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HAPPY WORLD PLANNING(下)

作者: 七水 樹

(上)(中)(下)に分かれた短編小説の(下)です。


(上)→ https://ncode.syosetu.com/n4268ek/

(中)→ https://ncode.syosetu.com/n4659ek/



 目的を遂げ、二人は帰路に着く。ティナはもぎ取ったベータの首を大事そうに両手で抱いており、もう手は繋げなかった。バッカラはそれを複雑な思いで見遣りながら、黙ってティナの横を歩く。


 順調に歩を進めていると、急にティナが足を止めた。左手のほうの、どこか地面を見つめている。


「どうした」


 声をかけると、ティナは振り返って、バッカラを見上げた。


「見て、バッカラ」


 ティナはベータの首を、よいしょと抱えなおすと、左手で地面を指差した。指を辿り、視線を彷徨わせると、群集して芽を出す緑を認める。植物が生えていた。


 ティナは嬉しそうに駆け寄り、ちょこんとその植物の傍にしゃがみこんだ。バッカラもそれに倣う。


 顔を寄せ合って小さな植物を眺めていた。かわいいね、とティナが呟き、手を伸ばした。ぶちりぶちりとそれを引き抜いていく。いつものことだった。自愛に満ちた目をして、ティナはいともたやすく生命をちぎり捨てる。


 むしりとられてはらはらと散っていく植物の葉を見て、バッカラははて、と首を傾げた。その植物に見覚えがあった。しばらく記憶の回路をさぐって、ぼんやりとした記憶を引き出していく。白い花が浮かんできた。ああ、そうだと一人で納得する。確か、この植物は白くて花弁が幾重にも重なった小さな花を咲かすのだ。


「全部引き抜いてしまうのか」


 記憶を引っ張り出してきたバッカラはティナに尋ねる。ティナはうん、と答えた後に、顔をあげて「なんで?」と問うた。理由を求められて、バッカラは少しの間思案する。それから、小さく答えた。


「……その植物は、白い小さな花をつけるらしい」


 記憶した時のことを、漠然としか覚えておらず、はっきりした情報はバッカラの中に残っていなかった。ただ、なぜ記憶しようと思ったのかは覚えていた。


「少し、残しておいてもらえないか」


 手を止めるティナに、バッカラは続ける。


「きっと、お前によく似合う」


 青い髪に、青い瞳に、そしてその柔らかな白い頬に、小さな白い花はよく映えるだろうとバッカラは思った。そう思って、その植物の種類と形状を記憶したのだ。


 ティナは驚いたように、目をぱちくりと数回瞬かせ、バッカラを見つめていた。その大きな瞳に映りこむ自分が、ゆるく歪んでいくのを眺めながら、バッカラはティナの言葉を待った。ティナは、ふふと笑う。


「だめ」


 返された言葉は予想以上に甘く、蕩けそうな響きを持っており、思わずバッカラは目を細めた。ティナは口角をねじ上げ、口先をとがらすようにして尚も甘い声を奏でた。


「バッカラ、植物って言うのはね、ものすごい生命力を持っているんだよ」


 動力炉を撃たれたらそれまでの僕らとは違ってね、とティナは続ける。


「こんなに荒れ果てた場所で、まだ命を生み出しているんだ。環境に見放されたって、人間に利用されたって、僕に邪魔されたって、生き続ける」


 ティナは視線を植物に戻し、つんと指先でつつく。怯えるように、植物は震えた。器用に指先で葉をちぎらないように優しく摘み、くいと引っ張る。全身を仰け反らす植物が、酷く哀れだった。


「だからね、優しいことを言ってちゃ、世界を取られちゃう」


 続いた言葉は、吐息のように消えていった。残った生命を、容赦なくティナはむしり取る。再生を遅らせるために、根こそぎ奪っていく。今度はその行為を、バッカラは黙って見ていた。バッカラの中で、ティナが必要ないという、その植物に対する興味は急速に失せ始めていた。


 手を払いながら、ティナは立ち上がった。植物の汁と土で汚れた指は、緑と茶に染められている。何度か指先を擦った後、ティナはくんくんと匂いを嗅ぐ。うえ、と言いながら舌をのぞかせた。


