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即席勇者!異世界転移!

 キーンコーンカーンコーン……


 怠い、非常に怠い本日最後の数学の授業が終わりを告げた。一気にクラスの緊張が解け、騒がしくなる。数学の担当教員が教室の扉を開けると同時にクラス担任が入ってきた。


 「よし、じゃあ席につけー」


 担任は自分のくせ毛を弄りながらめんどくさそうに呼びかけるが、金曜日という事もあり、なかなか盛り上がりが冷めない。


 「おーい、帰るのが遅くなるぞぉ」


 担任は教卓に両手をついて身体を前に突き出す。

 生徒は担任の顔を見て、友の顔を見て席に着いた。


 担任の話は実に長い。無駄話が多すぎるのだ。

 内容はほとんど聞いてなかった。確か、明日は休みだが浮かれないようにとかうんたらかんたら。


 「なぁ、蒼。担任(アイツ)の話長すぎねぇ?」

 「毎回毎回聞き飽きたよなぁ……」


 隣の席の奴に肩を叩かれて適当に応じておく。それより心配なのは、この後ある追試だ。

 蒼は隣の奴の方に顔を向けて、


 「追試、勉強した?」

 「はぁ? するわけ無いじゃんバカらしい」


 諦めているのか、それとも開き直っているのか分からない声色で返された。これ以上返しようがない。

 そうこうしているうちに担任の話が終わったようで、バラバラと追試の無い帰宅部や、部活へ行く人がクラスを出て行く。俺も本来ならその一員なのだが……


 「じゃあなぁ蒼。追試落ちてこいよ」

 「もう帰らなくていいぞ」


 などと追試の無い友達に冷やかされ、友達を睨むも笑顔で返された。内心舌打ちをしながら、よく考えれば、テスト前漫画ばかり読んでいた自分に責任がある事に気付き、過去の自分を殴ってやりたくなった。


