ベオグラード」
そして、この二つの国が戦争をしていた十日間という期間。
これが、この世界の秘密の正体だ。
「この世界は、現実世界のスロヴェニアの独立戦争――『十日間戦争』をマネして作られた空想の世界なんだわ」
十日間戦争というのはヴェドラナの国、スロヴェニアが独立した時の戦争のことでね。もとは、中欧にユーゴスラヴィアという多民族国家があったの。今では七つの国に分かれていて、現実世界の地図にユーゴスラヴィアという国はもうないわ。最初に独立したのがスロヴェニアで、その時の戦いの期間が十日間だったので十日間戦争と呼ばれているの。
頭が高速で回転し始める。
「世界を作るなんてマネができるのは、本質能力を持っている人間の仕業としか考えられない」
仮に、本質能力でこの世界を何らかの意味で創造した人間を「真犯人」と呼ぶとしたら。
その正体は。空想の世界を作り上げ、わたしとヴェドラナを送り込んだ道化師の素顔は。
バラバラだったピースが、組み上がってゆく。
●わたしとヴェドラナのことを知っていて。
●スロヴェニアという、日本ではあまり知ってる人がいない小国の歴史を知っている。
●そして、わたしとヴェドラナと同じく、本質能力を持ってる可能性がある人物。
該当する人間は、一人だ。
「真犯人が、分かったわ」
真犯人は空想世界を使って、何かをやろうとしている。
では? この空想世界とは?
歴史上の十日間戦争。そのものではないわ。
時代が合わない。スロヴェニアの十日間戦争は一九九一年だもの。剣で戦う時代とは「世界観」として大きく離れている。
となると、真犯人の能力には二つの可能性があるわ。
どちらなのかで、こちらの打つ手も変えないとならない。最後の決断に必要な情報は、たぶん今頃ヴェドラナが手に入れてくれている。
真犯人を明らかにし。この世界の戦争を終わらせ。そしてわたしたちの世界に帰るために。
最後の戦いの時。
――わたしは、もう一度ヴェドラナと逢わなくちゃならないわ。
/第二十三章「推理」・完
第二十四章へ続く




