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即席勇者!洞窟の主

 ――キーンコーンカーンコーン……


 気がつくと最後の授業の国語の時間が終わりを告げた。

 今日の授業は確か……太宰治の……なんだっけ。

 そんな事はともかく、蒼の頭の中は先週の出来事でいっぱいだった。

 ちょっとやましい気持ちで入った電話ボックスで、夢を見た。リアルな夢を。いや、夢のようなリアルを。


 (けどなんだったんだろう……電話ボックスに五十円玉を入れて、ボタンを押そうとしたけど押せなくて無理矢理押したら移動したんだよな……)


 教室後方の中央、目を閉じ腕を組む青年は、かなり好奇の目に晒されていた。


 「お、おい蒼! 何悩んでんだ……?」

 「バカで間抜けで能天気で天然の蒼が悩み事だと……!」

 「いやお前ら俺をどんな目で見てたんだよ?!」


 机を両手で叩いて立ち上がって反論した。

 友達の二人の男は、少し驚いた表情をしてこちらを見てくる。


 「……俺ってそんな感じなの……?」


 無言で二度も頷く奴ら。


 「ま、今日は蒼も追試無いことだし、どっか飯食いに行かね?」

 「おー! それ賛成! あと隆也と敦史も呼ぼうぜ!」


 などといつものテンションで放課後の有り余った時間の消費方法を練っていたが、


 「ごめん、ちょっと用事思い出した……」


 蒼が後ろ頭を掻きながら申し訳なさそうに言うと、二人は顔を見合わせ、そして蒼を向いて、


 「おまっ、まさか彼女か!?」

 「嘘だろ……抜けがけなんて許さねぇ!」


 と、急に騒ぎ出す。一体どれだけのエネルギーを弄んでいるのか……


 「ちげーよバカか。彼女なんて居たらお前らとは口もきかねぇよ!」


 まぁいねぇよな、と友達二人から安堵の声が漏れる。全く失礼な奴らだ。ただし、これが男子高校生の勢いとネタである事は周知の事実。少しだけ二人を睨むが、そこに敵意はない。