 「んだよ……なんで追試二人しか居ねぇんだよ……」


 蒼と隣の奴以外居なくなった教室で、小声でぶつぶつ言いながら筆箱を開き、シャープペンシルを握る。基本的に上の部分を押せば芯は出てくるのだが、


 「あのさ、シャー芯持ってねぇ?」


 隣の奴に助けを求める。

 が、


 「無いよ」


 それはたった三文字で人を絶望の底に叩き落す最高で最悪のワードだった。




            *




 「そこまでっ」


 生徒二人と教師一人という寂しい空間に、男性にしては割と高めの声が響いた。

 結論から言うと、全部寝た。

 最初は持っていた鉛筆で書こうとしていたのだが、残念ながら長年筆箱の衝撃を受け続け、その老体にガタがきていた。つまり、芯が折れていた。

 なぜこうも運命は味方しないのだろうとつくづく思う。少しぐらい手段選ばせてもいいじゃないか。

 蒼は筆箱をスカスカの鞄に詰め、眠たい目を擦りながら、廊下に出ようとした時、教師に首根っこを掴まれた。


 「浅井、せめて名前でも書いとけよ」

 「シャー芯無くて書けなかったです……はい」


 俯いたまま言うと、教師の手が左肩に乗った。顔を上げると、教師は哀れむような目で見ていた。


 「あ、あの」

 「大丈夫だ。君は二年生だし、挽回のチャンスはまだまだある。たとえ路頭に迷うことがあっても、先生の実家の農家紹介してやるから、な」

 「いや、それだけはマジ勘弁。先生の親父の元とか今の環境より嫌」


 冗談っぽく言ったのが通じたのか、教師は楽しそうに笑って、肩から手を離した。


 「それじゃ」


 廊下に出て片手を上げ、教師に別れの挨拶をする。教師も真似るように片手を上げて笑ってくれた。まだ陰キャではないらしい。

 やけに暗くなった廊下を小走りに駆ける。


 「季節的に日が落ちるのが早いな……」


 廊下をこだまする自分の声。その他にもう一つ音が聞き取れ、廊下の窓を開ける。


 「んなわけ無いよなぁ……だって今梅雨だし……」


 先程まで降っていたなかった雨が、今は外に出る人全員に滝行でもさせるのではないかと言うほど降っていた。

 窓を静かに閉め、下駄箱に向かった。


 「まぁもちのろんで長靴では無いし傘は無いしカッパもない。どぉすっかなぁ……」


 入り口で腕を組んで下駄箱を睨んでいると、ある良いアイデアが浮かんだ。


 「そうか、母さんに迎えにきて貰えば、難なくクリアだ。流石天才俺。えーっと、近くの電話ボックスは……」


 自分で自分を褒めて伸ばすタイプ。悲しくはない。

 帰り道にある踏切を渡ったところに小さな駄菓子屋がある。そこの横に古い電話ボックスがあり、たまに人をみかけるので、まだ使えるはずだ。

 靴を履き替え、駐輪場まで走った。幸い、雨は少し収まりつつあった。

 自分の自転車の所に向かい、鍵を無くし鍵が掛からないチャリを引っ張り出し、近くを歩く部活中の友達に声を掛けられながら正門を目指す。


 「浅田〜、お前また追試かよ」


 去年の担任に声をかけられた。早く帰りたいと言う心を抑えつけ、担任に笑顔を向ける。というか雨の中話しかけて立ち止まらせないでくれ。


 「そうなんっすよ。受けたくて受けてんじゃないっすけどね」

 「去年から相変わらずだなぁ……」


 担任は苦笑いを浮かべ、それじゃ気を付けて、と手を挙げて颯爽と走って行ってしまった。陸上部の顧問は大変なんだなとつくづく思う。


 「やっべ、こんなとこで時間食ってる場合じゃねぇ!」


 腕時計を確認すると、もう三十分前だ。

 なにが? そう、大好きな実況者さんの生放送が。早く帰りたい理由はそこにある。


 正門を抜け、先生のいない事を確認すると、サドルに尻をつけ、ペダルを力一杯踏み込んだ。ガリガリとチェーンが音を鳴らし、頑張っているアピールをする。

 滑る白線と水溜りを避けつつ、程よく信号も無視して踏切を通過した。

 目標の駄菓子屋はもうすぐだった。




            *




 踏切を渡り、すぐに駄菓子屋が見える。大抵客は小学生か店主のおばあちゃんに話をしに来る近所のおばちゃんぐらいだ。

 高いブレーキ音を鳴らしながら、ボロチャリを店の軒下に置いた。

 目の前の電話ボックスを見ると、黒髪ロングの後ろ姿は美人そうな人が先に入っていた。外でぼんやり待っていても仕方がないので、駄菓子屋に入ってみることにしたが、なにせ狭く暑苦しい。広くないと感じたのは、俺が大きくなったせいだろうか。

 とにかく中にいても息苦しいだけなので、結局軒下で座り込んで待っていた。


 数分後、女性は物音も立てず、電話ボックスからするりと出てきた。女性はこちらの気配に気付き、少し頭を下げると、足早に踏切の方へ歩いて行った。終始俯いていたので、残念ながらその顔を確認することはできなかった。

 女性が居なくなるのを確認すると、電話ボックスへ足を向けた。


 ――ガチャリ。


 先程はしなかった音がなった。

 長年外に置いてあるせいか、引き戸の取っ手が錆び付いていて、蝶番(ちょうつがい)も錆びていた。

 中に入って、ポケットから十円玉を取り出し、受話器を取り十円玉を入れた。

 しかし、何故か十円玉は硬貨投入口に拒まれる。


 「……五十円玉限定!? 嘘でしょ……」


 硬貨投入口には五十円玉のマークしか付いていなかった。

 仕方なく十円を収め、最後の一枚の五十円玉を取り出し、硬貨投入口に合わせる。


 ――チャリン。


 今度はちゃんと入る音がした。ほっと胸をなでおろし、家の番号を入力しようと、まず始めの四のボタンを押した。

 が、何故かボタンは沈まない。何回か力強く押したが、全くビクともしない。


 ……。

 …………。

 ………………。

 ……………………。


 「……へっ?」


 蒼の口からは、素っ頓狂な音が漏れた。




            *




 眼前に広がる緑豊かな木々、小鳥のさえずりが響き渡り、風に木々が揺れ、心地の良い音を鳴らす。


 「ちょ、え、は? なにこれ……なんで……」


 先程まで居た駄菓子屋は無くなっていた。固いアスファルトに立っていた足は、柔らかいふかふかの土の上に乗っている。手に取った受話器は苔にまみれてボロボロ、同じく電話ボックス自体も。


