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カモフラージュ  作者: 弥生秋良
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「もう二年も会ってなかったのに……」

 カウンターを挟んでいる為此方が立ち上がらない限り向こうからは姿は確認出来ない。だがもしもこのタイミングで兄が戻ってきたら……

「……それは拙いだろ……」

 口元に手を遣る。真白が余計なことを喋らなければいいが。そう思いカウンターからほんの少しだけ顔を出し様子を覗えば何やら楽しそうに談笑している。

「何喋ってんだあいつ……」

 見なければ良かった。不安を煽っただけじゃねーかよ。

 後悔の念を抱きつつ、異常な早さで胸を打つ鼓動を何とか鎮めようと大きく深呼吸する。僅かばかり落ち着いたところで真白が戻ってきた。

「大丈夫ですか圭っ」

 危うく名前を呼ばれそうになったので気が動転し、手でその口を塞いで同じように屈ませる。彼女は目を丸くしていたが此方が慌てて塞いでいた口を開放すれば別段声を上げることもなく首を傾げて顔を覗き込んできた。

「どうか、されたんですか?」

 ようやっと体調不良ではないと気付いたらしい。不思議そうな表情をして俺の言葉を待つ彼女へ逆に質問を投げ掛ける。

「あのお客さんと何喋ってたんだ……?」

「えっ? 特別なことは話してませんよ?」

「……そうか……」

 その割には楽し気だったように思う。けれど気にする程の大した内容でないなら構わないだろう。態々詮索する必要もない。

 そう割り切ってもう一度だけそっと彼らの様子を窺い見る。

「……笑顔……」

 知らぬ間に口を衝いて出ていた。そう、二人はとても穏やかな笑みを携え会話を弾ませていて。その光景に何故だか目頭が熱くなる。

 良かった。

 単純にそう思えた。

「……あ、そういえば一つ仰ってたことがありました」

「え?」

 その言葉に振り返ると、嬉しそうに綻ぶ表情が俺の瞳に映る。

「この場所が気に入ってたんです、と。事情があって来れなかったけど、また来れて良かったと言って下さいました」

 そう告げる彼女は本当に幸せそうで、俺まで口元が緩む。

「……良かったな」

「はいっ!!」



 その後も俺は彼らに見つからぬよう厨房に篭って注文された料理を只管ひたすら作り続けていたのだが、真白は難なく彼らの懐に飛び込んだらしく終始会話に花を咲かせていたようだ。

 その間も兄は全く帰ってくる気配を見せず、もしやサボってるのではと疑いを掛けつつも、そうこうしていたら大槻兄妹が席を立った。

「お会計を」

「はい、畏まりました!」

 真白が持ち前の笑顔で応え会計を済ます。そんな二人の様子をカウンター越しに見守る。もう帰るだけだし大丈夫だろうと普通に立ってその後ろ姿を何気無く見送っていた……ら。

「…………っ!?」

 なんと大槻羽衣が背後を振り返ったのだ。

 バッチリ目が合う。

 隣にいる翼さんはお金を支払っていて俺の存在に気付いてはいない。どうしたものかと焦燥感に駆られ視線を彷徨わせていたら彼女は何も発することなく、ただ人差し指を口元に当てた。


 ーーーー内緒、だね。


 愛らしい仕草で口パクした後、二人は仲睦まじく店を後にする。

「有り難う御座いました!!」

 溌剌とした真白の声だけが店内に響き渡った……



「ただいまー」

 それから三十分も満たない間に兄が買い出しから戻ってきた。

「あっ、お帰りなさい!!」

 むず痒いその科白のやり取りを聞き流し兄に詰め寄る。

「え、何なに。そんなに待ち望んでた?」

「うるっせぇ!! ちょっと話があるっ!!」

 ヤケになりつつ兄の腕を掴んで厨房へと引っ込む。途中顔を青くした真白と目が合ったが後でちゃんと説明しよう、と頭の隅に置く。

「どうした? 何かあった?」

 察しの良い兄は怪訝な顔をして問うてくる。俺は息を大きく吸って、吐き出すと共に言葉を乗せた。

「大槻と翼さんが来た」

「……そう」

 俺とは打って変わり兄は冷静だった。懐かしむみたいに目を細める。

「どうだった?」

「……仲良さそうだった。そんで……笑ってた」

「そっか……」

 じゃあ良かったね。

 彼はそう告げた。俺が受けた印象そのままに。

「……あぁ、良かった」



 受けた傷は一生消えない。けれど時間の経過と共に薄れていくのも実感している。愛してるが故に憎み、恨んだりもしたけど……やっぱり嫌いにはなれなくて。

 こうして変わっていくんだ。環境も、人も。でも変わらないモノも確かに其処にあって。変わることは哀しくもあるけど、それだけじゃなくて。そうやって少しずつ大人になっていくんだろうなと思ったら、期待と不安が綯い交ぜになって言い知れない気持ちが溢れてくる。それは決して嫌なわけではない……そう、でも、このまま続けばいいなとも思う。

 不変なモノは面白くないし生きてる限り変化は付きものだ。けど、この幸福と呼ぶに値する俺を取り巻く環境を、傍に寄り添ってくれる人達を、もう二度と失わないように。



「幸せを願うよ」

「……誰の?」

「……さぁな」



 少しずつでもいいから伝わるように、言葉にして。真っ直ぐ伝えられない時は稀に冗談めかして覆い隠すこともあるかもしれないけど、そこにある真の言葉を汲み取ってくれたなら。



「もうまどろっこしいやり方すんなよな」

「はいはい」

 真面目に言ってるのに軽くあしらわれ苛立ちを覚える圭人。その時達磨の携帯が鳴った。

「あ、メールだ」

「誰?」

「父さん。『元気か?』って」

「元気だって伝えといて」

 そう言い残し離れていく圭人の目線の先を追えば、明らかに重そうな荷物を持ち上げようとする真白の姿。どうやら彼は自ずから彼女の助っ人に行ったようで達磨の顔が嬉しさに笑む。

「人との関わり合いが苦手な子だったのに……立派になったもんだね」

 感慨深く呟いて、もう一度携帯のディスプレイに視線を落とす。





















『元気そうで何より。じゃ、またいつか』


 送り主はーーーー…………





 


 



 


 


END



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