 「じゃあまぁ、今日は俺お(いとま)するわ」


 友人二人に手を振ると、彼らも、


 「おう! また明日な!」


 と、手を振り返してくれた。

 荷物を持ち、扉を開け廊下に出ると、滑る廊下をキュッと音を鳴らしながら蹴り出した。


 「用事ったらそりゃ……!」




            *




 キィーー、という音でチャリは運動を止めた。

 駄菓子屋の前にはおばちゃんの人だかり。どうやら今日は駄菓子屋のおばあちゃんの誕生日らしく、多くの人がお祝いに来ていた。

 蒼は、その横に邪魔にならないようにチャリを置き、電話ボックスを見た。

 そこには、先週と同じような長い黒髪の女性が電話をしている姿があった。

 背を向けているため表情が分からないが、おそらく美人。毎度そう思う。

 蒼は待っている間、財布を確認した。


 「えぇっと、ちゃんと五十円玉は……ある!」


 今日の昼に自販機でジュースを買ったおつりだ。

 決してわざと五十円玉を作り出した訳ではない。心にそう言い聞かせる。

 座り込み、取り出した五十円玉を器用に手の上で転がしていると、


 「ぼく、昨日もここにおったじゃろ」


 と、上から声を掛けられた。頭をあげると、白髪にシワシワの顔をした老婆が立っていた。


 「そうなんです。色々あって、試したい事が」

 「試したい事……? まぁ今の若いもんには電話ボックスちゅうもんはめずらしいからのぅ」


 そう言いながらおばあちゃんは無造作にポケットに手を入れて、


 「ほれ、飴ちゃん。美味いでぇ」


 シワシワの顔に更にシワを寄せて笑っていた。

 蒼は、おばあちゃんの手から飴を受け取ると、早速袋を開けて食べてみた。


 「なぁばあちゃん、これ、何年もの?」

 「ババァの七十年ものよ」


 ガハハと大笑いしながらおばあちゃんは去っていった。

 蒼は舐めるのを止めようか悩んだ。

 でも折角貰ったので、舐めた。普通のオレンジの味だった。


 しばらくして、するりと電話ボックスから女性が出てきた。女性は下を向いたまま足早に線路の方に歩いて行ってしまった。蒼はそれを見届け、電話ボックスを見た。

 もし、先週と同じならば……

 ぎぎぃと音を立てて扉を開けた。目を硬貨投入口に合わせる。


 「……五十円玉……」


 間違いない。昨日と同じだ。蒼は確信した。


 「異世界に……行ける……」


 喉がゴクリと鳴る。

 左手で受話器を取り、蒼は少し震える右手に持っていた五十円玉を硬貨投入口に合わせ、指を離した。


 ――カチャリン


 五十円玉は無事に通った。

 蒼は緊張と興奮と戸惑いを合わせた眼差しでボタンを見、そしてゆっくりとボタンを押した。

 ボタンは沈み込むことなく、指を押し返してくる。

 蒼は、静かに息を吸い込み、目を閉じ、指先の感覚だけでもう一度ボタンを押した。


 ……。

 …………。

 ………………。

 ……………………。


 「……成功……した!」




            *




 目を開けると、眼前にはまた青々とした木々が生い茂っていた。鳥のさえずりも前と同じように聞こえる。しかし、


 「前とは出現場所が変わるのか……」


 蒼の右側には、ぱっくりと口を開けた人が入れるには余裕のある洞窟があった。


 「でもさすがに一人で行くのは……なぁ……」


 蒼は一旦目線を古びた緑色の電話に戻した。相変わらず苔や錆で汚い。

 左手に握っていた受話器を置き、胸に掛かる砂時計を見た。


 「やっぱり時間制限はあるのか。転生じゃなくて転移ってところか……まぁ、死んでないわな」


 と、何気なく砂時計を見ていたが、あることに気がつく。

 砂時計の上から落ちる砂の勢いが弱いのだ。


 「……つまり、時間の流れ方も異世界じゃ違うって訳か……? どういう仕組みなんだ」


 蒼は自分の弱い脳みそをショート寸前までフル回転させたが、何も分からなかったので、思考をやめた。

 そして、蒼はもう一度洞窟を見た。


 「ゲームやってっと、ここに入るのは危険なんだが……」


 とは言うものの、足は一歩ずつ確実に歩みを進める。


 「あー入りたくない、やだやだ……あー! 暗い怖い!」


 まだ洞窟の前だと言うのにも関わらず騒がしく独り言を叫んでいると、不意に背後から声を掛けられた。


 「あのぉ……」

 「わひぃ!」


 自分の驚く声に驚いた。まさかこんな乙女みたいな声が出るとは……恥ずかしい。


 「そ、そんなにびっくりした? ごめんね」

 「あ、いや、その、大丈夫です」


 声を掛けてきたのは、顔立ちの整った少女だった。年は十五、六辺りだろうか。お腹と太ももと肩が大胆に露出する、健全な男子高校生にはハード過ぎる服装だった。


 「服装えっるぉ……」

 「? 私何か付いてる?」


 見つめられて、自分の顔を手で押さえ、自分の体をきょろきょろ見る少女に蒼は、


 「ごめんごめん、なんでもないよ。それより、ここの洞窟って?」


 少女は見回すのをやめ、真顔に戻った。


 「まさかあなた知らないのにここにいるの? それにそんな軽装備……何者?」


 少女の目に、疑念の色が宿った。

 確かに少女の背中には、その可憐な姿には似合わぬ大きな剣のような武器がくっ付いている。


 「え、いや、気が付いたらここにいて……それで、ここってそんなに危険なの……?」

 「まぁ、初心者には向いてないわね。なんせ甲虫類の巣窟ですもの」


 全く反応を見せない蒼に、少女は、


 「も、もしかして甲虫類を知らない、なんて言わないわよね?」

 「クワガタとかカブトムシとか、じゃなかったっけ……?」


 少女は首を傾げ、小さくため息をついた。


 「甲虫類を知らない人に会ったのは初めてよ。いいわ、教えてあげる。甲虫類って言うのは、簡単に言うと外殻がとても硬い虫よ。だからこの……」


 少女は背中に挿してある武器を抜いた。

 その武器は、先が尖っており、一言で表すならば、千枚通を大きくしたようなものだった。


 「これじゃないと外殻を貫けないの」


 少女は、ドスン、と地面に突き刺して見せた。美少女が大きな武器を持つ、なんて魅力のそれ以外何者でもない。


 「ほ、ほぇ……で、なんでそんなもん狩りに行くんだ?」

 「質問ばっかりでうんざりね。この甲虫類の外殻は硬いから盾として高値で売れるの。特に光輝くものは貴族が言い値で買い取ると言いだすほどよ。だから取りに行くの」

 「金のためか……それ、俺にも出来たりする?」


 蒼の質問に、少女は手を顎に当てて唸る。


 「んー……見た感じ、筋肉が無いわけじゃなさそうだし、やってみる? 死んでも責任は取れないけどね」


 少女はにこっと笑うと、背中から予備の千枚通しを取ってこちらに投げてきた。


 「うぉっ、重てぇ……」


 受け取ったは良いが、どう使えばいいか分からない。大きさは思っていたよりは小さかったが、それでも一メートルは軽くある。重みも、少なくとも竹刀よりは重い。でかいボトルの炭酸を二本買った時と同じぐらいだろうか。


