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「即席勇者!盗人を追え!」①

 夏の匂いを運ぶ風が頬を撫でる。

 まだ暑くなってない日差しが射す。


 「次ぃぃ! 浅井ー!」


 蒼は上級生に大きく名前を呼ばれ、とびきりの大声で返事をした。


 「学力中盤、ゲーム大好き、彼女いない歴イコール年齢、浅井蒼、いきまーす!」

 「はよ入れや!」


 ゴツンという音と共に目に星が浮かんだ。




            *




 今日は土曜日の朝。蒼は先日、弓道部に入部届けを叩きつけ、晴れて弓道部員となった。

 この話はクラスで話題になり、世界が滅びるなどと言われるまでだ。

 そしてこの高校初の部活デビューである。


 「浅井一号、行ってこい!」

 「黙って射ろや!」


 蒼の放った矢は真っ直ぐ飛んだと思われたが、放つ瞬間に手先がブレ、そのために的を大きく外れて土壁に突き刺さった。


 「アニメじゃ簡単そうだったのにな……」


 蒼は自分の(借りた)弓を眺める。

 ピシッと張ってある弦はかなり固く、弦を引くだけでも右腕がプルプルし出す。


 「つか浅井、はよどけ」


 同学年に背中を蹴られ、的の前から退く。

 とはいえ部員は僅か六名。そのうち半分は幽霊なので実質三名という極小部であるが、それが逆に蒼には嬉しかった。

 友達は多い方だが、残念ながらコミュ力に自信があるわけではないし、人前だと緊張して本来の自分が不発してしまう。

 そんなわけでこれくらいの雰囲気がとても気に入っている。


 「浅井! ぼけっとしてないではよ構えろや!」


 ゴツン、と鈍い音と共にまたしても視界に星が散らばった。




            *




 「お疲れ様でした! これにて失礼します」

 「はいはい、お疲れ。気ぃ付けて帰れよ〜」


 と、先輩の忠告を背に受けつつも、自慢の愛馬を鳴かせる。チェーンは錆を気にしつつもガリガリと踏ん張っていた。

 蒼の今日の目的はもちろん電話ボックス。

 と、もう一つ。


 「昨日、あのばあちゃん聞いてきたんだよなぁ」


 昨日の駄菓子屋のおばあちゃんの質問を脳内で反芻する。


 ――行ってきたんだろう?


 つまりそういうことだ。

 おばあちゃんは何かを知っている。あの電話ボックスの秘密を。

 蒼は確信を胸に、線路を渡る。目の前に例の駄菓子屋と電話ボックスが見えた。

 ふと思う。時間をずらしても気まぐれに訪れても、黒髪ロングの美人風の女性はいる。彼女は一体何者なのか、と。

 つい先日も声をかけたが、ことごとく無視され落胆した蒼だったが、とりあえず今日も声をかけてやろうと気合いを入れていると、駄菓子屋からおばあちゃんがニコニコして出てきた。


 「こんな時間に珍しいね」

 「えぇ、まぁ、部活帰りで」


 おばあちゃんはポケットから飴の小さな袋を取り出し、蒼の手を取り掌に乗せた。


 「おつかれちゃん、これあげるわ」


 蒼にとってみれば、その飴はあるトラウマを植え付けた要因でもあり、異世界で初めて死んだ日の事を思い出させるアイテムでもある。

 蒼は複雑な気持ちを持ちながらも、飴を受け取った。


 「度々ありがとうございます。暑いのでそろそろ中に戻った方が……」


 蒼はおばあちゃんとの会話を続ける自信がなくなり、店に戻る事を促すと、意外にもすんなり戻っていった。


 「なんて聞けばいいかわかんねぇよなぁ……」


 蒼は背中のカバンを下ろすと、その横に腰掛けた。

 白いコンクリートで舗装された道だが、それが今は鏡のように初夏の太陽の日差しを跳ね返していて、暑いの二文字では収まりきらないほど暑い。

 蒼が胸のボタンを二つ外してパタパタと仰いでいると、女性が電話ボックスから出てきた。

 立ち上がり、意を決して声をかける――も、今日も俯いた顔が上がることはなかった。


 「俺の覚悟を返してくれよ……」


 これがもう少しだけ背が高くて、もう少しだけ顔が良くて、もう少しだけイケボなら構ってくれたかもしれないが、ザ普通の蒼は全く相手にされない。

 しかし蒼は切り替えて、電話ボックスに向かった。

 外から見ても暑そうだが、入ると予想を遥かに上回る暑さで圧倒してくる電話ボックス(こいつ)は来るものを拒んでいるのでは、とさえ思うほどだ。

 蒼は扉を開けっぱなしておきたかったが、それはもう実証済み。どうやらこの電話ボックス内が外界と隔絶されない限り異世界転移は発動しない仕様になっている。

 蒼は仕方なく扉を閉め、慣れた手つきで電話を操作し、そして……


 「酸素がありますように……!」


 息を吸って目を閉じた。




            *




 意識が構築される。耳に飛び込む雑音が徐々に大きくなってゆく。

 蒼が目を開けると、それは正しく正統異世界ファンタジーの如く、中世ヨーロッパの街並みが並ぶとても綺麗な街だった。


 「す、すげぇ! 初めてまともなとこ来た!」


 蒼はキョロキョロと辺りを見回してみた。どこを見ても赤茶色のレンガで作られた建物。そして、様々な髪の毛の色と目の色、耳の形や尻尾の人達が行き交っていた。


 「ちょい、兄ちゃん。そこでボケっと立ってっと通行の邪魔だぜ?」


 肩を突かれ、声のした方へ顔を向け――そこには蒼の頭一つ分は大きいだろう男が立っていた。手に持っているのが買い物袋でなければ、その場で失神していたかもしれない。


 「あ、はい……すみませんでした……」


 それを聞くと大男は満足そうな顔で立ち去った。

 蒼はとりあえず道端の屋台の陰に腰を下ろした。

 今回の時間はそこそこ早めである。砂の流れから見るに、五分と持たない。

 とはいえ、


 「流石にこの雰囲気で俺の出る幕は――」


 無い、そう言った言葉は正面の店から発せられた爆発音によって掻き消された。


 「な、何事……」


 思わず立ち上がった蒼の横をするりと抜けていく一つの影。


 「そこの青年! お前じゃ! 頼む、奴を追ってくれい!」


 息を切らして出てきた店主と思しき小太りの男は、蒼にそう頼み込んだ。


 「チッ……俺の異世界旅行の計画が……」


 蒼は男をちらりと見ると、影が消えた路地に飛び込んだ。正直右も左も分からない世界で人を追いかけるなんて無謀だと思うが、与えられたチャンスだ。どうして無駄にできようか。

 蒼は歯を食いしばって、全速力で路地を走り抜けた。

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