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No.01「スピアーズ」

 残酷描写ありのサイコホラーです。

 一気に酔いが覚めて、頭痛と吐き気だけが残った。



 落ち着け……私は今どうなってる? 



 多分、昨晩会社の飲み会で泥酔しながら自宅アパートへ本能だけでたどり着き、そのまま就寝したんだろう……そして激しい倦怠感で真っ暗な部屋の中で目を覚ました。



 のどがカラカラで呼吸するだけで疲労感に襲われ、這うようにしてキッチンにたどり着いて水を胃に流し込んで気分を和らげようとした。その時チラリと目の端に捕らえたデジタル時計は深夜3時を示していた。



 そのまま冷たい床に座ってまどろみ、10分ほど経った頃だろうか? 



「ガチャリ」と確かな金属の仕組みが噛み合った音が玄関の方から聞こえてきたのだ。



 誰かが玄関のガキを開けて入ってくる? おかしい。この部屋のカギは自分以外持っているハズはないのだ。親にも兄弟にも合い鍵を渡していないのに、誰かが確かに施錠を解いて狭い我が家に入り込もうとしている? 



 私は本能的に冷蔵庫と食器棚の間にある小さな空間へと身を隠し、息を潜めた。



 これはヤバイ。と直感し、記憶の回廊からある一つの可能性が導きだされた。



 それは、私にストーカーがつきまとっていたということ。



 無言電話。妙な気配。一目惚れしただの、戯れ言が書き殴られた手紙の数々が送られ。極めつけは街を歩いている私をどこかで盗撮した写真がドア下の隙間から部屋に投げ入れるという狂気じみた仕打ち。



 私は、まさに今日……いや日付が変わったから昨日……それらの物的証拠を持って警察へと駆け込み、相談を持ちかけたばかりだった。



 警察の煮え切らない対応にイラつき、友人と酒を浴びるように飲んで酩酊状態になったことが最大のミスになるなんて……



 今……その姿なきストーカーと思われる気配が、その絶好のタイミングを掴んだかのようにぎこちない開閉音のドアをゆっくりと開き、ヒタリと一歩足を踏み入れてきたのだ! 



 どうしよう! どうしよう! やばい! これ絶対やばいって! 



 今にも声を出して泣き叫びたくなる感情を押さえ込み、どうにかして状況を確認して心を落ち着かせようとした。



 落ち着け……私……そう! まずは助けを呼ぶことが大事! 警察、警察を呼ぶの! 



 しかし、携帯電話は寝室に置きっぱなしで他に連絡手段はない……という真実を突きつけられ、私は再び絶望の淵へと立たされてしまう。



 くそう……何か……どうにかしてこの危機を乗り越えなきゃ! 



 私は気が動転したのか、手のひらに「人」という漢字を書いて飲み込んだ。



 これは本来は、大勢の前で発表か何かをするときの緊張を和らげるおまじないだ。



 しかし、自己暗示をかけて自分自身をだまし、心の平静を強制的に作り出させるその行為は今の私に別の意味を持って勇気づけてくれた。



 人を……飲み込む……人……人間……! 



 その時、私は重大で見落としがちな事実に気が付き、脳天に電流が走ったような感覚を覚えた。

 そう……人……



 私は人……人は誰でも……人であり、人間なのだ……それは当たり前だ。



 今私が怯えている相手は、圧倒的な体格を持つ熊でも、不死身の肉体を持つ鬼や悪魔でもない……

 ただの人なのだ。血を流せば等しく死ぬ存在なのだ。



 それに気が付いた瞬間。私は口の端が緩んでいた。そうだよ……簡単な話じゃないか……



 私はキッチンの戸棚を開き、一本の包丁を手探りで見つけだし、木製の柄を力強く握りしめた。



 そう……思い出して……私! 映画「シャイニング」で小説家の妻が最も恐れていたのは何? 



 呪われたホテルの狂気? 違う。



 豹変した夫の姿? それも違う。



 今の私にはわかる。彼女が最も恐れていたのは、夫が片時も離さなかった「無機質な斧」



 人に恐怖を植え付けるのは、やはり武器! 刃物! リーチ! 



 相手がどんな得物を持っているかは知らないけど、私には今、地の利がある! ここは刃物や鈍器が山ほど備えられたキッチンだ! 武器の数ならこちらが有利じゃないか! 



 私は包丁だけではリーチの差で不利と感じ、壁に掛けておいたホウキを手に取る。そして新聞紙をまとめておくのに使っていたビニール紐をほどいた。その紐を使い、包丁をホウキの柄の先にくくりつけて簡易的な槍を作り上げる。やはり戦闘において槍という武器の心強さは計り知れない。戦国時代の合戦では、刀なんてほとんど使われず、相手の命を奪ってきた武器はもっぱら槍だったと聞く。今の私ならそれもしっかりと理解出来る。



 さぁ今に見てろキモいストーカー野郎! てめえの体の穴の数を女と一緒にしてやるからな! 



 私は心に闘志を燃やしつつ、先ほど寝室の方へと向かったと思われるストーカー男が、このキッチンへと足を踏み入れる瞬間を今か今かと待ちわびた……



 来い! 今すぐ来い! 私を甘く見たことを後悔する余裕すら与えてやるもんか! 