「土くさい」


 ティナは眉根を寄せていたが、それはすぐに解れた。それから、コロニーへ戻るための歩みを再開させて、けらけらとティナは笑う。


「人間は、この匂いをどれくらい味わっていないんだろうね」


 もう忘れてしまったかな、とどこか幸せそうに呟く友人を見ながら、バッカラは、さぁな、とだけ返した。


 掘り返されて色の変わった土の上には、緑が引きちぎられて、無残にも散らばっていた。





 コロニーに辿り着くまでに、徐々にティナの顔色は悪くなっていった。足取りも、どこかふわふわとして危なっかしく、表情は暗い。やっとの思いでコロニーまで戻ってくると、ティナはバッカラが声をかける前に気分が悪いから休むね、と言い残して、さっさと奥に姿を消してしまった。


 バッカラは一人になると、何もすることがなかった。ぼんやりとしながら、モニタールームまで足を運んでみる。壊れかけの設備は、いつもじりじりと不快な音を立てていたが、慣れてしまってさして気にならなかった。画面が割れているモニターは、何十個も備えられていたが、今や片手で足りるほどの個数しか機能していない。それらはひたすらに、アルファとベータの眠る地、さきほどまで自分たちがいた場所を映し出している。


 反重力機能を搭載した、くるくると回るティナのお気に入りの椅子にどっかりと座って、バッカラはアルファとベータの眠る起動ポッドの制御システムが正常を示す緑のランプを明滅させているのを眺めていた。そのまま呆けて、眠っていたらしい。椅子に座ったまま、ずり落ちるような変な格好で目が覚めた。気がつくと、コロニーに帰ってきてから、三時間経っていた。


 きょろきょろと辺りを見回してみるが、ティナの姿はない。バッカラは重い身を起こして、寝室として使用している小部屋に向かった。小部屋には清潔なシーツを被せられた白いダブルベッドがあるだけで、ティナはいない。布団に乱れがなかったので、ここに来てもいない、ということがわかった。とすれば、思い当たるのは一つだけだった。


 バッカラが扉の前に立つと、ロックを解除する電子音が響いて、扉がのろのろと開いた。中から、古びた機械の埃っぽい匂いが押し出されてくる。薄暗い部屋の中央に、ティナの姿があった。一歩足を踏み入れると、背後で扉がのろのろと閉まった。随分前から壊れかけていた。


 ティナはまるで、贄として捧げられるかのように床に横たわっていた。ふわりと広がったワンピースから、白い足が伸びていた。青い髪も、ワンピースと同様に広がっている。近づいて、その髪に触れる。さらさらと流れていく。


「ティナ」


 呼びかけるとようやくティナは目を開けた。淡く発光する瞳が、薄闇の中にぼうと浮かんだ。視線だけゆっくりと投げかけて、ティナは何も言わずに黙っていた。薄暗くてわかりにくいが、顔色は優れないままだった。


「気分はどうだ」


 バッカラが問いかけると、「……最悪だよ」と言いながらティナはゆっくりと上体を起こした。しゃがんで、抱き上げるようにしてそれを手伝うと、ティナはぽすんとバッカラに身を預ける。


「またここに来ていたのか」


 ティナの華奢な体をゆるく抱きしめながら、バッカラはそう囁いた。うん、と答えるティナの瞳はまた閉じかかっている。ここに、こなきゃいけないきがして、と続ける声も消え入りそうだった。


 バッカラは室内をぐるりと見回す。一面、首で埋まっていた。ベータの、壊れた機体から回収されたぼろぼろの、首。それがひたすらに並べられた趣味の悪い部屋だった。すべて、中央を向くように配置されていて、何百もの瞳に、一斉に見つめられる。


「僕は、怖くなるんだ」


 腕の中で、ティナは呟いて、それから身を摺り寄せるように方向を変え、バッカラと向き合って抱き合った。


「正しいことがなんなのかわからない。僕が何をしているのかわからないし、たとえ正しくないにしても、僕は正しい道だけを選びとるように作られたわけじゃない」


 バッカラの肩口に顔を押し付けたティナの声はくぐもっていた。涙声に聞こえないこともない。


「選んだ道だ。選んだ結果だ。だけど、選んだ力じゃない。与えられたものだ。それが大きすぎて、この身にもてあまして、怖い。ただ君といたいだけなのに、僕は何か間違っているようで怖い」


 ティナは身を震わせ、それからもう一度小さくこわい、と呟いた。バッカラはその光景にどこか見覚えがあった。何度も見てきた会話で、何度も聞いたやりとりだった。あまりにしつこくて、ついには自分と錯覚をしてしまっていた。アルファも、同じようなことを言っていたのだ。そしてベータは「怖いな」と答えたのだ。バッカラも同じように返す。ティナは抱きつく力を強めた。


