悪意の石
二十年以上前の話。
その昔、俺が小学生の時、親が中古で家を買ったから引っ越した。
都心の狭いアパートから、ちょっと外れた住宅地の一軒家という感じで、友達とも離れちゃったし正直不満だったのね。
でもまあ、庭が広いからそこだけは気に入ってて、毎日庭で遊んでた。
庭には一抱えくらいの石が転がってて、父親が「危ないから」って言うんで庭の隅に移動させようとしたんだけど、重くて全然持ち上がらない。
百キロ以上あるんじゃないかって感じで、ピクリとも動かない。
だから両親は「石に気を付けて遊んでね」とか言ってたんだけど、俺は「別に石とか全然あぶなくないじゃん」って思って気にもとめてなかった。
むしろ、岩に乗っかったり棒で叩いたり、おもちゃみたいにして遊んでた。
けど、ある日突然その石がなくなってることに気づいて、俺は「あ、お父さんがどかしたんだな」って思ったのね。
だからその日の夜、飯食いながら「あの石どうしたの?」って両親に聞いたら、「何が?」って顔されて、変に思いながら「庭の石なくなってるでしょ?」って言ったら、両親は庭を確認に行ってようやく気付いたって感じだった。
両親は軽く庭を歩き回って石を探したけど、どこにもない。
「業者呼んだの?」
「呼んでないけど」
「あんなに重い石、勝手になくなる?」
「前の住人が大事にしてて、夜中にこっそり持って行ったとか?」
そんなふうに両親が話してたのを覚えてる。
で、翌朝。
庭に出たら石がある。
両親も不思議がってたけど、結局「昨日は見落としただけかもしれない」って、ありえない結論に落ち着いた。
けど俺の考えは違った。
小学生の俺は妙に興奮して、「きっと見てないところで石が動いたんだ! 石が動いて隠れてて、それがまた戻ってきたんだ」って思ったんだよね。
で、さらに「石が動いてるところを見てみたい!」って考えた。
その日からもう、毎日石を観察してた。一ミリも動いてないのに、「今日はちょっと動いてる気がする!」とか思って観察日記付けたり。
でも石は石。
何も起こらない。
しびれを切らした俺は、とうとう「周りの地面を掘ったら、石が転がって動くかも」と考えた。石が自分で動くところを見たかったはずなのに、その時はもう、石が動けば何でもいい、って考えになってて、完全に目的が変わってた感じ。
俺はさっそくシャベルで石の周りを掘って、石の下の土もほり返した。
石がだんだんぐらぐらしてきて、ついにひっくり返ったのよ。
その裏に、人の名前がびっしり書いてあった。
さすがにちょっと怖くなって両親を読んだら、もちろん両親も真っ青。
だって俺たち家族全員分の名前も書いてあったから。
つまり石がなくなった日、誰かがこの石を夜中のうちに運び出して、俺たちの名前を書いて、また庭に戻したってことになる。
しかもその犯人は、俺たち全員の名前を、漢字のフルネームで書けるやつだ。
さすがに警察に相談すると、その日のうちに警察官が飛んできた。
石を見た警察はまじめな顔で、俺たち一家に「この家には住まないほうがいい」って。
「まあ、今の時代呪いとかっていうのもないんですけど……あのぉ、ここだけの話ね。この辺りでは結構広まってる呪い方なんですわ。みなさんも藁人形と五寸釘みたいなのは知ってるでしょ? 呪いそのものに別に効力はないかもしれないんですけど……」
俺たち一家に、呪いをかけようと実際に行動したやつがいる。
そいつらは俺たちの個人情報を握っていて、俺たち家族に強い悪意を向けている。
両親は随分悩んだり、犯人を見つけようとしたり頑張っていたけれど、結局俺たちはまた引っ越すことになった。
俺が交通事故にあったからだ。
突き飛ばされたとかいう甘っちょろい話じゃなく、学校の帰り道にバイクが突っ込んできて、バイクはそのままどこかに走り去った。
ラッキーなことに、俺は転んで擦りむいただけで済んだんだけど、両親はこの一軒で「世の中の理不尽と戦ってる場合じゃない」って決めたんだと思う。
まあ、小学生の頃の話だし、俺も最近まですっかり忘れてたんだけど、最近ネットニュースに、その時に俺たちが住んでた家の写真が上がってて驚いた。
庭を掘り返したら人骨が出たそうだ。
しかもかなり古い骨で、俺たちが住んでた時から庭に埋まっていたらしい。
犯人はまだわからないという。
ちょっと気になって両親に話してみたら、両親は「そういうことか」って顔をしてた。
「実はあの家、前に住んでた人が夜逃げしたとかで、官公庁のオークションで落札したの。家具も全部残されてて……中古なのに新しい家だったでしょ? ローンもかなり残ってたらしいんだけど」
「引っ越したあと、俺たちもちょっと気になって、あの家について詳しく調べてみたんだ。どうも、もともと社かなんかがあった土地を潰して家を建てたらしくて……家を建てる段階から、結構嫌がらせみたいなことはあったらしい。でも、警察が事情を聴きに行っても、文句を言ってるのは建主さんだけで、周りの住民は何もありませんって答えるんでどうにもできなかったとか」
そんなバカなとおもったが、まだ、一般の家庭に監視カメラやらデジカメやらが普及していない時代だと、よそ者の証言は無視されるってのはよくあることだったらしい。
つまりこういうことだ。
もともと、私有地に誰かが道楽で建てたお社を、財産分与で土地を受け継いだ家族が更地にして売り払い、その土地を買って家を建てた家族が行方不明になった。
そして今回出てきた人骨は、その建主夫婦のもの。
真相はわからないけど、俺はこういうことじゃないかと思ってる。
その土地一体で大事にされてた社を潰して、家を建てたやつがいる。
周辺住民はそれが気に入らなくて、建主を土地から追い出そうとする。
俺がひっくり返した石には、俺たち以外の名前も書いてあった。あれはきっと前に住んでた住人たちの名前で、周辺住民はよそ者を呪ってやろうとでも思ってたんだろう。
そんな状況だ。
なんらかのトラブルが起きたのは間違いない。
で、そして殺した。
計画してか、はずみでかはわからないけど。
それだけなら、きっとよくあるご近所トラブルの殺人事件だ。
けどこの事件は周辺の住民が〝全員で〟示し合わせて夫婦の失踪について証言し、殺人事件がただの夜逃げとして処理された。
そこに、俺たち一家が引っ越してくる。
連中は慌てたんだろう。何が何でも俺たちをあの家から追い出したかったはずだ。
それで、また性懲りもなく呪いのようなことをして、それでも出ていかないから事故を起こしたりして――。
その結果俺たちは逃げ出して、あの家はまた空き家になった。
俺たちが出ていったあと、近隣住民がどうやってあの家の骨を隠し通したのかはわからない。
けどあのまま俺たちが住み続けてたら、庭で発見された人骨の数が三体分増えていたのは間違いないと思う。
体験談タイプは気を抜くと固くなりすぎるなぁ