コツ
液体を流すことをイメージして、手に意識を集中させる。若干の違和感と共に、右手に黄緑色をしたスパークが迸る。
「えっと、こんな感じであってる?」
「……うっそぉ」
助言した千紗は、あり得ないものを見るように目を丸くしている。
「……あれ? 違った?」
「い、いや。違くはないんだけど……むしろなんで違わないのか疑問というか!」
蓮は首を傾げる。
「ちょ、ちょっと待ってて。碧さんと相談してくる」
そう言って駆けていく。
数分で足音が聞こえてくる。今度は足音の数が一人分増えている。
「蓮くんっ! 魔術が使えたってホントか?!」
「ま、まあ」
珍しい碧の大声に驚きつつ、さっきと同じように手に意識を集中させる。
「……参ったな。千紗に教えて貰う予定だったことの半分ができてる」
「本気か? 俺はアドバイス通りにやっただけで……」
「千紗はなんて?」
「碧さんに言われたことそのまま言っただけですよぅ」
涙目になりながら千紗が言う。
「……仕方ない。予定の前半はとばしていいから、今後は魔術の使いかた、全身で違和感なく使う訓練と並行して実践も交えてやっていこう。これはうれしい誤算だ」
プラスに考えよう、と。
「ここまで簡単にできちゃうと、あたしの立場がないな~」
千紗は大げさに肩を落とし、碧は仕事に戻っていく。
「いや~、それにしても驚いたよ。まさか十分と経たずに使えるようになるとはね」
「疑問なんだけど、そんなにすごいことなのか? 基準とか何もわからないんだが」
「すごいことなんだよ。うちのチームでの最短でも二週間はかかってた。ほんと前代未聞だよ」
両手を上に上げ、降参の構えをとって言う。
「そうなのか。まあ、〝使う〟事はできても〝使いこなす〟事はできないから意味がないんだよな」
「あたしはすぐ追い越されちゃいそうで怖いなぁ。ま、何かあれば聞いてね。あたしも他のチームメンバーも、基本的に優しいし無害だから」
「無害…………チーム?」
あったことのないチームメンバーのひどい言われように苦笑しながら、新しく聞く単語に反応する。
「それも聞いてないの?! あーホントに全部丸投げされたんだあたし……七人の魔術師がいるって話は聞いてるでしょ? あたしたち七人は『フレイヤ』って言うチームに所属してる。その『フレイヤ』をバックアップするために設立されたのがこの施設」
人差し指を立て、すごく簡単にに言う。
「その『フレイヤ』って言うのは聞いた。具体的な話は何も」
「なんでそんな中途半端なんだろう……えっとね、『フレイヤ』って言うのはこの施設の名前と同時にあたし達――境界世界に向かう七人のチーム名でもあるんだよ」
「なるほど」
「とは言っても、全員揃うのは月に一回ある定期ミーティングだけなんだけどね」
「定期ミーティング?」
「そうだよ。変わったことはなかったか、大まかな境界世界の動きは、みたいなことを話す、報告会みたいなものかな。そこで正式に蓮くんの紹介もあるんだと思うよ」
「それまで他の人は何を?」
「さあ」
「さあって……」
「あたし達のお仕事は境界戦争に行ってからだし、魔術の鍛錬さえしてれば基本的に何してようと自由なんだよ。レアちゃんも本当は自由なんだけど、何もしてないのは苦手みたいだね。いつも何かお手伝いしてる」
「千紗も沖縄行ってたみたいだね」
「ちょっと米軍の偉い人と内緒話にね。日本と共同でやってるプロジェクトで問題が出たらしくて」
いくらアメリカ軍といえど、全員が知っているわけではないのだろう。
「あたし、国立の大学院出てますから」
腰に手を当て、誇らしそうに言う。実際誇れることだと思う。