No.05「シネマフリーク・トライアングル」
今回もランダムに選択されたワードによるお題で話を作ってみました。
(お題)
1「一難去って」「引き分け」
2「浮気」「離ればなれ」
3「もしも・仮定の話」「傷を舐め合う」
一難去ってまた一難とはこのコトだ……
残業が終わって、残された僅かな金曜夜を楽しもうとアイリッシュバーに立ち寄ったことが全ての始まり……
バーカウンターでグビっと一杯ビールを流し込もうとしたその時、たまたま隣の席に座っていたマッチョな大男に目を付けられちまった……
「おい兄ちゃん……」
「兄ちゃん……? お……俺のコトっすか? 」
「オレの視線の先にいるお兄ちゃんっつったら、お前しかいねえだろうが! 」
ビールの小瓶をダンッとカウンターに叩きつけて啖呵を切るそのマッチョ男は、人目で関わってはならない危険な空気を漂わせていた。俺ってば……ここで金を置いて逃げてりゃよかったんだよな……
「で……その……何のようでしょうか? どこかで会いましたっけ? 」
「一つだけ質問させてくれ」
そういうとマッチョ男は俺のネクタイをグイっと引っ張り、顔をキスするかってくらい近づけてきた……酒臭さい息が鼻の穴を通り抜けてきて気持ち悪い……
「おい兄ちゃん……聞かせてくれ、なんでお前さん、“オレ”のネクタイを首に巻いてるんだ? 」
その言葉に俺は、心臓が皮膚を突き破ってしまうような気分になってしまった……
全てを理解したからだ……
実のところ俺は、昨晩、一人の女性と一夜を共にしていたのだ。それも彼女は彼氏持ちだった……
お互いにバーで意気投合して、そのまま酔った勢いで彼女の部屋にホイホイ着いていっちまったんだよな……
そんで、そのまま朝を迎え……気がついたらネクタイを汚しちまってた。
そしたら彼女、何気なく引き出しから新しいネクタイを取り出してさ……
「これ、あげる。彼氏のだから気にしないでね」
その言葉を聞いてどう“気にしない”でいられるのか……俺は逃げるようにして部屋から飛び出し……そのまま会社で仕事……残業をこなして酒を飲もうとした時に、その彼氏が隣にいるだなんて……
「おい兄ちゃん……そのネクタイはなァ……オレの女がオレの為にプレゼントしてくれたモンだぜ……裏を見て見ろよ……イニシャルが刺繍されてるからよ」
「はは……そんなバカな……」
乾いた笑いでネクタイの裏を見たら……まぁ……彼の言うとおりにイニシャルが刺繍されてたよ。
「ええと……これはですね……」
「いいワケなら後でたっぷりと聞かせてくれよ……まずは一発、お前にパンチをお見舞いしなけりゃ気が済まねえ! 」
胸ぐらを捕まれ、俺の顔面に向けて拳がロックオンされる……このままじゃヤバイ……と思った俺は、手元にあったグラス入りのビールをマッチョ男にぶっかけ、ひるんだスキにバーから飛び出した! もちろんお代をカウンターに投げ捨ててね。
「待ちやがれええッ! 」
そしたら執念深く追ってくるのよ、あのマッチョ男は……いかんね……この追いかけっこももう10分は続けているだろうか?
路地裏の裏の裏……そのまた裏まで走り逃げて、とうとう俺は行き止まりに突き当たってしまった……万事休すか?
