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即席勇者!村を守れ!

 あれから三日が経った。気が付けばもう金曜日。週頭のせいでトラウマになっかたと思ったが、身体はいつものように電話ボックスに向いていた。

 とはいえ火曜から木曜は酷かった。

 火曜日にもちゃんと異世界転移した。のは良かったんだが、移動した世界は何もなくて、上も下も分からない無の空間でただぼぅっと過ごすだけ。誰ががやってくるわけではない、つまらない時間だった。

 水曜日に移動した世界は、地面が波打っていた。目を凝らしてみると、沢山の植物が生えてはすぐに枯れて、その下からまた新しい芽が出てくる。そしてその芽が生えては枯れ、を繰り返す「生」がとても早い世界だった。そんな感じでその世界の滞在時間はほんの十数秒。五十円を無駄にした気分だった。

 昨日の木曜日に移動した世界は、ただ岩石に覆われ、何もない世界だった。生き物も生存していない。更に酷いことに空気が無かった。この異世界転移を数回繰り返したが、最速の死だった気がする。


 そんなこんなで今日の金曜日、今週はまだまともな異世界に転移していない。なにせ二回も死んでいるのだから。

 蒼はそんなことを考えながら、だんだんと分かってきた不思議な電話ボックスの事をメモしていった。

 この数日で分かったことはいくつかある。


 一つ目。

 絶対に先客の黒髪ロングの美人っぽい人が入っている。

 これはとても不思議だった。家でゲームばかりしている蒼にとってこれは何かのヒントになるのではないかと思わせたが、全くもって不可解。女性に話しかけようと声をかけたが、全く反応なし。非常に不思議である。

 二つ目。

 転移する世界はランダム。

 転生転移物の小説や漫画は大体空気があって酸素があって、人がいる。ただしそれは作者の勝手であって、確実にあるとは限らない。あれは妄想の域だが、この電話ボックスは、異世界というよりも、宇宙のどこかの星に繋いでいるような感じがする。

 三つ目。

 死んだら強制リターン。

 これは有難い。死んだらもう戻れませんなど嫌だ。だってまだ、ほら、どう……ていだし。

 とはいえ二つ目で挙げたが、宇宙のどこかの星に行っているのなら、死んだらゲームオーバーのような気もする。その辺はよく分からない。

 四つ目。

 十円で一分会話できる電話ボックスで、五十円を入れると五分になる。つまり異世界転移は五分だけ。これは非常に悩んだ。何せ明らかに五分ではない星も行ったからだ。

 悩んだ末、ある仮説を立てた。それは、その星の一日に対する五分の量であるのではないかと。今はこれが最有力だ。


 蒼は駄菓子屋の前に座り込み、メモ帳を鞄にしまってから電話ボックスを見た。やはり黒髪ロングの美人っぽい人が入っている。もしかするとあの人も転移しているのかもしれない。