「……ここにいる間は、苛まれているような気がするんだ。誰も咎めない僕を、彼だけは咎めてくれる気がする」


 彼、とはベータの首のことだろう。苛まれたいがゆえにティナはこの部屋を訪れ、咎められたいがゆえにティナはここに横たわるのだ。


 その役を、自分が代わってやれればどんなに良いだろうとバッカラは思い巡らした。道を誤るなと叱責して、ともに光導く未来を歩めたのならば。


 しかしそれは叶わぬとバッカラは知っていた。ティナの体を、優しく、優しく、抱きしめる。慈しむように頭を撫でて、額にキスを落とした。


「何故、苛まれる必要があるんだ。咎められる必要があるんだ」


 響く低音で、囁きながら、バッカラは愛撫を続ける。


「お前は間違ってなどいない。俺はお前とここにいたい。永遠にともにいたい。そのためにはこうするしかなかったんだ。他に手段はなかったんだ」


 ティナは透き通った目を一生懸命に開いて、バッカラの言葉を全身で受け入れている。密やかな睦言は、しかし呪詛だった。がんじがらめにする呪いの囁きを、ティナは一心に聞き入れていた。バッカラはそんなティナを愛おしいと感じる。腕の中でしっかと自身を掴むその子どもを、何に代えても守りたいと思った。


「迷う必要はない。ここにいてくれ。俺の傍にいてくれ」


 バッカラが懇願するような声音で縋ると、ティナは瞳を揺らしながらふんわりと笑った。そろそろと腕を伸ばし、バッカラの頬を包む。ああ、バッカラ、と言葉を溢す。


「僕はこの何十年で随分と狡猾になってしまったよ。君ならそう言ってくれるとどこかで期待していたんだ。苛まれようとも、咎められようとも、僕は君がいる限りここを離れられない」


 青い瞳はみるみるうちに潤んでいき、ぽろりぽろりと涙を溢した。薄闇の中、その瞳を光源に、涙は輝く。青く光る涙だった。美しい。なんと綺麗なことかとバッカラは陶酔する。


「ねぇバッカラ。いつかここに、僕たちだけの世界をつくろう」


 頬に伸ばされていた手はそのまま、するすると後ろへ伸びて、首に絡めるようにしてティナはバッカラに抱きついた。バッカラも、ティナの肩に顔をうずめるように抱きしめた。


「そうして、ずっと二人だけで生きよう」


 誰にも邪魔されないで、永遠に、ふたりきり、とティナは内緒話をする幼子のように声を潜めて、それでも楽しげに弾ませた。バッカラも、目を細めて頷き、ああ、そうだなと答えた。


 まるで夢物語だった。二人だけの世界。それ以外のすべてを排除した世界。ぺらりと一枚現実をはぐれば、地上を求める人間で溢れたこの世で、それは戯言であることは明白であった。


 二人の背後で、古びて、錆びきったベータの首の一つが、がしゃんと音を立てた。少しずつ装飾が剥げ落ちて、その度にバランスを崩す首は、一人でに棚から転がり落ちるのだ。そうして、粉々に砕ける。人の手の及ばなくなった機械の末路であった。


 ティナもバッカラも、抱き合う体がみしみしと軋む音を聞いていた。強い衝撃が加われば、簡単に内部構造が折れてしまうことも、循環液を流すチューブが古びてきていることも何もかも知っていた。最新の科学技術を持ってして生まれた二つの機体であるからこそ、ここまで長く稼動していられたのだ。


 二体が消えれば、人間は完全に復興の手立てを失う。


 ティナは知っていた。スペアの機体を作るだけでもかなりの技術と労力、そして時間を要することを。壊しきってしまえば、人間は科学力の結晶を、同時に二つ失うのだということを。


 バッカラは知っていた。ティナの心には迷いがあり、一人ではこの地上で生きられぬことを。二人のどちらかが機能を停止するまでこの地上に残り、二人きりで生きて、死んでいくことが何よりの人間への復讐になることを。


 知ってなお、二人で永遠にともにいようと誓いあった。




 幸福な世界計画は、まるで夢物語だったのだ。






少し長めのお話でしたが、お付き合いくださりありがとうございました!

この作品はかなり昔に書いたもので、拙い部分もありますが当時のこの雰囲気が気に入っていたのでほとんど変更することなく掲載することにしました。

自分の中ではお気に入りのお話となっています。

★ティナとバッカラの名前の由来は花言葉です!(ティナは睡蓮の一種)意味を知るともう少し楽しめるかもしれないので、お暇があれば検索してみてくださいませー!( *´艸`)


次回は12月4日 20時頃掲載予定です。

では、最後までありがとうございました!

ご意見、ご感想をいただけますと大変励みになります(*'ω'*)

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