「はぁ……はぁ……追いつめたぞ兄ちゃん……」
「はぁ……はぁ……どうやらそうみたいだね……それで提案なんだけど……」
「ああん!? 」
「引き分けってことにしない? 俺はネクタイを君に返してもう金輪際彼女と関わらない……君にぶっかけたビールも胸ぐらを掴まれたことに対しての正当防衛ってことで……」
やぶれかぶれの言葉だった。正直こんな話を持ちかけて引き下がるワケないと思っていたが……万が一って可能性を信じてみたが……
「ふざけんじゃねええええッ! 先にお前が俺の女を寝取ったんじゃねええええかああああッ! 都合のイイこと言ってんじゃねぇぇ! 」
まあ、そうなるよね……
「す……すまん……でも、彼女から誘ってきたんだぜ? 君と離ればなれになった寂しさを紛らわせる為に……俺を選んだんだって。怒りの矛先は俺じゃなくて浮気した彼女に……」
「バカ言ってんじゃねええええよ! アイツはな! オレにとってのエイドリアンなんだよ! そんなコトするワケねえじゃねえか! 」
聞く耳持たずか……それもロッキーファンときた……こんな荒くれ者でも、映画の趣味は良さそうだ。
「まぁ待て! 落ち付けって! ロッキーはオレも大好きだ……鶏を追っかけるトレーニングとか真似したよ……」
「あ……ああ? 」
お? どうやら食いついたようだな……この手の映画ファンってのは、好きな映画をほめられると、機嫌をすこぶる良くする。
「は……話をそらすんじゃねえ! 今はお前がオレの女と寝たコトが重要だ! 」
「確かにそうだが……ちょっとここで君と話したいことがあるんだよ……もしも、仮定の話をさせてくれ……ミッキーがロッキーの部屋を訪ねた時みたいに……ちょっと時間をくれよ」
「なんだぁ? ……まぁいいだろう……オレがロッキーってことだな」
ロッキーシリーズを全部観ていてホントに良かったと、今は心底感謝している。
「まぁ……そのなんだ……仮定の話ってのはさ……その彼女にとって、君はホントにロッキーなのかな? ってコトだよ」
「……聞き捨てならねぇな……つまり、オレもお前と一緒の立場だってコトか? 」
「そうかもしれないんだ……怒らずにこの先を聞いてほしい……」
俺は彼女と一緒にバーで飲んでいた時、とある話題で盛り上がっていたコトを思い出した。
それは、映画の話だ。
「彼女、若くて可愛らしいルックスのワリに、なかなか渋い映画の趣味をしていたよ。それは君も知っているだろう? 」
「ああ。アイツは市民ケーンが大好きな映画マニアさ」
「そう。でも俺と一緒に盛り上がった時の話題はそれじゃない……“風と共に去りぬ”だった」
「……? 」
「君は、観たことないみたいだね……つまり彼女は、スカーレットオハラだったのさ」
「意味が分からねえぞ? 」
「あれを見れば分かる」
俺はそう言って両脇にそびえ建つラブホテルの一室……2階の窓を指差した。
「え……お……そ……そんな……」
マッチョの彼は文字通り目を丸くした。
そこにはとある男に窓ガラスに押しつけられながら、艶めかしい嬌声を上げている一人の女性の姿があった。言うまでもなく、ロッキー好きのマッチョな彼が自分の彼女……と思いこんでいた女性だ……
「う……そんな……嘘だろ……」
俺はマッチョ男の肩をポンとたたき、同情の念を伝えた。
「どうやら俺も君も、レットバトラーではなかったみたいだ……まぁそうだとしても最終的には別れるけどね……」
「そうなのかよ……まだ見てねえのに、ネタバレするんじゃねえよ……」
「……すまん」
そして俺と彼は一緒に肩を並べて歩き、元いたアイリッシュパブに引き返した。
「ロッキーみたいに冬の動物園でプロポーズするのが夢だったのに……」
「残念だったな……ホレ、もっと飲めよ」
「すまねえ……」
お互いに一人の女性に傷つけられた心を舐め合い、癒しながら、ビールを体に流し込む。
こうしている内に俺と彼は奇妙な縁で繋がった友人となり、その後に何度も共に飲み合う仲となった。
「オレ達、ロッキーとポーリーみたいだな」
「せめてアポロにしてくれ」
「それじゃダメだ、あんた早死にしちまうぞ」
「へ……そりゃお気遣いありがとうよ、兄弟。それじゃ、オレの妹と結婚してくれ」
THE END
執筆時間【59分】
今回は正直キツかった……マニアックな話題でどうにか場を繋いだって感じでした。