 少しすると、女性は受話器を置き、錆びついている扉を音一つ鳴らさずにするりと出てきた。

 蒼は、その姿を目で追って、線路の向こうに消える事を確認してから立ち上がり、電話ボックスに入った。

 そろそろ梅雨も明け、いよいよ夏本番となる七月頭。電話ボックスの中はサウナのような暑さで、更に西日という追い討ち。


 「異世界転移も大変すぎるんだなぁ……」


 などと蒼はぼやくが全くもって涼しくなるわけではない。

 左手で受話器を持った。前の人が握っていたせいで少し温かい。

 蒼は汗ばんだ指でポケットから五十円玉をつまみ、それから硬貨投入口に入れた。

 チャリンという聞き慣れた音がし、蒼は目をつぶって指先の感覚だけでボタンを押した。もちろんボタンが沈むことはない。

 沈むことのないボタンを少し長めに押し、それから目を開いた。


 「……空気……あるな」




            *




 蒼は受話器を置くと、周りを見渡した。

 見えてくるのは、漆黒といくつかの赤い光。夜のような静けさと、時々響く人の声のようなもの。それらが混ざり合って、とても恐怖を煽る。

 蒼は遠くに見える赤い光を目指して歩き出したが、どこを向いても暗闇で全く分からない。


 「あれか、今度は日のない世界か。地味に寒いし」


 吐き出す息が白く、顔を包む。今までかいていた汗が嘘のように引いた。

 少し歩くと蒼は、その赤い光の正体に気が付いた。


 「松明か……ということは」


 ゲームでは大体人がいる。お決まりだ。

 蒼は木を組んで三脚のようなものに乗せられている松明を取り、辺りを照らした。が、流石に松明ではそこまで遠くが見えない。

 蒼は胸を見た。ぶら下がる砂時計の砂はゆっくり落ちている。今回は時間の流れが遅い世界なのだろう。

 蒼がもう一度目線を上げた時、目の前に浮かび上がる人の顔に蒼は驚き思わず尻餅をついてしまった。


 「な、貴様! 何をしておる!」


 うっすらと浮かび上がる顔面は、眉間に皺を寄せ、睨みつけていた。


 「いやっ、たまたま通りすがっただけなんです」


 蒼は、尻に付いた土を叩きながら立ち上がった。


 「そんな事を聞いておるんじゃない! 早く松明を元に戻さんか!」


 人影は木で組んだ三脚を指差し、叫んだ。


 「早くしろ! 奴らが来る!」


 蒼は肩をびくっとさせて、慌てて松明を元に戻した。そして、恐る恐る尋ねる。


 「あ、あの、この松明は一体……」


 人影は表情を変えず、淡々と答えた。


 「我らシータン村に伝わる伝統の結界術だ」

 「結界術……?」

 「そうだ。獣から村を守る唯一の方法だ。しかし」


 人影は更に強く蒼を睨んだ。


 「貴様が松明を取ったせいで結界が揺らいだ。もしかすると獣が村に侵入しておるかもしれん」

 「獣……もし良ければ何か手伝わせてください。松明を取ってしまった罰を償いたいのです」


 蒼は申し訳なさそうに伏し目がちで提案した。人影は表情を崩し、少しだけ口角を上げると、


 「そうだな、名案だ。貴様も討伐を手伝え」


 火影に揺らぐ彫りの深い顔面が、うっすらと笑い、蒼を見下ろした。




            *




 「名はソウと言ったか。貴様にも武器をやろう」


 村の広場と思われる場所に連行された蒼は、村民の前で紹介され、武器と、蒼の薄着に気が付いた村民が獣の毛皮の上着を貸してくれた。

 グリップの質感は固く、木の様な手触りだった。あと、野球のバットよりも短いはずだが、見た目以上の重さがあった。


 「剣とか無いんですか」


 蒼の突然の質問に、村のリーダーと思しき人物は少し頬を紅潮させて、


 「馬鹿言うな! 金属製品など高価過ぎて買えるわけなかろう!」


 蒼は、またしても驚いた。

 ファンタジーと言えば剣や槍や弓や盾などの鉄製の武器だと思っていたが、金属製品という事はそれなりに精錬技術がいる。つまり、高級品である可能性もあるのだ。

 蒼は手に握っている棍棒(こんぼう)を見た。

 持ち手から先端にかけて膨らんでいる非常に原始的な棍棒だが、やるしかない。

 蒼は腹をくくり、ゆっくりと流れ出した人の波に乗って、村の松明の内側の捜索を始めた。


 と、まだ歩き始めて数歩のところで、先頭がざわつき始めた。どうやらその「獣」とやらが居たらしく、棍棒で殴る鈍い音と、「獣」の呻き声が響いた。

 蒼を含めた後方集団は、闇に目を凝らし「獣」が居ないかどうか慎重に歩き始めた。蒼もそれに乗る。

 先程まで先頭集団が戦いを繰り広げていたところには数匹の「獣」の死体が転がっていた。「獣」の姿はまるで猿の様で、手足が長く、爪が非常に鋭い。引っ掻かれたら終わるかもしれない。そんな恐怖が蒼を襲ってきた。

 震える脚をパンッ、パンッと二度叩き、自分を奮え立たせた。

 男たちの白い息はまるでドラゴンの様になって、その場を支配していた。


 「そこだっ! 左の家の方へ向かうぞ!」


 無言だった集団の中から突然声が上がった。それをきっかけに、数人の男たちが走り出した。蒼もここぞとばかりに走ってついていく。

 と、数人の男たちが二手に分かれ、家を取り囲んだ。


 「どこかに潜んでやがる! 気を付けろよ!」


 瞬間、叫んだ男の喉元めがけ何かが飛んできた。男は咄嗟に身体を後ろに傾けて攻撃をかわす。物陰から飛び出した猿はそのまま男の後ろに飛んで、男と背中合わせになる形になってしまった。男は瞬時に振り向き、猿の隙を逃さない。


 ――バキッ!