 「え、なんで……今の今まで駄菓子屋の前に……」


 蒼は周りをキョロキョロと見渡してみる。そこには低い見たこともない広葉樹と、見たこともない鳥、見たこともない草、見たこともない虫。


 「……あ、もしかして」


 最近異世界転生モノにはまった蒼は、ある一つの仮説を立てる。


 「異世界転生……した……?」


 しかし、すぐに思考を断ち切った。

 だって電話ボックスに入って何があったら死ぬのだ。確かに俺はボタンを押していた。まだ生きていた。なのにどうして……


 「さっぱり分からん……夢……か?」


 試しに自分の右頬をビンタしてみたが、ジワジワと痛みを感じるだけだった。

 蒼は受話器を元に戻し、恐る恐る歩き出した。


 「空は青いのか……転生したらやっぱハーレムとか最強騎士とか色々あるし、俺にもなんか備わってるんじゃね?」


 と、試しに色々と攻撃ポーズを取ってみたが、全くなにも起こらない。起こったらそれはそれで驚くが。


 「ま、そのうち女神的な美女がお出迎え的なパターンで……」


 ――ガサガサッ!


 呑気にそんな事を考えていると、背後から何かの気配がした。草木も揺れており、大きめの何かがやってくる……!


 「おぉ! ぼうず、こんなとこでなにしてやがる! 死にたくなかったら走れ! ほら、早う早う!」


 片手に長い剣を、もう片手に小さめの丸い盾を携えた髭面のオッサン狩人のような人が飛び出してきた。


 「えっ、え、どゆこと?」

 「ごちゃごちゃうるせぇよぼうず、そんなに死にてぇのか!」


 戸惑っていると、首根っこを掴まれて引きずられた。危うく転げるところで、男の手が離れた。


 「ぼうず、危なかったなぁ! 危うく死ぬところだったぜ」


 蒼が目を点にしていると、


 「ところで、ぼうず。あんた、この辺で見ん顔だな。どっから来たんだ?」

 「え、えっと、気が付いたらここに居て……」


 男は、一瞬真顔になり、そして大声で笑い出した。


 「ガハハハ! 気が付いたら? 冗談キツイぜぼうず。ここぁ聖域ってな、特定の狩人しか立ち入りを認めないんだぜ?」


 男はポケットからひょうたんの様な形の水筒を取り出し、蓋をポンっと快音響かせ開け、豪快に飲んだ。


 「ま、見なかったことにするからよ、早う出て行きぃな。〈奴ら〉に見つかる前にな」


 男は酒臭いゲップをすると、出口はあっちだぜ、と森の奥を指差し、歩き出した。

 俺は慌てて後ろをついて行く。


 「ところでぼうず、名前なんて言うんだ?」


 男が振り返らず聞いてくる。


 「浅井、浅井蒼、です」

 「アサイソウ……やっぱぼうず、この辺の奴じゃないなぁ……初めて聞いたわそんなヘンテコリンな名前」


 男は、ガハハハ! と笑うが、人の名前を聞いておいてその言い方は無いだろうと内心男を睨んだ。本当に睨むと、絶対勝ち目のない背の高さと筋肉の付き方なので、そんな失態は犯さない。


