罰
「待ってくれ。まだ何の説明も受けてないんだが」
「その説明を今からするんだよ」
「先にその説明をして欲しかった」
「悪かったね。けど一つ覚悟して欲しいのは、ここに入ると言うことは、いつ死んでもおかしくないって事なんだよ。公表はされていなくても、あの〝鏡〟の周辺はそれだけ危険だったんだ。知らなかったとはいえ、そこに立ち入ったのなら死ぬ覚悟はあるんだろう。と言うのが上の判断だ」
「組織って言うのに入ることそのものが、俺への罰って事か」
「もう少し驚くと思ってたんだけどね」
「俺もなんでこんなに落ち着いてるのかわかってない」
「その話は今度にしよう。今は詳しい話をさせて欲しい」
「わかった」
「…………まずは、〝鏡〟について説明しようか」
碧が言うには、東京に落ちてきた〝鏡〟は、現世とそれに並行して存在する世界との『境界』なのだそうだ。
碧が主任を務める研究チームは、その世界を『境界世界』と名付け、調査を始めた。『境界世界』は、現世とは鏡のように反転している。文明も、機械文明ではなく魔術文明が栄えているという。『境界世界』にはヒトが『魔術』を発現させる原因とも言える『マナ』で満ちている。
〝鏡〟は、通常は目には見えない状態で上空にあり、人間が目にすることはまずない。本来、互いの世界への行き来を制限する防衛装置として存在しているが、『境界世界』側の現世への移動実験の過程で防衛装置としての機能の一部を破壊され、双方の世界の中心に降りてきたらしい。そして、一定の期間で爆発のように現世にも『マナ』が溢れてくるのだという。蓮の巻き込まれたものがそれだ。
なぜ東京に降りてきたかは不明だが、国連とその対策チームは、小規模な調査隊を結成し、『境界世界』に送り込んだ。
「…………とまあ、ここまでがこちらが向かわせた調査隊と、こちらに来た調査隊の話だ。何か質問は?」
「こちらに来たって言うのは……『境界世界』ってところから、こっちの世界に調査員が来たって事?」
「ああ。有り難いことに、あちらの世界の住民全員が魔術師…………『魔術』を使えるわけではないようだ。こちらより割合は大きいらしいが、『魔術』を使えることが特異なのは変わらない」
「つまり俺は、〝鏡〟の近くであの光……『マナ』っていうのを浴びて、『魔術』を使えるようになったと?」
「そういうことだ。ただ君は、極めて稀なケースでね。本来、ただの人間があれを浴びれば、その熱量に耐えられず血も肉も蒸発するはずなんだ」
流石の蓮も見過ごせない発言があったが、話が進まないので取り敢えずスルーする。
「……大体わかったけど、俺は何をすればいいんだ?」
「我々は境界世界の侵攻に対抗するため、〝鏡〟から漏れ出す『マナ』を回収し、人工的に魔術師を生み出すことに成功した」
「だったら、俺なんかいなくても……」
「確かに、生み出すことはできるようになった。だが、実際に生み出された魔術師は七人だけだ」
「近いうちに、彼らはこちらに攻めてくるだろう。唯一の移動手段である〝鏡〟の防衛機能も、いつ回復するかわからないからね」
「……つまり?」
「君には、彼らと同じ、『魔術』がある。…………正しくは『発現した』かな。だから君にも前線に出て、戦って欲しい」
「待ってくれ。俺は『魔術』とやらの使い方も、人との戦い方も知らないんだぞ」
「安心してくれ。『魔術』の使い方も、対人戦闘も、我々が教える」
「そうじゃなくて、俺は素人だぞ」
「数年前に設立したばかりの我々は常に人員不足でね。それに、君なら大丈夫だと思ってね」
「何を根拠に…………」
「君は確かに物事への興味が薄く、積極的に頼み事を引き受けるタイプじゃないけど、引き受けた仕事は、最後までやり通すだろう?」