 男が振り落とした棍棒は見事猿の脳天を直撃し、猿は即死した。


 「ふぅ、危うく言い出しっぺの俺が死ぬところだったぜ」


 男は、仲間に少し微笑んでからまた別の場所に移動し始めた。

 蒼はその場面を立ち尽くして見ていた。

 目の前で生き物が死んだ。

 高校生には少しばかり過激過ぎる。

 映画では見たこともある戦闘シーンは、リアルで見る「命のやり取り」とは違う。

 目の前を歩く男は、今まさに自分の命をコインとして賭けに出た。あとほんの少しだけ反応が遅れていたら――。

 蒼は、想像するだけでも吐き気が込み上げそうになり、なるべく猿の死体を見ないように男たちの後ろをついていった。


 村の全貌は暗くてよく見えなかったが、そこまでの大きさの村では無いのか、あっという間に最初の広場まで戻ってきてしまった。

 蒼のした仕事といえば背後の確認程度なもので、ほとんどの猿は別の男たちに早々に倒されていた。


 「よっ、村長の怒りを買った旅人さん」


 ニコニコとした表情で近付いてきた若そうな男は、初対面にもかかわらず馴れ馴れしく肩を組んでくる。


 「まぁあれだ。災難だったな」

 「だってフツー松明で結界なんて聞かねぇよ……」


 男はアッハッハと声を上げて笑った。

 しかし蒼が睨むと、


 「あ、いや、悪い……でもまぁ、よくも逃げずに手伝ってくれたもんだよ。頼もしいね」


 ニコッと笑う若い男は、黒目を少しだけ動かした。


 「しゃがめ!」


 蒼は一瞬意味が分からず、その場に突っ立ってしまった。若い男はその蒼の手を強引に引っ張り、蒼を横に突き飛ばした。

 突き飛ばされた蒼の真横を、月光に輝く一筋の光が流れた。

 光の筋は凄まじい速さで若い男に激突すると、男をそのまま吹き飛ばした。

 地面に着地したのは猿だった。

 猿は素早く地面を蹴り、吹き飛ばした男に向かって牙を剥いた。

 蒼は、その行動にハッとし、右手に持っていた棍棒を全力で猿の頭めがけて投げた。ゴリッと肩が外れる音がしたが、蒼はそんな事も気にせず、投げた棍棒の行方を追っていた。

 棍棒は一直線に猿の後頭部を叩き、猿が男に牙を刺す前に息途絶えた。

 その蒼の勇敢な姿に広場のあちこちから歓声と拍手が上がった。

 一斉に蒼の元へ男たちが集まり始め、いつのまにか胴上げが始まっていた。外れた肩は無理矢理はめてもらったが、炎症を起こしておりとても痛い。

 しかし男たちはそんな事もお構いなく蒼を空中へ何度も投げた。

 蒼も蒼で、されるがまま、という感じでそのまま身を預けていた。

 一通り胴上げが終わると、男たちは口々に感謝や感嘆の声をかけ、頭を何度も叩かれた。


 「もしかして旅人さん、かなりの手練れだったりする? あの動きは素人じゃないだろう?」

 「え、いや、まぁ、それなりに経験値はあるので、はい」


 端から端まで嘘で作られた蒼という人間像だが、異世界ぐらい勇者気取ったって誰も怒りやしない。そう考え、何度も頷いた。




 しかし、そんな幸せな時間もいつか終わりを迎える。

 蒼が胸の砂時計を見たとき、もうほとんど砂は残っていなかった。

 蒼は周りを見渡し、遠くに青白く光る縦長の物体を見つけ、歩き出した。


 「あれ、旅人さん。どこへ行くんだい?」


 気付いた村民に声を掛けられる。


 「あ、あぁ……ちょっとそこまで用を足しにな」


 などと適当に理由をつけ、その縦長の物体を目指した。

 蒼の歩く足の裏にはちゃんと地面がある。土のデコボコ感、草の生えている生えていない、石がある無い。空気は澄んでいて、乾燥した冷たい風が頬を撫でる。なのに、この電話ボックスに入った瞬間、元の世界に戻される。

 なぜか今日はそれが惜しかった。いつもなら何とも思わない転移が、今日は特別だった。人を助けたから、村を救ったから。違う。違うんだけど、それを言葉にするのはとても難しい感情が、蒼の手を止めていた。

 しかし蒼は首を振り、余計な思考はシャットアウトした。そして、扉を手前に開け、中に入った。

 中に入ってから、蒼は借りた毛皮の上着を返そうか悩んだが、どうせ元の世界に戻れば無くなっている、そう思い、返しに行くのをやめた。それに、今返しに行ったらもう二度と帰らないかもしれないからだ。


 蒼は左手で受話器を取り、息を吸い込み、目を瞑ってから、指先の感覚で適当なボタンを押し込んだ。ボタンは沈む事なく、蒼の指を押し返すように固かった。




            *




 目を開けると、久しぶりの光が飛び込んできた。そして数秒してから、騒がしくなく初夏の蝉の声が聞こえ、先程の寒さから一転、皮膚を焼くような西日が蒼を照らしていた。


 「戻ってきたのか……」


 蒼は呟き、左手に握られている受話器を置いた。そして身体を反転させ、扉を開ける。外は少しばかり風が吹いていて、電話ボックス内よりは幾分暑さがマシだった。

 蒼が出てすぐ、駄菓子屋の前ではおばあちゃんが打ち水のように、ホースで水を撒いていた。


 「長電話だったねぇ」


 おばあちゃんはホースの水を止め、蒼に話しかけた。


 「え、えぇ。少し立て込んでいましたので……」


 と、蒼が答えると、おばあちゃんは目を細めて、


 「()()()()()()()()()()


 と、言うと、シワシワの顔を更にシワシワにして笑って店に戻っていった。

 蒼は、背筋に冷や汗が垂れるのを感じた。

 このおばあちゃんは、一体……


 蒼はそのままその場でおばあちゃんのレジを打つ姿を見続けていた。

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