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No.08「似人二脚」

今回のお題は



(お題)

1「転倒」「唯一の繋がり」

2「程度問題」「逆鱗に触れる」

3「遠い背中」「綱渡り」



 コウジは病室のベッドに横たわりながら、見舞いに来た友人に相談を持ちかけた。



「なぁ……ちょっと聞いてほしいことがある。真剣な悩みなんだ」



「どうした? 俺が力になれることなら何でも聞くぜ? 」



「ありがとう……それじゃあ聞いてくれよ。俺は今、恋をしてるんだ」


 浮ついたコウジの相談に、思わず鼻で笑いかけた友人だったが、それをフッとこらえた。



「どうしたコウジ。毎日世話してくれるナースに惚れたか? 」



 友人の言葉に多少のイラつきを覚えながら、コウジはおちゃらけた雰囲気など一切皆無の口調で返答する。



「違う……俺が惚れてるのはナースじゃない……ユキさんだよ……」



 友人は思わず手に持っていた花瓶を落としそうになった。コウジが言う「ユキ」という名前にはそれほどの衝撃があった。



「コウジ……冗談だろ? ユキって……あのユキなのか? 」



「本気だよ……一目惚れなんだ。彼女のコトを考えると夜も眠れない……ドキドキしっぱなしなんだよ」



「ふざけるのもいい加減にしろよ……ユキは、お前が今そんな状態になったそもそもの原因だろうが! 」



「……確かにそうだがよ……」



 コウジは一ヶ月前、バイクで走行中に突如交差点から一時停止を無視して飛び出した自動車と衝突して転倒事故を起こし、右足を切断せざるを得ない重傷を負ってしまっていた。



 そして、その時自動車を運転して大怪我を負わせた人物こそが、ユキという女性だった。



「コウジ……お前は昔っから惚れやすい気質だけどよ……程度問題ってヤツだぜ? よりにもよってお前から右足を奪った女に惚れちまうとはな……」



「俺は本気なんだ……この事故で足を失ったことが彼女との唯一の繋がりなんだ……だから……この熱が冷めない内に心を伝えたいんだ」



 右足を失ったことなど一切気にとめてない態度に、友人はコウジがウキに対して本気の恋心を抱いていることを悟った。しかし、だからといってこのまま彼の恋路の応援をするほどに呑気な状況ではない。



「コウジ……よく考えろよ……ユキって女はよ……話に聞けばひでえブラック企業で働かされて、毎日2~3時間程度しか寝られなかったそうだ。だからあの時、一時停止に気がつかないでお前に突っ込んじまったんだよ」



「知ってる……かわいそうにな……」



 ぶつけられたのは自分自身だというのに、相手を本気で心配して思いやるコウジに、友人はため息をもらした。



「あのな……要するに彼女はバカがつくほどに真面目な女なんだよ。そんな彼女に、お前が告白なんてしてみろよ? 絶対にYESと答えるだろうぜ……」



「そ……そうかな? 」



 友人の言葉の意図を理解せずに、照れ笑いをこぼすコウジ。友人はとうとう語気を強める。



「分からねえのか!? 彼女は真面目な性格だ! だからお前から告白されりゃ、罪悪感からくる同情でYESって答えるだろうってことだよ! そこに愛なんてねえよ! ただお前に対して一生介護するような贖罪の念しかねえんだよ! 」



「……そんな……でも俺は真剣に……」



 聞き分けのないコウジの態度が、とうとう友人の逆鱗に触れてしまったらしい。



「バカ野郎! お前はもう少し自分の立場をわきまえろ! そんなに彼女の人生を束縛してえのか! 」



 怒りを露わにした友人の言葉に、コウジの心はとうとう折れた。



「……そうだな……俺が間違ってたよ……」



「分かってくれりゃあいい……それがお前にとって、彼女にとっても一番良いコトなんだ」





 そしてユキを諦めたコウジは数ヶ月の後、とうとう病院を退院出来るまでに回復した。



 義足を付けて何とか松葉杖で歩けるようになったコウジは、長らく病院と自宅以外の場所を訪れることが出来なかった鬱憤を晴らすように、友人と共に繁華街を出歩くことにした。



