魔術
「…………はあ。結局、俺に拒否権はないんだろ? 一つ質問だ」
疲れたようにこめかみを押さえながら、蓮が聞く。
「なんだい?」
「さっき、前線に出るって言っていたが、前線って言うのはどこだ?」
「やはり君は、頭がいいね。『境界世界』の人間は、元々こちらの世界を滅ぼす気でいる。そしてあちらは、我々よりも『魔術』について熟知している。後手に回れば勝機はほぼなくなると言っていい」
「確かに、そうだな」
「だから、彼らが来る前に、こちらから行くのさ」
「それは…………可能なのか?」
「移動手段の話かい? 〝鏡〟の防衛装置としての機能の一部が壊れていると言っただろう。大規模な部隊を送ることはできないが、少数ならば問題ない」
再び蓮は考え込み、はっとしたように言う。
「でもそれって……敵の主力に少数で突っ込むって事? 流石に無謀すぎないか?」
「否定はできない。いくら『魔術』を使える人間が限られているとは言え、数においても地の利においても、明らかに不利だろう」
「それじゃあ……」
「でも、さっきも言ったとおり、こちらに来た侵略者に対処していては負ける。『境界世界』には、送り込むだけの戦力は十分にあるからね」
とっくに職員は機械とともに撤収しているが、長話で蓮達は移動できずにいた。
「取り敢えず、司令室に移動しよう。紹介しなきゃいけない人もいるんだ」
扉を開け、碧の後をついていく。
「お、丁度いるな」
碧が、司令室の真ん中でモニターとにらみ合っている少女を見て言う。少し気になってみてみると、〝鏡〟で蓮の前に現れた少女だった。
腰までとどく艶のある黒髪、すらりとした細い腰。足は細く、顔のバランスも絶妙だ。「完璧」としか言いようのない少女は、蓮達に気づくことなく、職員と会話をしながらキーボードを叩いている。
「彼女はレアノリア。七人の魔術師の一人にして、僕がいないときの全体の指揮を執って貰ってる。いわば助手みたいなものかな」
名前に反応してか、レアノリアは蓮達に気づき、近づいてくる。
「碧さん、その人、誰です?」
透き通るような声で、レアノリアは言う。
「君が助けた、〝鏡〟の波動の生き残りだよ」
波動というのは、あの光と熱のことだろう。
「ああ。魔術を発現した人ってその人だったんですか」
興味なさそうに言う。
「そう。倉見蓮くん。君らのチームに入ることになったから」
「えっ…………流石に無理があるんじゃないですか? 素人でしょ。魔術知識とか対人戦闘以前に、何も知らない一般人でしょ」
無表情から一転、驚きに変わる。
「そんなこと言っていられない程、うちは人員不足なんだ。君もわかっているだろう」
「そうですけど…………その人の『魔術』は?」
「データだと……〝電気を操る〟事ができるみたいだね。詳しいことは、実際に見てみないとわからないけど」
「大丈夫なんですか? 今から教えるにしても、あんまり時間ないですよ」
会話内容が何一つ理解できない蓮。口を開こうにもなかなかタイミングが掴めない。
「そこら辺は僕がなんとかするさ。レアも、なにかしら仕事回ってくるかもしれないから、そのときはよろしく」
少女が小さく頷く。そして、視線を蓮に向けて言う。
「レアノリア。レアでいいわ。よろしく」
驚くほど端的な挨拶だ。蓮も、同じように答える。
「倉見蓮。高校二年生。よろしく」
自己紹介を終えると、すぐさま踵を返し、正面モニター前に戻っていく。
「さて。他にも紹介しないといけない人はいるんだけど、生憎今はいなくてね。また別の日に紹介するよ。取り敢えず中を案内しよう」