No.07「たかしが泥棒と入れ替わって爆発する話」
今回のお題は
(お題)
1「沈黙」「鍵」
2「今なにしてる?」「理解不能」
3「劣等感」「嫌悪」
「たかしーッ! 開けなさい! いるんでしょ? 」
ドアをけたたましく叩く音で俺は目覚めた。そして今、自分の身にとんでもない危機が迫っていることを理解した。
「まずいっ! 」
俺は母親による自室への侵入を阻害する為、偏差値の低そうな書籍ばかりが並べられた本棚をゆっくり力を込めて引きずってそれを入り口ドアの前に設置した。
堤防だ。これで万が一鍵を開けられても用意に室内に侵入することはできないだろう。
「たかし! お願いよ……心療内科の先生が来てるの! 今日だけはこの部屋から出てきて! 」
母親は悲痛な叫びをドアの向こう側で何度も上げる……
正直心が痛んだ……でもここで返事を返してはならない……ここで声を上げれば全てが終わる……
沈黙だ……沈黙を守れ! 例え鍵を開けられようとも……! 例えこの部屋に母親の侵入を許したとしても……!
自分が「たかし」でないことがバレてしまったら……取り返しのつかないことになる……!
これは、今から二週間さかのぼる話になる。
まず、俺はドロボウだ。
中の上程度の家庭をねらい、家族が留守の間を狙って金品を頂戴する、空き巣の専門家だ。
その時も入念な下調べのもとで一軒家に忍び込んだんだが、ここで予想だにしてなかった誤算とはち合わせる。
「……だ……だれ? 」
俺が寝室を漁っていると背後から声……いや、かろうじて声と判別出来た僅かな空気の振動が俺の耳に入った。
振り返ると、そこにはまるで生気を感じられない小太りの少年……に見える男が立っていた。
まさか……こればかりは気がつかなかった。この家庭には、存在を半分抹消されたかのような引きこもりの男が一人存在していたのだ……
顔を見られてしまった俺は、目の前の引きこもり男をどうしてくれようかと瞬間的に思考した。
殺す? いや、騒がれたらやっかいだし、そもそも俺は居直り強盗をする気などまっぴらないので、武器を持っていなかった。
逃げる? いや、唯一の出入り口はこの男に塞がれている……窓から飛び降りるという手もあるが、ここは2階……無傷で着地できる保証はない……
さあどうする……どうにか白アリ駆除の業者だとか言って誤魔化すか?
などとアレコレ思案して軽くパニック状態に陥っていた俺だったが、そんな姿を見て安心したのか? 引きこもり男はゆっくりとその重たげな唇を開き……
「今……何してるの? 」
と、俺に尋ねてきた……
なぜ俺に対して「泥棒」という存在として至極当然の受け入れをせずにいきなりそんなコトを聞いてきたのかは理解不能だったが……その瞬間に俺は全て悟った。
「ああ。おじさんはね……今、泥棒をしている最中なんだ」
この引きこもり男には、この家を守る理由がなかった。つまり俺が何を盗もうとも、文句も言わないし通報もしないだろう。俺はそうこの男を分析したが、正解だったようだ。
「……そう」
引きこもり男はそう言ったきり、興味を失ったように寝室からでてしまった。
しめた。これでゆっくり物色できるぞ! と思った矢先だったが……幸運の女神はやはりコソドロには笑顔を向けない。
「ただいま」
家の人間が帰ってきたのだ。
再び窮地に陥った俺は、咄嗟にとある部屋に駆け込み、隠れた。
それがまぁ、さっきの引きこもり男の籠城先だったワケだ。
「あ……さっきの泥棒」
「お……おう」
そしてそれから俺達は奇妙な同居生活を送るようになる。
引きこもり男は「たかし」と名乗った。彼は俺のコトを親に知らせたり、警察を呼ぶこともしなかった。
それどころか俺を奇妙な客として招き入れ、定期的に運ばれてくる食事まで俺に分け与えてくれる始末……
たかしの親はこの部屋には入らない。彼がこの部屋のドアを開けるのは、食事の乗せられたトレーを廊下から拾い上げる時だけだ……
トイレとシャワーまで部屋に取り付けられているので、まさに一日中引きこもることが可能だった。
そして俺は頃合いを見計らってこの部屋から脱出しようと考えたが、この部屋の妙な居心地の良さに落ち着いてしまって、あれよあれよと2週間もの時が過ぎてしまった……
そしてその前の晩だ……たかしが急にこんなコトを言いやがったんだ……
「泥棒のおじさん……頼みがあるんだ……」
「頼み? 何だよ」
「一日だけ……ボクのフリをしてこの部屋で留守番しててくれる? 食事の時の返事はしなくていいから……ドアをノックだけして伝えればいいから」
「……なんでいきなりそんなコトを言い出す? 」
「実は……ネットで知り合った女の子に会ってみたいんだ……仲もいいし、趣味があって一緒に話をしていると楽しいんだ。それに、もう彼女と会う約束もしちゃってる」
「バカ野郎! 勝手なコトしやがって! ネットでの出会いなんて、そんなの上手くいくワケねえよ! 話だって音声だけのボイスチャットだろう? どうせ痛い目見て心痛めて……お前は余計にこの部屋から出られなくなるぜ! 」
「いいから……! っていうか、言うこと聞いてくれないとおじさんのことバラすからね……」
「う……」
と、渋々承諾したワケだが……まぁ、親も部屋に入ってくることは無いし、たった一日だ。ずっと寝てれば大丈夫だろ?
