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骸の夢  作者: 虎走かける
9/11

続く悪夢

 何かの気配を感じて、ふと目が覚めた。

 引っ越した日の夜だった。

 1DKのアパートは築三十年を超えているが、リフォーム直後で清潔感がある。駅から徒歩十五分だが、自転車があるので気にならず、賃料も安めだったので即決した。

 荷物は明日の午前に届く予定で、今、私は事前に運び込んだ布団のみが敷かれたフローリングに横たわり、朝を待っていた。

 時計を見ると、深夜を回った午前一時だった。

 夢を見ていた気がするが、覚えていない。

 あまりよくない夢だった気がするので、それで目が覚めたのかもしれない。

 私は気配の正体を探して、布団に横たわったまま部屋の一部に視線を走らせる。

 私の視界には、壁紙を張り替えたばかりの壁が見えている。

 巾木も新品で、ホコリもまだ積もっていない。

 フローリングはピカピカに磨かれている。

 私は寝返りを打った。

 にわかに、視界にクローゼットの戸が飛び込んでくる。

 細く開いていた。

 おや、と思う。

 寝る前、あの戸は確かに閉まってはいなかったか。

 たてつけが悪いのか、私の記憶力が悪いのか。そう思って見つめていると、戸の隙間がどんどん大きくなっていく。

 クローゼットの戸がひとりでに開いていくのだ。

 私は息をのんだ。

 風だろうか。

 クローゼットに隙間があって、中から風が吹き出すせいで、戸がひとりでに開くのかもしれない。

 それならば放っておけばいいのに、私は慌てて起き上がり、クローゼットの戸を閉じた。

 ドン。

 戸の内側から、叩くような衝撃がある。

 私は悲鳴をあげかけた。

 とっさに飛びのくと、クローゼットの戸はまたゆっくりと開いていく。

 私がお守りか何かのような気持ちで、電灯からぶら下がっているペンダントライトの明かりをつけた。

 その間に完全に開き切ったクローゼットの中には、私の張り詰めた恐怖心をあざ笑うように、何もない。

 では、今の衝撃は上の階の住人が、クローゼットを乱暴に閉じたかなにかしておきた衝撃なのかもしれない。

 私はクローゼットを開け放したままにすることにした。

 振り返ると、そこには窓ガラスがある。

 引っ越しの荷物が届いていないので、カーテンもかけていない。

 明るくなった室内から、暗い屋外の様子は見えない。

 窓ガラスに反射して、私と、私の部屋が映っている。

 そして私の背後――クローゼットの中。

 首をつって左右に揺れる男の姿があった。

 その目は私を凝視している。

 私はクローゼットを再び肉眼で確認することができないまま、体一つでアパートから飛び出した。

 靴をつま先につっかけて、階段を猛スピードで駆けおりる。

 とにかく人のいる場所に行きたくて、近所のコンビニに駆け込んだ。

 パジャマ姿で駆けこんできた私の姿は、さぞかし異様だったに違いない。

 レジに立っていた大学生と思しき女性は、私を見て軽く会釈した。

「……あの」

 私は声を上げかける。

 けれど、なんと言ったらいいかわからない。

 もごもごしている私に、店員は答えた。

「森ハイツの人ですか」

 私はぎょっとした。

 その通りだったからだ。

「みなさん、ここに駆け込んでこられます。〟クローゼットで人が首をつってる〝って」

「でも、事故物件とかじゃ……」

「首吊りがあったのは十年以上の前ですし、そのあと何人も借り手がついてるんで、もう告知義務はないんです。リフォームもしてありますし」

「そんな……」

「電話、お使いになります?」

 携帯を置いてきてしまった。

 私は震える手で友人に電話しようとして、電話番号を暗記していない事に気づく。致し方なく、唯一覚えていた実家に電話をかけた。

 十回のコールで、おびえた様子の母が出る。

「お母さん、私、今からそっちいっていい?」

 母は泣いていた。

「もう娘は死んだんです……! こんなイタズラ、いい加減にして!」

 ぽかんとして、私は店員に振り向いた。

 店員はついと首をさらして見せる。

 絞められた赤黒い跡があった。

 ぼんやりとそれを見ているうちに、店員の首はぐにゃりと曲がり、長く皮膚が伸びて床に転がる。

 私は無言で受話器を置いた。

 途端に、私はその場にぐずぐずと崩れ落ちる。

 両膝の骨が折れていた。

 部屋から飛び出して、靴をつっかけた状態で階段を駆け下りて、落ちたのだ。首の骨を折っての即死だった。

「……どうしよう」

 私は言った。

「どうしようも」

 店員は答えた。


 ――ふと、私は気配を感じて目を覚ました。


 夢を見ていた気がするが、よく覚えていない。

 寝返りをうつと、クローゼットが細く開いていた。


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