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「即席勇者!盗人を追え!」②

 「兄ちゃん! さっきの子なら右に曲がったよ!」


 蒼は手を挙げ、教えてくれた男に礼をする。しかし右と言われても先程からほとんど街並みは変わらない。そろそろ方向感覚が麻痺してきた。

 蒼は言われた通り右に曲がり、前の人影を見据える。人影は少しこちらを見ると、慣れた動きで角をくねくねと曲がる。蒼も見失わんと必死に追うが、なにせ道が悪い。舗装されたアスファルトしか走ったことのない蒼にとって、レンガが敷き詰められたデコボコの道はハード過ぎる。


 「坊主! 上だ!」


 角を曲がった先、中年の男は上を指差した。

 しかし、蒼の足は止まる。


 「いやいや……人じゃねぇだろ……」


 人影は、間隔の狭い家の壁を利用し、両サイドの壁を交互に蹴ってそのまま屋根に飛び乗った。

 中学まで部活をしていて、今は相棒のボロチャリを転がしている蒼はまだ体力は落ちていなかったが、流石にこればっかりは体力云々の話ではない。

 蒼はひとまず砂時計を見る。しかしまだあと半分ほどは残っている。


 「おっちゃん! 大通りはどっちだ!」


 上を向いたまま固まっていた男に問う。


 「お、おぉ。大通りならここを真っ直ぐ行って、突き当たりを左に、そっから道なりや」


 蒼は少しばかり疲れてきた脚を奮い立たせて、男の教えてくれた方に進む。

 徐々に雑音が大きくなる。と、同時に不安が募る。蒼は、盗人なら人混みに紛れて逃げると踏んだが、それが吉と出るか凶と出るか……。


 「にしても騒がしい……」


 蒼は久し振りに日差しに照らされ、目を細めつつ歩みを進める。が、転移した直後よりも騒々しい。人の波は乱れ、今にも押しつぶされそうなほど道に人が溢れかえっていた。


 「左だ! 屋根の上!」

 「了解」


 遠くから叫ぶ声が響く。蒼はなんとか声の発される方を見た。そこには複数人の鎧をまとい、剣を携えた兵士のような男たちが集まっていた。

 そして、数人の男たちは壁に綱をかけ、壁を登っていた。

 蒼も、人をかき分けその男たちの近くまで行き、恥を捨て盗み聞きをした。

 どうやら追いかけているのは同一人物で、屋根の上を伝って移動しているというが、只者ではないことは分かる。

 しかし、蒼がここで兵士に近づいたところで門前払いを食らうのは目に見えていた。

 なので、蒼は屋根の上を見回した。煙突があれば、そこから屋根上へ上がれるかもしれないからだ。

 蒼は、建物全体的に煙突が付いていることに気が付き、近くの家を全力ノックした。


 「開けてください! お願いします!」


 何度も叩いていると、扉が乱暴に開けられた。


 「うるせぇ! 何の用だ!」


 蒼はガン無視し、強面の男の横をするりと抜けると、全力で階段を駆け上がった。だいたい四階分ほど上がると、ついに煙突の入り口が見えた。形的には一階から繋がっていた可能性があるが時間短縮のため、屋根に一番近い場所から侵入することにしていた。

 炭の欠片も無い暖炉に登り、狭い排気口に首を突っ込んだ。中は(すす)の臭いが充満していて、今すぐに飛び出たい気分だが、もう後戻りはできない。何故なら大きな足音が近づいてきているから――。


 「おぉい! 人ん家で何しやがる!」


 足の下を暴れる怪物は雄叫びをあげ、腕を排気口に突っ込んでくる。蒼は両手両足で壁を登っている状態なので、構っている余裕もない。

 蒼は全身に力を込めて、一気に煙突の淵に手を掛け、屋根に飛び乗った。

 白いワイシャツは煤で真っ黒に。顔は見えないが、恐らく顔も真っ黒なんだろう。

 蒼は、正面の人影に目を向けた。


 「俺は昔から身体能力とIQだけは高いんでね」


 フードを深く被り、顔を隠していて表情は見えないが、雰囲気的には「驚いた」ぐらいだろう。

 まだ何か策があるのか、と蒼は身構えた。

 しかし、蒼の威嚇は無意味になった。盗人の後ろ――壁を登ってきた兵士が三名、剣を構えて立っていた。

 蒼は、異様な雰囲気に気が付いた。周りを見渡すと、この蒼のいる建物を囲むように、他の建物の屋根に弓を構えた兵士が配置されている。

 蒼は弓の射線の先、盗人の動きを見た。誰よりも速く、誰よりも無駄がなく、誰よりも華麗に、そいつは隣の建物の屋根に飛んだ。

 遅れた。諦めた。剣を構える兵士も、弓を構える狙撃兵も。


 ――たった一人を除いて。


 隣に飛び移る影に、横からもう一つの影が飛びかかった。無謀なジャンプだった。たとえ狭いと言われても、幅は並大抵の人じゃ飛び越えられない。まして斜めから飛び込むなど死に逝くようなものだ。

 重なった二つの影は、隣の屋根に届かぬまま、建物の狭間に吸い込まれていった。時間が、止まった。




            *




 肌に刺すような陽射しで蒼は気が付いた。蝉の鳴き声が頭を揺さぶるように激しく鳴いている。


 「死んだ」


 流石にもう三度目、強制終了は死亡の証明だとすぐに分かった。

 空中を舞う自分の息遣い、盗人の息遣い、心音、鳥の声、風を切る音、地面に激突して首の骨がへし折れる音、頭が割れる音。徐々に思い出される様々な音。確かに生きていた。蒼も。盗人も。

 ただ、蒼の中には後悔はなかった。

 盗人が凄まじい速さで飛び移った。それに飛びかかっただけ。最後まで諦めなかった、蒼の執着心がこの結果を生んだ。恐らく盗人も死んだ。即死だ。けど、蒼は当然の報いだと思っている。なぜなら、盗みを働き、人様に迷惑をかけ、ワイシャツを真っ黒にしやがったからだ。

 でも、


 「無事に終わったかな。出来ることなら犯人捕獲まで生きていたかった」


 電話ボックスから零れる泣き声は、蝉の鳴き声に掻き消された。

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