 「さ、行くならさっさと行きましょう!」


 少女は小走りでこちらに向かってくると、蒼の肩を少し叩いて洞窟に駆けてゆく。


 「お、おい! 待ってくれー!」


 蒼は重たい千枚通しを片手に持ち、少女の背中を追った。




            *




 洞窟に入ると一転、目の前が真っ暗になり、そして肌寒い。それが影響してか心の底から恐怖が込み上げてくる。


 「そういえば自己紹介してなかったな。俺は浅井蒼。アサイ、ソウだ」

 「アサイ、ソウ。この辺の人じゃないのね。私はヤチャよ。よろしくソウ」


 真っ暗でよく見えないが、ヤチャと名乗った少女は、笑っているように見えた。


 「ところで、ヤチャさん。なんでさっきから俺の手を握っているのか、な?」

 「わ、私、実は虫が苦手で……その……」

 「え!? ちょっと待って、なんでこの狩猟に来たの?」


 ヤチャは何も答えない。というか、答えるべきなのか迷っているように見えた。暗闇だが。

 そしてヤチャはゆっくりと、しかし簡潔に話し出した。


 「私の家は、お母さんと妹の二人暮らしで、お父さんは徴兵で家に居ないの……。それで、私もお金稼がないと生きていけなくなっちゃって……」


 それは災難だったね、なんて心にも無い事を発言するようなしょうもない男ではない。

 蒼は、


 「そうなんだ……それは……大変だったね。じゃあこの甲虫類の外殻を取ってくればいいの?」


 ヤチャは立ち止まった。


 「も、もしかして取ってきてくれたりするの?」

 「え、あ、そうなる?」


 違うの? と返ってきそうな彼女の口を塞ぎ、


 「いや、うん、そうだ。俺が取ってこよう」


 ここで魅せなきゃ男が廃る。ただでさえもう手遅れなのに。


 「ほんとに?! やった! ありがとうソウ!」


 ヤチャは跳ねて喜び、そして蒼の頬に自分の頬を当てた。


 「……! ヤチャさん!?」

 「ありがとうって意味よ。こっちではそうするの」


 蒼は、バクバクと鼓動をする心臓を隠すように、自分で納得する。あくまで感謝の行動なのだ、と。


 「じゃ、じゃあちょっと行ってくる……」

 「うん! 気を付けてね!」


 明るい黄色い声援を背中に受けながら、蒼は洞窟の奥へと足を運んだ。

 内心では、女の子に良いところを見せた自分を褒め称えていたが、その反面、彼女の期待に応えられるかどうかという不安に駆られていた。


 「にしても全く見えないんじゃ話にならないよな……」


 蒼は手を壁に合わせ、足裏の感覚を確かめるように一歩ずつ確実に進んだ。砂時計の砂はまだ十分あるはずだ。外で見たときにあまり減っていなかった。とは言え、あまりゆっくりしている時間も無い。これが切れると現実に引き戻される。それだけは避けたい。

 蒼がそんな事を考えていると、前から何やら動く音がした。

 目を凝らしたが、なにせ真っ暗なので全く見えない。音を頼りにするしか無いが、生憎そこまでの聴覚を持ち合わせていない。


 「結局無理なんじゃ」


 諦めを口に出した瞬間、壁や天井や地面が一気に揺れる感覚がした。


 ――来るっ!


 蒼は方向転換し、慌てて走り出した。ところどころで転げて、すねを打ったり肘を擦りむいたりしたが、気にせず走り続けた。


 「確か途中でくぼみがあったはず……」


 蒼は手を壁から離さず、くぼみを探した。

 そして、今日はツイていた。


 「……あった! 流石俺。今日の運勢ナンバーワンだったからな」


 蒼はくぼみに体を縮めて入ると、甲虫類とやらが来るのを待った。

 確実に近づいている。奴らは俺らを食べるつもりなのだろうか。









 ――ギギッ……!


