のっぺらぼう
最近、いつも同じ夢を見る。
私は長い廊下を走っていて、後ろからは何かが追いかけてくる。
廊下の左右にはたくさんのドアがあって、そのどれも鍵がかかっていて開かない。
私はやたらに左右のドアをガチャガチャとやりながら、後ろから迫る軽快な、ハイヒールでスキップでもするような、妙に軽快な足音に怯えている。
カン、カン、カン、カン。
足音が近づいてくる。
私はついに、廊下の突き当りの部屋に飛び込んだ。
中には粗末なベッドが、無数に並んでいる。
鉄のフレームに、白いシーツにくるまれたマットレス。掛け布団は茶色い毛布が一枚きりで、すべてのベッドにのっぺらぼうの人形が横たわっている。
病院の大部屋よりも殺風景で、軍隊か何かの簡易宿泊施設のようにも見えた。
私は部屋の一番奥のベッドの下に滑り込んだ。
心臓が破裂しそうなほど激しく脈うっていた。
走っていたせいで呼吸は荒い。
私がどうにか呼吸を整えるのとほとんど同時に、部屋のドアが開いた。
カン、カン、カン、カン。
ベッドの下からじっと目を凝らすと、針のようにとがった二本の脚が見えた。
硬質なそれが床を叩くたび、カンカンと軽快な音がする。
ズボンをはいているように見えた。
少し視線を上にあげれば、ベルトのようなものすら見える。
あれは人間なのだろうか。
ではあの、するどくとがった円錐の脚は。
見れば足の先端は血に濡れている。
ソレが歩くたびに、床には赤い血が滴った。
近づいてくる。
こちらに。
食いしばった歯の隙間から、少しずつ少しずつ息を吐く。
できるだけ音をたてぬように、両手で口を覆っている。
――そろそろ、目が覚めるころだ。
私はこれが夢だと知っていた。
この部屋に逃げ込み、アレが部屋まで追ってきて――。
「ギャァアァアァッァ! ギャァアアァアァ!」
甲高い悲鳴が上がった。
金属のベッドがガタガタと騒々しい音を立て、私ははっと息をのむ。
ベッドの下からじっと目を凝らしていると、三つ先のベッドの下に、ポタポタと滴る液体が見えた。
血だ!
私は戦慄した。
悲鳴はなおも続いている。
ついに、ベッドの上から、血まみれののっぺらぼうの人形が転がり落ちた。
目が、あった。
顔のない人形と、血を流す人形と、確かに目があったと感じる。
人形は、救いを求めるように私の方に手を伸ばした。
その人形の頭が、円錐形の足によって貫かれる。
人形はビクンビクンと痙攣し、ついに動かなくなった。
私は気を失いそうだった。
おかしい。
もう、目を覚ましていてもいいはずだ。
いつもなら、あの人形と目が会ったところで目が覚めるのに、今回はその気配すらない。
次の瞬間。
がばりと、人形を殺したソレが床に這いつくばった。
血を流し、死んだ人形に覆いかぶさり、その死肉をむさぼり始める。
私は胸郭をせり上がり、喉を押し開きそうになる悲鳴をどうにかして飲み込んだ。
人間のような形をしていた。
両手も足と同じく円錐形で、這いつくばっている様子は一見して虫のようにも見える。
頭は不気味なほど長く肥大しており、その顔の半分を、縦に裂けた口がしめていた。
ソレは口を大きく左右に開き、人形の肉を力任せに食いちぎる。
私にはその様子がはっきりと見えていた。
ベッドの下の空間を通して、その食事風景が、飛び散る血の飛沫まで。
それならば。
きっと。
向こうにも、私の姿が――。
ひとしきり食事を終えたソレは、ぐるりと私の方に顔を向けた。
顔の上部に一つだけ存在する、顔から半分ほどせり出した丸い眼球が、しっかりと私の姿を捕えている。
私は目を閉じた。
目を覚ましてくれ、早く、早く。
そればかりを祈って、ガチガチと震えながら、動くこともできずにベッドの下で丸まっている。
そんな私の耳に、音が。
カン、カン、カン、カン。
カツン。
私は目を開ける。
ソレの目には、私が――ベッドの下でふるえて丸まっている。のっぺらぼうの人形が映っていた。
夢は無限に恐怖のるつぼ