とタカをくくってたらよぉ!
「たかし! もう無理矢理ドアをこじ開けるからね! 」
なんで今日に限って先生が来るんだよぉ……ついてねえぜ!
とにかくこの部屋に誰かを入れちまったら俺の人生おしまいよ! とにかく何でもいいからバリケードを作ってドアを塞がねえと!
俺は窓や換気扇……至るところの部屋の穴を、本棚や机を使って塞ぎ、もう中からでも外へ出ることが困難な要塞を作り上げた……
さぁ……これでひとまずは大丈夫だ! はやく帰ってきやがれよ……たかしの野郎!
ピィーッ! ピィーッ! ピィーッ!
と、落ち着いたと思った頃に、いきなり心を焦らせる電子音が天井から鳴り響いた!? 一体今度は何だよ!?
「たかしー! 開けなさい! 何をやってるの! 火災警報が鳴ってるじゃないの! 」
火災警報……!
嘘だろ! おい!
俺の部屋……いつの間にか煙に包まれてやがる!?
火事だ! それも火元は……
この部屋じゃねえか! パソコンやらなんやらつないだタコ足のコンセントから出火してるじゃねえか!!
「やべえ! やべえ! やべえ! やべえ! 」
もう警察に掴まってもいい! とにかくこの部屋から脱出しねえと!
しかし……母親の侵入を防ぐ為のバリケードが邪魔で、ドアからも窓からも脱出できねえ……!
本格的にやべえぞ……! 煙が! 煙が辺り一面に!
たかし! お前を一生恨むぜ! この野郎!!!!
火の勢いは凄まじく、たかし宅はあっと言う間に炎に包まれて全焼してしまった……
救急隊の決死の救助も間に合わず……たかしの部屋からは認識することがこんなんなほどに真っ黒に焦げた焼死体が発見されたという。
「これでいいんだ……これで全部計画通り……」
自宅が炎上し、「自分」が死んだ情報をテレビニュースで確認した「たかし」は、どこか罪悪感が残る表情で無理矢理笑みを作った。
「いいのよ、たかし。死んだのは泥棒なんでしょ? 罪人よ。罪悪感なんて感じちゃダメ」
そう言って艶めかしくたかしの体にふれる一人の美女。
彼女こそ、たかしがネットで知り合った女性であり、そしてこの「計画」を立案した張本人だった。
「キミに言われた通りに発火装置を作ったら、こんなに上手くいくなんて……」
「たかしぃ……これであなたは死んだ身……存在しないコトになったの……税金だって年金だって払わなくていいの」
「そう……だよね……これでボクは出来のイイ弟に劣等感を抱いて、毎日嫌悪感を味わうこともなくなったんだ……ボクはもう……たかしじゃなくなったんだから……! 」
「そう……それじゃあ、たかし……お姉さんのお願い……あと一つ聞いてくれたらね……」
「うん……! 分かった! やるよボク! 」
女はたかしの言葉にニコリと笑い、ブリーフケースを一つ手渡した。
「このケースを私の言うとおりの場所まで持って行ってほしいの。それが出来て戻ってきたら……」
「……し……“して”くれるんだよね……! ボクと」
「もちろんよぉ…………んっ……んん」
深い深いディープキスでたかしを送り出した彼女は、その数時間後にとある裏社会の大物が爆死したコトを仲間からの連絡で知り、ヴィンテージワインの栓を抜いた。
その後警察は、自爆で玉砕した人物の身元をいくら調べても、一向に突き止めることが出来なかったそうだ……
THE END
執筆時間【1時間17分】
一度1時間内に書き終えたのですが、お題を消化していないことに気が付いて17分延長してしまいました……