「悪いな……歩くの遅くて」



「いいってコトよ」



 久しぶりの賑やかさに心を踊らせるコウジだったが、さすがにまだ歩くことに慣れておらず、数分で疲れてしまってベンチで休憩を取ることにしていた。



「コウジ、ちょっと煙草買ってくるから待っててくれ」



「おう」



 友人がその場を離れ、そのままぼんやりと人が行き交う光景に見入っていたコウジだったが、しばらくして背後が妙に騒がしくなっていることに気がつく。



「なんだ? 」と振り返ると、そこには巨大な影がこちらに向かってくる悪夢のような現実が突きつけられていた。



「嘘だろ!? 」



 コウジに向かって突進してくるのは大型のトラック。運転手は何らかの疾患によりぐったりとしていて、ブレーキを掛けることもハンドルを切ることも期待できそうにない! 



 そしてコウジは慣れない義足のおかげで瞬時に行動に移せない! 



 このままこっちに向かってくる……これでおしまいなのか? 俺の人生……



 その瞬間に全てを諦めかけたコウジだったが、胸に走る強い衝撃と共に、九死に一生をえることになった。



 鈍く大きな金属音と共に、トラックが目の前でひしゃげる光景がコウジを戦慄させる。



 あと一瞬でも遅かったら、俺はトラックに挟めれてぺしゃんこに……


 恐怖で体が震えるコウジ……そして彼は、突然身を挺して自分を救ってくれた恩人の姿を見て、さらに心まで震えさせることになる……



「まさか……!? なんで!? 」


「……だ……大丈夫でした……か? 」



 その恩人には見覚えがあった……いや、覚えがあるだとかいう問題の人間ではなかった……



「ユ……ユキさん!? ユキさんなのか!? 」



「……はは……お久しぶりですね……コウジさん」



 コウジにとって運命的な再会だった……しかし、今はそんなセンチメンタルに酔いしれている暇はない。なぜなら……



「ユキさん! 足! 足が!! 」


 彼女の左足はトラックのタイヤに巻き込まれてグシャグシャになっていた……どんな医療技術をつぎ込んだとしても再生不可能なことは明らかだ。



「ユキさん! すぐに助けが来るから! 待ってて! 絶対に助かるから! 」



 コウジは這いながら彼女に近づき、少しでも希望を持たせようと励ますつもりだった……でも、彼女にはその必要はなかった。



「フフ……」



「ユキさん……? 」



 彼女は笑っていたのだ……作り笑いではない……こんな絶望的状況で、満面の笑みをコウジに向けていたのだ。



「コウジさん……あの時と変わってない……私があなたとぶつかってしまった時も……自分が大けがしているのに……泣きじゃくる私を何とか落ち着かせようと励ましてくれましたよね……」



「……ユキさん……それは……」



「私にとって……あなたを想うことは、綱渡りをしながら遠い背中を追いかけるようなモノだった……しまいこんだ心を何度も押さえつけようとした……でも……コレで私はあなたと同じになった……今なら堂々と言えます……」



「ユキさん……ユキさんッ!! 」


 その時コウジの目からは洪水のような涙があふれ出していた……それは目の前の惨状にショックを受けていたワケでもない……



 自分の心に正直になれなかった悔しさと、彼女をそこまで苦しませてしまっていた己のふがいなさ……



 そして……



「コウジさん……好きです……私……あなたに惚れてしまったんです……」



 これから待ち受ける未来の輝かしさに、歓喜の涙をこぼしていたのだった。





THE END

 執筆時間【1時間14分】


 話をまとめるまでに時間が掛かった……

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