赤髪の女子のプレリュード
第二部「世界の秘密と真犯人」
赤髪の女子のプレリュード/
私。ヴェドラナ・スヴェティナは、ユーステティア帝国の王の寝室で子守唄を歌っていた。
ノギクと再会したスラヴィオーレへの強襲作戦から帰ってくると、年老いた皇帝が発作を起こしていたからだ。
私の子守唄は、私の能力でもある。
癒しの「究極の魔法」とは違う、現実世界にいた時から持っていた私の能力がこれ。本質能力と呼ばれるものらしいと、ノギクからは聞いている。本質能力は、ノギクも持っている。
私の本質能力の名前は、『静けさ伝わるゆりかごのセレナーデ』。
私の唄を聞いた人は、心地よく眠れるという、それだけの能力なんだ。
ノギクは、私のことをとても尊敬してくれているのだけど。
私に言わせると、ノギクの方が全然すごい。頭の良さも、可愛さも、本質能力のすごさも、全部ノギクの方が上。
皇帝の発作は、私が判断するにパニック発作だった。
パニック発作、もといパニック障害というのはね、心の状態と体の自律神経っていうところの調和がうまくいかなくなっちゃう、私がいた現実世界でもよくある病気の一つでね。強い不安を感じたり、頭が混乱してしまったり、息苦しくなっちゃったりするの。
発作がおこっても、現実世界だとお薬でだいぶ治まるのだけれど、この世界には精神安定剤がない。不安や緊張を取り除く薬がないものだから、私が能力で眠らせてあげるくらいしかできないの。
その時、寝室のドアが開いて、一人の男が入ってきた。
「世界が終わる時、相似の天使が舞い降りて、万物の魂を天に還す、か」
厳かな声が部屋に響く。
鍛え上げた肉体の上に、黒いローブをまとっている。亜麻色の髪を適度に乱した、整った顔立ちの男――ディーレッジ卿が私に近づいてくる。
皇帝の寝室に堂々と入ってくるなんて、不敬な男。
本来なら処罰ものなのだけど、現在のユーステティア帝国にこの男の行動をとがめる者はいない。
帝国の政治、経済、教育、そして宗教の中心人物で、帝国は心が不安定な皇帝に代わって、実質この男が動かしているようなものだと私にも分かっていた。
「『究極の魔法』で星を降らせる貴女は、さながら伝説で語られる、戦場に舞い降りた天使のようであったよ」
私は、うつむきながら。
「天使とは、美しい花をまき散らす者でなく、苦悩する者のために戦う者である」
と、返した。
「ほう。詩的で、強い言葉だね」
「私の言葉ではありません。私がいた世界で、もっとも有名な看護師の言葉です」
「ふむ。異世界か。未だに信じられないが、こうして貴女は存在しているわけだしね」
「歴史に名を残すような英雄は、おおむね攻撃的なものです。人間を癒すことで歴史に刻まれる者がいるのなら、その者こそが真の英雄だとは思いませんか?」
私の世界の歴史上の人物。クリミア戦争で、看護で沢山の人を助けたフローレンス・ナイチンゲールは、私のヒーローなの。
ディーレッジ卿は、私という存在の全てを見透かすように、透徹なまなざしを私に向けた。
「でもヴェドラナよ。本当のあなたは、あなたの魂の核心は、そんな表層の綺麗な言葉に、同意してないだろう?」
私の呼吸が乱れる。
「召喚」された日から気づいている。
ディーレッジ卿は、私を女として見ている。
おかしい。私、そんなに惚れっぽい女じゃないはずなのだけれど。どうしてか、ディーレッジ卿に見つめられると、ドキドキしてしまう。
確かに私は、ノギクほど人間や世界を信用していないところがある。
私自身が苦悩する者なのに、みんな私に善性を求める。
聖女なんて、違うのに。
どんなに、大変だったか。
世界は、私に健康なお兄ちゃんを与えてくれなかった。
私の苦悩のためには、私の代わりに誰かが戦ってくれるの?
そんなことを思ってしまうこともある。
ううん。でも。
戦うとか。攻撃するとか。勝利するとか。強い人間がやるような、分かりやすいことをしてくれたわけじゃなかったけれど。
ノギクが、苦悩する私に手を貸してくれた。
一緒にいてくれた。
子どもの頃にノギクと糸で心を繋いでいた一年間が、私の中心にまだ温かく残っているんだ。
ディーレッジ卿がおもむろにローブを脱ぎ去った。
ローブの下は、上半身が裸だった。皇帝が眠っている横で、本当に不敬な。
鋼鉄のような肉体は、無駄がなくて美しい。
誘惑するように、ディーレッジ卿は私の顎に触れた。
いよいよ、私の胸は高鳴ってしまう。
逃れるように視線を落とすと、ディーレッジ卿の胸に、大きな傷が刻まれているのが目に入った。
(この人も、傷を負っているのか)
私は少し冷静になる。
大きな傷は、竜のかたちをしていた。
竜。
この世界の空を飛びかう強い生物にして。
現実世界の私の故国、スロヴェニアの紋章にも描かれている、幻想の生物。
スロヴェニアは、平和を勝ち取った国だ。
ノギクだったら、その辺りの歴史を私より詳しく説明してくれると思うのだけれど。
平和、ということについてはずっと考えてきた。
帝国が拡大して世界に安定をもたらすなら、それが平和だという考え方も分かる。
でも、ただ強い国が大きくなれば、全てそれでイイという理屈を飲みこめと言われたら、私は心がざわついてしまう。
ざわつきの源は、ノギク。
ノギクだったら、たぶんもっとすごい解決方法を考えてくれる。
そう、どこにも犠牲を出さないような。
小さい国も、虐げられないですむような。
弱い人間も、ありのままで生きていけるような。
だから、私が手に入れたこの世界の秘密の鍵となりそうなものを、残らず伝えてきた。
私の『究極の魔法』が使えるのはあと五回。犠牲者を出さないで戦争を続けられるのも、あとわずかだ。それまでに、解決方法を見つけ出さないと。
考えるんだ。想像するんだ。
ノギクだったらどうする? この世界のために、私がノギクに提供できるものは何?
「ディーレッジ卿、失礼します」
逃げ出すように、皇帝の寝室から立ち去った。
廊下を早足で歩く。歩く。
(ノギク……、私の最愛の友だち)
――落ち込んだ時、寂しい時、自分の心に迷ってしまった時。私はいつも、あなたに逢いたくなるの。
/赤髪の女子のプレリュード・完