 蒼はその音で体が動きを止めた。しかし、ある意識だけは正常だった。


 「オレンジ味……なんで、飴……」


 蒼はこちらを覗く大きな目に恐怖しか感じない。

 口から漏れるのは言葉にならない音と、飴のオレンジの香り。


 「あ、あぁ、ああ?」


 蒼は大誤算をしていた。異世界には何も持っていけないと思い込んでいた。

 大きな目は後ろにズレ、そして細長く所々に棘がついた黒い腕が一本二本と伸びてきた。


 「う、わぁぁああぁぁ!」


 蒼は、咄嗟に片手に持っていた千枚通を前に突き出した。幸い、虫の腕が届く前に先に、千枚通しの先が虫に刺さった。

 虫は大きく牙を動かすような音を鳴らしながら暴れ回る。

 蒼は腕が引っ込んだ隙に、くぼみから飛び出し、口に含んでいた飴をくぼみに吐き捨てた。

 最後の希望だった。もし、この暗闇、視覚ではなく嗅覚を頼りにしているならば、おそらく……

 虫は、蒼の思惑通りの動きを見せた。くぼみに頭から突っ込んでいったのだ。


 「かかったか? バカ虫ケラがぁ!」


 暗闇で蒼には全く見えなかったが、蒼は千枚通を両手で持ち、ジャンプした。


 「くらえっ! オルァァァ!」


 蒼は叫びながら千枚通を振りかぶり、思い切り体重を乗せて虫の背中に突き刺した。手は、まるで石を殴ったかのように痛くなり痺れたが、確かに刺さった感覚があった。


 ――ガギギギ……


 虫の動きがだんだんとゆっくりになっていく。蒼には、それが地面を伝って分かった。


 「任務、完了」


 蒼は、大きく息を吐き、胸を撫で下ろした。




            *




 地上に戻ると、太陽かどうかは分からないが、光が強く感じた。目が痛かった。


 「ソウ! だ、大丈夫?」


 ヤチャは入り口で待っていたらしく、地上に出るなり抱きついてきた。

 少し前の蒼なら顔を赤らめて飛び跳ねただろうが、今はそんな気力も無い。


 「大丈夫だ。お目当ての品はこちらで?」


 ヤチャに問いかけると、虫と蒼を交互に見て、目を輝かせた。


 「す、すごい! 本当に倒すなんて……ソウって実は有名な狩人だったりする?」

 「ははっ、有名な狩人がこんなにボロボロだったら最高にカッコ悪いだろうよ」


 膝から足首にかけて一筋の血が垂れていた。ずっと壁を探っていた手の指先の皮は剥けて肉が見えていた。


 「銀色の甲虫類……」

 「ご不満?」

 「……最高品よ! やっぱりソウは凄い人なんじゃない!」


 そんなことはない、言おうとしたが、喉からは生暖かい液体が溢れ出た。


 「ゴフッ!」


 蒼は、両手を地面について、四つん這いの形になった。


 「ありがとうね、ソウ!」


 そういう彼女の目は笑っていなかった。まるで虫ケラを見るかのような……酷く冷たい目をしていた。


 「流石に私一人じゃ無理よね。だって一匹で村一つ消せる化け物よ?」


 蒼は、薄れる意識でヤチャを睨みつけた。


 「そんな顔しないでよ。そうよ、私の事は全部嘘。私は甲虫類(こいつら)を倒した奴を殺して奪う盗賊。あんたには死んでもらうわ。残念だったわね。お人好しさん。あと一つ、ヤチャっていうのは蛮族の偽名よ」


 彼女は、胸に隠していた短剣を取り出し、蒼の胸を目掛けて突き刺した。

 蒼はその瞬間、視界が見えなくなった。




            *




 蒼は、ハッと顔を上げた。

 見慣れた街並み、ボロい電話ボックス。


 「戻ってきた……」


 蒼は、先程の出来事を思い出していた。

 ヤチャが、いや、蛮族の少女が嘘をついていた。

 俺は騙された。

 死ぬほど苦しい思いをして、裏切られた。

 蒼は、心のそこから怒りが込み上げてきた。


 「……くそっ!」


 思い切り電話を殴った。

 鈍い音と共に、拳にじんわりと痛みが襲ってきた。

 膝の傷は無くなっていた。指先の皮は引っ付いている。

 ただ、心につけられた傷が、今一番痛み出した。

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