最前線基地
最初に案内されたのは、資料庫だった。体育館の一回り大きいサイズで、均等に並べられた棚にはファイルが隙間なく詰めてある。
「これが……資料庫? 広すぎないか?」
「むしろ狭いくらいさ。僕達が相手をするのは、一つの世界なんだ。歴史、文化、地理なんかの情報は、ここには収まりきらない。ここにあるものだって、ごく一部だ」
「残りはどこに?」
「別の場所に、組織の本部があるんだ。そこに保管してあるよ」
「本部? ここ以外にもあるのか?」
「言ってなかったっけ? 僕らの所属する組織――国際連合統括境界世界対策組織、僕達は、特殊戦闘部隊『フレイヤ』。組織そのものの本部はアメリカにある。ここはそうだな……最前線基地と言ったところか」
「こくさい…………何だって?」
長すぎる組織名を平然と言ってのけた碧は、苦笑しながら付け加える。
「長い方は覚えなくていいよ。長い方は組織全体の名称さ。意識して覚える必要もないよ」
「わかった」
「次は訓練室。実戦訓練で使っている場所だ」
「そこで『魔術』の練習とかをするのか」
「そういうこと」
「他の魔術師は?」
「だいたいは仕事。残りはどこか出かけてるんじゃないかな」
「それにしても広いんだな」
「そうだね。基地と言うには広すぎるくらいかもね。何せ職員全員分の個室まで完備してる」
非常事態に対応するためだろう。どこか誇らしげに碧が言う。
「蓮君の部屋は変わらずにあの部屋だよ。暗証番号は教えておくから」
新しい部屋への淡い期待を砕きながら、訓練室へ向かう。
訓練室は、予想よりも狭かった。教室ほどの空間の真ん中に、プラネタリウムの投映機のような機械が置いてある。
「これが…………訓練室?」
「そうだよ。真ん中の投映機で設定した景色を写すことで、あらゆる場所での戦闘訓練ができる。ここよりも広い場所もあるけど、そっちは本格的な対人用だ」
つまりここは基礎的な訓練をする部屋であり、当分蓮はここにお世話になると言うことだろう。
どれだけの再現度かはわからないが、様々な形のブロックや障害物があることからも、碧の言う『投映』はかなりの再現度なのだろう。それこそ、世界の最新技術を結集した。
改めてこの施設の広さを実感する。
「そういえば、ここの全体の職員ってどのくらいいるんだ?」
「非戦闘員が四十人と少し、戦闘員は君を含めて七人の魔術師と僕がここを任されたときに作った私設部隊三十人が待機してるよ」
「結構多いんだな」
「ここは前線基地として戦力が集まっているほか、現地に残ってくれている調査員からの通信を受け取る観測所としても機能しているからね」
「…………つまり、『境界世界』に関するほぼすべてのことを、この施設だけで担ってる?」
碧が首肯する。
『境界世界』のことを殆ど知らない蓮にとっても、それは驚くべき事だった。碧はさらりと言うが、蓮の知る以外にもここの職員達は多くの仕事を抱えているのだろう。
「そうは言っても、最も大変な仕事は本部に回してるけどね。精鋭を送るための基地で、過剰労働で士気が下がったらシャレにならないって」
碧は微笑する。
「でもその辺は蓮くんは気にしなくていいよ。仕事は職員で回せてるし、何より最優先として、君には戦闘技術を身につけて貰わないと」
『境界世界』に関する知識も、戦闘技術も、蓮は完全に素人だ。小学生の時に少しだけ空手をやっていたが、その程度。平和な日本に生まれ何事もなく育ってきた蓮は、殺す殺されるの世界とは全くの無縁だったのだ。
そんな蓮がその世界に順応するには、時間が必要だろう。それは碧もわかっている。