 「あ、そうだぼうず。お前、剣振れるか……?」


 男は立ち止まり、口にタバコの様なものを咥え、火をつけ息を吸うと、口から煙を吐き出した。蒼は口に手を当てつつ、


 「まぁ、中学ん時は県でそこそこ強い剣道部員だったし、多少なら」

 「そうかそうか! ちゅうがくとか、けんどうぶいんとかはよくわかんねぇけど、振れるなら良い。ほれ、これ貸してやらぁ」


 突き出された剣をまじまじと見た。


 「お、おい。ぼうず、剣見るの初めてとか言うんじゃねぇよな?」

 「んな、な訳ないだろ……」


 事実、実物を見るのは初めてだ。


 「それじゃ、そっちよろしく頼むわぼうず」


 何を言っているのか分からず、男に顎で指された方を向く。そして、地面に置かれた剣のグリップを握り、持ち上げた。


 「……ッなにこれ! 重たい……」


 ファンタジーっぽくない質量に戸惑いを隠せない蒼。もっとカッコ良く剣を振るつもりだったが、フルスイングすると、肩が外れそうだった。


 「あ、くるぜぼうず。構えとけよ」


 一体何が来るのか、と質問をする前にその正体は露わになった。

 草むらから飛び出したのは狼ほどの大きさと見た目の獣だった。


 「ど、どうすんのオッサン!」

 「オッサンじゃねぇ! お前もまとめて殺すぞ!」


 男はそう言うと、噛み付きに来た二頭を瞬殺すると、大股で一歩前に飛び、手の届く範囲のもう二頭の首を真っ二つにした。

 一方の蒼は、三匹の狼チックな獣に、体が震えていた。


 (やばいやばいやばいやばいやばいやばい)


 震える手を抑えて、正面に剣を構える。要領は剣道と同じはずだ。ただ、相手が人か獣かと言うだけ。

 すると突然、左の獣が空に大きく弧を描き、飛びかかってきた。

 蒼は咄嗟に上体を屈め、下から上へ剣を突き上げた。

 その瞬間、指先から手にかけて、骨を砕き肉をえぐる感覚が伝わってきた。

 蒼は吐きそうになったが、なんとか堪えて刺さった剣を引き抜く。

 と、残った二匹が一斉に飛びかかってくる。先程の手はもう使えないというか、体を屈めている状態ではまともに動くことが出来ない。

 死ぬ、そう覚悟した時、目の前を銀色の線が走り、生暖かいねっとりした液体が顔面を覆った。


 「ぼうず! 死ぬ気か!」


 男は唾を撒き散らしながら怒鳴った。


 「……さんきゅー。ナイスタイミング……」


 蒼は苦しい笑顔を浮かべ、親指を立てて男に突き出した。

 男は盛大に舌打ちをすると、


 「こんな野郎助けなくても良かったか」


 などと、剣に着いた血を拭きながら呟いている。


 「いや、でもマジで助かった。恩にきるよ」

 「小せぇ心にも多少まともな口は付いてるってか」


 文句しか垂れない男は、無言で手を差し伸べてきた。


 「ほら、早う立て。ぼうずはここにいちゃいかん。いずれ奴らの血肉になって俺たちを襲う」

 「今ならそうしてやりたい」


 蒼は男の手を引っ張り、立ち上がった。男の手はとても硬く、ずっと剣を握っていることを証明していた。

 と、男は蒼の胸元を見て、


 「胸の、その飾りみたいなやつ、かっこいいな!」


 蒼は自分の胸元を見る。服はもちろん制服姿だが、胸には小さな砂時計のようなものがぶら下がっていた。

 蒼は、それを持ち上げて驚いた。

 砂時計はどの方向に向けても、一定の方向にしか砂が流れなくなっている。どういう仕組みか分からないが、これも異世界でのアイテムなのだろう。ただし、砂時計の片方に残る砂が残り僅かなのは少し引っかかるが。