「ヒタリ……ヒタリ……」ぬらぬらとフローリングをゆっくり踏み込む足音が徐々に近づいてくる。



 心臓が高鳴る……



 のどが乾く……



 でもそれは恐怖からではない……



 これは私をこんな状況に追いこんだ元凶を打破できる喜びの武者震いなのだ! 



「ヒタ……」



 ……間違いない! 



 来た! 今私は冷蔵庫の陰に隠れていて相手にはまだ姿を見られていないが、私の方からも相手の存在が確認できない……でも、いい! ここだ! ここが大事なんだ! 今しかないんだ! やるんだ! 



 ……殺られる前に……



 ……殺るんだ! 



「うわあああああああああああっ! 」



 自分でも驚くほどに大きく、奇妙な声が喉の奥から飛び出してきた! 相手もビビって足をすくわせているだろう! 



 私は握りしめた槍を全身の筋肉を総動員するイメージで相手に突き込んだ! どこでもいい! 体のどこかに刺さってくれれば! それでいい! 



 ……しかし……



「うっ!? 」



 真っ暗闇で視覚情報はゼロ。でも、握った槍の柄の感触からわかる。



 槍の一突きはかわされ……しかも柄を相手に握りしめられてしまっている……



 私の攻撃は防がれ……このままでは力付くで槍を奪われてしまう……こうなったら……



 ……こうなったら……



 絶体絶命……



 とでも思ってるのか? 相手は? 



 違うね! 



 これこそが私が待ち構えていた瞬間! 



「うおおおおッ! 」



 私はBプランもしっかり想定していたのだ。



 槍の攻撃がかわされた時は……腰のベルトにくくりつけていた「第二の槍」を使うんだ! って……



「うわああああぁぁぁぁッ! 」



 とうとうストーカー男はその隠された醜悪で気味の悪い声を発した。絶叫としてね。



「うわ! うわああああっ! 」



 そう。私の「第二の槍」の正体は、ロックアイスを作る為のアイスピック! 



 第一の槍を握られた瞬間にそれを手放し、速攻で鋭利なアイスピックを相手に突き刺してやったのよ! それも太股にね! 



「なんだ! なんなんだよ!? 」



 はは、いい気味。体の中に「異物」を挿入された経験の無い「男」にとって、何かが体内に入れ込まれた時の恐怖心は格別だろう……! 



 さあ、その悪趣味で恐怖に歪んだ顔を拝んでやろうじゃないの! 



「パチン! 」



 私がキッチンの照明を灯した瞬間。光が全てを浮き上がらせ……そして……



 私自身の失態をも大きく浮き上がらせた……



「うう……なに? なんなのアナタは!? 」



 まず第一に私が男だと思っていた相手は……女性だった。



 短髪に加えてスラリと高身長で、シルエットだけなら男に見える。



 だから間違えた……そして……そんなコトすら些細なコトと思える、私自身の取り返しの付かない過ちを犯していたことにも気が付いた。



「あれ……ここ……? 」



 私が私の部屋だと思っていた部屋は……私の部屋ではなかったのだ……



「まさか……嘘……!? 」



 私はどうやら、知らない人の部屋を自宅と勘違いしていたらしい……



 つまり、目の前で悶絶している彼女は……



 この部屋の本当の主だったのだ……







「本当にすみませんでした……」



 あの勘違いの一件から一週間が経ち、私は間違ってケガをさせてしまった彼女……「ミズキ」さんが入院している病室へと見舞いに来ている。




 彼女はなんと、100パーセント私の責任であるこのケガを「アイスピックを持ったまま滑って転んで誤って刺してしまった」というコトにしておいてくれて、警察を呼ばずに示談というコトで済ませてくれたのだ。



「すみません……せめて慰謝料だけでも……」



「いいんだって……カギを開けっ放しにしておいたウチも悪かったんだし、キミの境遇を知ったら何かね……ああいう行為に及んだのも無理ないか……って思ったからね……」



「無理ない……? 」



「ウチね……昔、ストーカーに襲われちゃったコトがあってさ……キミの苦しみもよく分かるんだ」



「ミズキさん……」



「辛かっただろ? あんなに物騒なコトまでしなきゃならならいくらい、心が傷ついてたんだね」



 私は……ミズキさんのその言葉をずっと待っていたのかもしれない。彼女の暖かく、優しい言葉に、ずっと張りつめていた心の緊張が一気に弛緩したようだ。



 気が付いたら私はミズキさんのベッドの脇に座り込んで泣きじゃくっていた……そんなみっともない私の頭を……彼女はやさしく撫でてくれた。



 苦しみを共有出来る……それ以上に心が安らぐことはない……



 私の心の盾は……ミズキさんの優しい槍によって、ようやく打ち壊されたようだ。



 ……ありがとう……ミズキさん……







 その後、二人は同じ部屋で共に生活を送るようになり、仲むつまじく同じ時を過ごした。



 しかし、数年が経ったある日。ミズキの部屋で偶然発見したデジタルカメラのデータの中に、過去に自分に送りつけられた盗撮写真と同じ物があることを彼女は発見した。





 その瞬間に彼女は、「第三の槍」を手に取る覚悟を決めたのだった。





 THE END




 執筆時間【1時間20分】


 一作目から20分オーバー……(笑)

 次は時間内に収めるように頑張ろう。

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