魔術の使い方
「碧さーん! 久しぶりー」
廊下を歩いていると、突然後ろから軽快な声が聞こえていた。声に反応するように振り返りながら不満の声を上げる。
「千紗、仕事で沖縄行ってただろ。なんでここにいる?」
「早く終わったから早く帰ってきた」
蓮も振り返ると、二十代前半であろう女性がいた。女性と呼ぶには少しあどけなさがのこる顔立ち。肩口で切りそろえた髪にはウェーブがかかっている。着ている服も、最近の流行を先取りしたような物を着ている。蓮にはわからないが、おそらくどこかのブランド物だろう。
「頼むから連絡ぐらいしておいてくれ。それに時間が空いたなら観光でもしていればよかっただろ」
「あたしそう言うの興味ないし。その子は?」
「『魔術』を発現させた、七人目の魔術師だよ」
碧の言葉に、千紗と呼ばれた少女は怪訝そうに訪ねる。
「あたし達以外にはいないんじゃなかったの?」
「彼は〝波動〟を受けて魔術師になったんだよ」
その情報に、驚きをあらわにする少女。
「えっ、〝鏡〟に行ったって事?! なんで!」
「く、クラスメイトに連れてかれて…………」
それを聞いて、驚きから一変、呆れたような表情に変わる。
「なんでそういうのについて行っちゃうかなー。それでもっと危ないことに巻き込まれてたら意味ないじゃん」
ぐうの音も出ない。
「あ、そうだ千紗。蓮くんに授業してくれない?」
「は?」
千紗は間抜けな声を上げる。
「蓮くんは少し前まで何も知らない一般人だった。まだ詳しいことは話せてなくてね。戦闘訓練も含めて千紗がやってくれるなら助かるなぁ……と」
「あ、納得です。仕事は終わってますし、別にいいですよ」
「それは助かる。蓮くんの資料は渡しておくから、後は頼んだ。訓練室は空いてるから」
大きめの封筒を渡して、碧は去って行く。
「さて、改めて、あたしは夜桜千紗。呼び方は何でもいいよ」
「倉見連、高校二年生…………です」
「敬語なんていいよ。仲良くしようぜ、少年」
手でVサインを作り、笑いながら言う千紗。
「随分と大雑把だな。千紗さんの『魔術』は?」
「その『さん』付けは勘弁して欲しいな。くすぐったい。あたしのは『空中浮遊』だよ。自分と触れた物を浮かることができる」
「名前の通りなんだな」
「う~ん、この書類作ってるの碧さんだし、こんなわかりにくく書くとも思えないんだよ」
それは、長期間碧とともに仕事をこなしていたからこそ言えることだ。少なくとも蓮は、そう断言できるほど碧やここの職員と時間を共にしていない。
そう考えながら、千紗の後に続いて再び訓練室に向かう。
訓練室に入ると、千紗は隅に置いてあるパソコンを操作する。
すると、中央にある投映機が作動し、光を映し出す。瞬きのあと、一瞬にして景色が変わる。
無機質な部屋から一変、辺り一面の草原へと景色が変わる。
「これは……映像なのか?」
「そうだよ。あたしも初めて来たときは驚いたよ。最新技術を惜しみなくつぎ込んだ部屋なんだって」
「建設にいくらかかってるのか想像もつかないな」
「ここの建設費も維持費も全部国連が出してるから、あたしもよく知らないんだよね」
驚くほど適当に言い放つ。大丈夫なのか? とも思ったが、意外と大丈夫そうなので黙っておく。
「碧も言ってたけど、ここはまだ小さい方なんだろ?」
「うん。最近は殆ど誰も使ってないね。別の場所に本格的な格闘場がいくつかあるし、みんなそっちに行ってるね」
平然という千紗に驚きながら、それだけの技術をつぎ込むと言うことに、事の重大さを改めて実感する。
「なるほど。それで、魔術の使い方は?」
「そうだったね。……うーん、感覚で言うと、血液とかと同じように体に液体が流れてる感じかな。それを手とか足とか、使いたい部分に流すと魔術が使えるようになった……んだよね。あたしは」