 「ま、オッサン。出口に連れてってくれよ」

 「おいぼうず、俺はオッサンじゃねぇ!」


 男は、蒼を上から睨みつけるが、ふっと表情を和らげる。本気で怒っていない事はすぐにわかる。


 「まぁ、ここに居られても足引っ張るだけだし、出口までは送ってやるよ」


 男は再び歩き出し、またタバコのようなものを吸っていた。


 「ぼうずも、いるか?」


 男は尻ポケットから一本取り出すと、蒼に差し出した。


 「い、いやいや! 俺は健全で純粋で無垢な男子高校生ですから、そんな犯罪犯しませんせん!」


 男は聞くと、あまり理解していない顔をしたが、断られている事は理解したようで、少し悲しい顔をして、また尻ポケットにしまった。


 「まぁ……大人の味も分からんようなガキにやってもしゃぁないしの……」

 「ちょい待てぇーい! 誰がガキじゃコラ」


 男は、控えめに怒る蒼を一瞥(いちべつ)し、深いため息をついた。


 「そういうとこ、きらいじゃねぇんだけどよぉ……なんつうか、もっと紳士らしい振る舞いとか、した方がいいぜ」

 「オッサンにだけは言われたくなかった……!」

 「なんだとクソぼうずが!」


 などと醜い言い争いをしている間に、目的の出口付近に到着した。


 「んじゃぼうず。俺はまだ仕事があるからここでおさらばだ」

 「あんがとよ、オッサン。助かったぜ」


 蒼が、親指を立てて、拳を前に突き出した。男も真似て、蒼の拳に自分の拳を当てると、


 「なんか、惜しいな、やっと仲良くなれたってのに」

 「おいおい、いい歳して泣くつもりじゃないよな?」

 「な、泣くわけねぇだろ! ちょっとぼうずが心配になっただけでぇ!」


 唾を散らしながら反論する顔には、らしくない表情が張り付いていた。


 「それじゃ、気を付けてママの元に帰れよ」

 「オッサンも五時の鐘が鳴ったら帰るんだぜ?」


 と、二人仲良く笑ったところで男が背を向けた。

 そして、背中を向けたまま手を振り、無言で歩き出した。

 蒼は、当分その大きな背中を眺めていた。

 思い出せばほんの一瞬だったけど、沢山の事が詰め込まれたかけがえのない一瞬だった気がする。

 蒼は男の背中が見えなくなると、振り返って正面を向きなおした。


 「あっ……」


 その蒼の口から飛び出た声は、意識して出したものではないことは、正面に置いてある古びた電話ボックスが証明する。


 「さっきまで無かった……よな」


 電話ボックスは、森の木々の間から漏れる光に照らされて、明るく光っているが、それが今は恐怖を増大させる要因になっていた。


 「なん……どういうことだ……」


 蒼は、恐る恐る電話ボックスに指を触れた。

 が、特に反応は無い。反応したら、それはそれで不気味だが。


 ――ゴクリ……


 唾を飲み込む喉が音を鳴らす。今は全く外気の音が聞こえないほど緊張していた。

 蒼は、受話器を取って、左耳に当てた。音は聞こえない。その代わり……


 (……ッ! 体が勝手に動く……!)


 体は、電話ボックスのダイヤルを押し始めた。


 (俺の、家の電話番号……)


 蒼は、怖くなって目を瞑った。

 左耳に当てた受話器からは、着信音が鳴った。




            *




 ――ガチャ。


 「もしもし、浅井です」


 左耳に、聞き慣れた女性の声が響いた。


 「母さん……? 俺、俺だよ! あ、蒼だよ」

 「このご時世に原始的なオレオレ詐欺かと思ったわよ。何? ご用件は?」


 母の声以外にも、何かを焼いている音がする。どうやら料理中のようだ。


 「あ、雨が降ってるからさ。こっちまで迎えに来てくれよ」

 「えぇ? 雨はついさっき止んだじゃない。バカなこと言ってないで早く帰って来なさい!」


 ブツッと盛大に電話を切られた。

 電話ボックスから外を見てみると、確かに雨は止んでいた。そしていつの間にか外は真っ暗になっていた。


 (結局、俺は何をしていたんだ……まさか電話ボックスで立ち寝してたとか……ないよな?)


 蒼は、電話ボックスを出ると、キョロキョロと周りを見渡し、ちゃんと夢から覚めていることを確認すると、駄菓子屋の軒下に置いていたチャリに向かった。

 チャリは大人しく待っていたようで、鍵を外すにも一苦労。ギシギシと錆が引っかかって音を鳴らしていた。


 (なんか、リアルな夢だったなぁ……)


 そう考えながら、無造作に髪の毛を弄った。

 髪には一枚の見たことのない広葉樹の葉が付いて……


 「えっ! これ、まさか!」


 蒼は思わず声が出ていた。しかし、興奮しているのか全く気が付かない。

 そして蒼は慌てて電話ボックスに駆け戻った。

 電話ボックスの錆びた扉を盛大に開けると、まず硬貨投入口を確認した。


 (十円と……百円玉……)


 震える指先を抑え、何度も確認する。が、やはり五十円玉では無い。


 「もしかして……夢……じゃない?」


 蒼は不思議な電話ボックスの前で立ち尽くしていた……

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