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少女輪廻協奏曲 ノギクとヴェドラナの愛  作者: 相羽裕司
第一部「歴女と聖女」
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第二章「セイレキ二〇二一年――仙台」

 第二章「セイレキ二〇二一年――仙台(せんだい)


 日本っていう国の、宮城(みやぎ)県は仙台市というところ。知ってる? わたし――藤宮(ふじみや)乃喜久(のぎく)はそこで暮らしていたわ。


 後の時代を生きている人たちへ。


 日本という国で、セイレキ二〇一一年に大きな地震と津波が起こって、沢山の人々が亡くなったのを、どうか忘れないでほしい。


 わたしはその時、宮城県の気仙沼(けせんぬま)にいた。ヴェドラナもいっしょだ。


 そう、ヴェドラナ。彼女と会うのは十年ぶりなの。


 今日は二〇二一年の年末。十二月二十三日。時間は夜、二十三時三〇分。東京から新幹線の「ハヤブサ」に乗って彼女はやってきた。


 東京から仙台に来たのかって? いいえ、もっと遠いところから。彼女はスロヴェニアのリュブリャナというところから、この日本の仙台までやってきたの。


 スロヴェニアという国は知ってる?


 中欧(ちゅうおう)。ヨーロッパの真ん中あたりの小さな国で。ザッハートルテというチョコ菓子が美味しいオーストリアの南、長靴の形で有名なイタリアからアドリア海を挟んで東……と言えば少しは伝わるかしら?


 もっとも、わたしとヴェドラナはヴァーチャル世界では会っていたのだけど、それも一日一時間までと決めていたわ。お互いに、やることもあったからね。


 だから、こうして現実世界で実際に会うのは本当に久しぶり。ヴァーチャル世界ではやろうと思えば顔や身長も変えてしまうことができるから、もしヴェドラナがそういうことをやっていたら、わたしが現実ではヴェドラナと気づかないなんてこともあるのかしら? いいえ。姿や形が変わった程度で、わたしがヴェドラナに気づかないなんて、絶対にないけれどね。



 ひゅーるるる。とくん。



 かくして、私はヴェドラナが仙台駅に到着したことに気がついた。


 新幹線のホームから、わたしが待っているペデストリアンデッキまで、五分もあればやってくるだろう。


 少し、ドキドキする。前髪をつまんでみたり、ジャケットの(えり)を引っぱってみたり、急に、わたしはヴェドラナにどういう風に映るんだろうなんて思ったりして。


 ひび割れたアスファルト。曲がったままの電灯。傷ついた世界に、雪が降っている。


 大好きな東北の冬だけれど、やっぱり寒さはちょっと厳しい。


 冷たい風が吹いて、わたしは自分を守るように少し身を(かが)めた。


 次に上を向いた時、駅から出てくるまばらな人たちの中に、彼女がいることに気がついた。


 白いコートを着ていたので、何だか雪の妖精みたい。


 ヴェドラナ・スヴェティナ。


 変わらない(りん)としたブルーの瞳。赤毛をポニーテールにまとめて、前髪を桜色のヘアピンでとめてサイドに分けている。


 キャリーバッグを引いて、もう片方の手には布に包まれたランドセルくらいの「箱」を持っているわ。あの「箱」は、なんだろう?


 子どもの頃とちょっと変わったところは、ヴェドラナ、胸がふくらんでいたわ。そうだよね。十年ぶりだもんね。もう、わたしたちは子どもじゃないよね。


 (ほが)らかな(たたず)まい。向こうも、わたしのことに気がついたわ。


乃喜久(のぎく)、なんかフツウだね」


 透き通った声。


 優しくて、心地よい。わたしの最愛の友だちの声。


「ヴェドラナ、うん。うん」


 わたしとヴェドラナはピタっとくっついた。


「乃喜久、ちょっとフツウじゃなかったものね。十年前にここで別れた時」

「ええ。ええ! フツウ。とても素晴らしいことだわ!」


 お互いに現実の体を確かめ合うように、ギューっとハグし合ってから離れる。


 わたしとヴェドラナはペデストリアンデッキから地下鉄に続く階段に向かって歩き始めた。


 今日はもう遅い。気仙沼に行く前に、ひいお祖父(じい)ちゃんがわたしに残してくれた仙台の藤宮邸(ふじみやてい)で一晩二人で過ごす予定だった。


「乃喜久、そのフジイロのリボンまだつけてるんだ。とても、らしい」


 お母さんから貰った藤色のリボンのことだ。今はいないお母さんだから、わたしの大事にしていることの一つだ。似合ってるって言われると、嬉しい。


「ヴェドラナ、明日は気仙沼の海、いっしょに行くでしょ?」

「ええ。復興の過程、ウェブでは見ていたけど、実際に海の香りに包まれたいと思っていたの」


 階段にさしかかったところで、不思議な光景に出会った。


 こんな夜遅くなのに。



――赤い風船(ふうせん)が、ふわりと暗闇の空にただよっていたのだ。



 いつか。どこかで。こんな光景を、見たことがあるような?


 ヴェドラナが風船に向かってジャンプした。


 わたしはアって思ったけれど、すぐにヴェドラナの身体能力のことを思い出した。


 ヴェドラナは本人がその気になれば、陸上でオリンピックに出られるんじゃないかってくらい、足が速くて、高く()べる女の子だったんだ。


 ヴェドラナは空中で風船をキャッチして、そのまま階段の下まで飛び降りた。


 軽やかな着地。やっぱりすごいわね。そういえば昔、学校の二階から飛び降りて無傷だったこともあったわ。


 遅れてわたしが階段で、地下鉄の入口まで降りていくと。


 ヴェドラナは風船の(たば)を手にした謎の道化師(ピエロ)と向かい合っていたわ。


 わたしは、何かがおかしいと感じ始めていた。


 この夜の遅い時間に、どうして仙台駅にピエロが?


 すると、ピエロがわたしとヴェドラナに話しかけてきた。


「この世界(セカイ)では、飛んでいった風船には、誰も気づかない」


 頭に直接響いてくるような言葉。ピエロが男なのか女なのかも分からない。


「あとは割れるだけ。バーン!」


 ピエロがいっせいに持っていた風船の束を解き放つと、色とりどりの風船が雪の夜に舞った。


「証明してみせろ! 乃喜久! ヴェドラナ! この世界の不正を!」


 このピエロ、わたしとヴェドラナのことを知っている!?


 ピエロを中心に、強い風が吹き始めた。


 一瞬だけヴェドラナの顔を見たら、彼女は瞳から涙を流していた。


 その時、ヴェドラナはこんな言葉を口にした。


「セカイ ノ イカリ」


 何? ヴェドラナ? 何のこと?


 わたしは能力を発動させてピエロに対抗しようと思ったけれど、この風は何? 場が乱れているわ。いつものように能力を発動できない。


「バーン!」


 ピエロが叫んだ。


 ピエロから放たれた暴風に吹き飛ばされてしまわないように、わたしとヴェドラナは手と手を繋いだ。


 でも、吹き荒れる風はあまりにも強くて、いつしか二人の繋いだ手も離れてしまう。


 やがて、わたしとヴェドラナの指と指が離れた時。



――世界が、暗転した。



 ◇◇◇


 次に気がついた時、わたしは独り王の間に()かれた魔法陣の上にいたんだ。


 わたしがリュヴドレニヤに「召喚(しょうかん)」されるまでのいきさつは、こんなところ。


 わたしの胸にある願い事は、ひとつ。


 わたしはもう一度、ヴェドラナと()いたい。



  /第二章「セイレキ二〇二一年――仙台」・完

 第三章へ続く

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