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ライブの日から三日後。彼から連絡が来た。
『この前言っていた内容の詳細を訊きたい。とりあえず、話だけ』
短い文章だがこれだけで興味深々だと窺える。思った通りの収穫だ。
そしてその日の放課後、俺は彼と例の喫茶店で落ち合った。
「この前のは一体何なんですか」
着いて早々席にも付かず立ったまま問い質してくるものだから苦笑を溢して向かいの席に促す。
「まぁ一旦座りなよ」
既に腰を下ろしていた俺はタイミングを見計らって店員さんにコーヒーを注文し、彼にもオーダーを訊く。
「同じので」
特にメニュー表を見る様子もなく乱雑に椅子に座る彼。その表情は相変わらず笑顔の欠片もない。だが打って変わって笑顔の素敵な店員さんは別段気にしていない様子で満面の笑みを振り撒きカウンターへと戻っていく。その後ろ姿を何気なく見届けていたら「それで」と再度催促された。
「翼君はせっかちだね」
「時間が勿体無いだろ」
せめてコーヒーが届くまでぐらいは待ってくれても差し支えないだろうに。そう心で呟きつつもその苛立ちが有り有りと見て取れる表情に観念し両手を軽く挙げた。
「……しょうがないなぁ」
そう言った後、態と戯けていた態度を一変させて真剣な顔で向き合った。
「僕達手を組めないかな」
「だから何を」
「妹を変えたいんだろう?」
その一言で彼の顔色が変わる。僕はテーブルに肘を付き両手を組んだ。その上に顎を置き、微笑みを添える。
「知ってるよ。全部調べたから」
「……どう、やって」
「女の子って凄く優しいよね。仲良くなると訊いたことは何でも話してくれるんだよ」
そう、クラスの女の子達の好意を逆手に取って聞き出した。まず彼女の通っていた中学を探り、彼女と同じ中学だった子を芋蔓式に見つけ出して当時の彼女のことを聞き出し、最後に囁かれていた噂をこっそりと教えて貰って。
「彼女、中学の終わりにある男の子と付き合ってたそうだね。その子がある日突然自殺未遂を図ったって聞いたけど」
「黙れよっ!!」
バンッと一際大きく響いた音に驚いてか周りの喧騒が一瞬にして止む。怒りに任せて立ち上がっていた彼に注目が集まってしまい、俺は大袈裟な溜息を吐いて彼の腕を引き無理矢理座らせた。
「まぁ落ち着いて」
そう告げて宥めるもやはり彼の気は収まらないようで怒気の孕んだ鋭い瞳が僕を射抜く。
「……『それが妹の所為かどうかなんて解らない』。そう言いたいんだろ?」
「知ってんのに何で」
「でも『彼女の所為じゃない証拠』もないよね?」
「…………っ」
顔が強張りテーブルに置かれた両手が拳を作る。彼女のこととなるとこんなにも感情剥き出しになるんだな、なんて漠然とした感想が浮かぶ。けれど自分もさして変わらない気がしてフッと息が洩れた。
「何だよっ」
「いや、僕達似てるなと思って」
「全然嬉しくないし似てねーよ」
彼が横を向いたのとほぼ同じタイミングで注文していたコーヒーが届く。あまりにも絶妙な間だ。店員さんの顔を見れば先程の笑顔が素敵な女の子で相変わらず携えた笑みは接客業の鑑だ。だがカウンターの方にふと視線を向けるとマスターと思しき人物がハラハラした様子で此方を垣間見ていた。
あ、これは気を遣わせてしまったな。
「ありがとう」
「いいえ! ごゆっくり!」
純粋無垢な笑みと嫌味も取り繕いも皆無な返事を残し去っていく彼女。再び目にするその後ろ姿に『あんな子が彼女だったらなぁ』と過ぎる思考。
「おい」
「あぁ! ごめんごめん」
思惑を察したのかドスの効いた声が耳に届き我に返る。コーヒーを一口含みカップをそっと置いた後、本題に入った。
「キミは妹を変えたい。僕は圭人を辛い目に遭わせたくない。この二つの条件は一見全然合致してないけど、実はお互い好都合に成り得るんだよ」
「……何が言いたい」
「条件を入れ替えればいいってこと。……僕がいくら圭人に忠告したところでその言葉は彼に響かない。だからと言って四六時中傍にいて見守るわけにもいかない。そこでキミが僕の代わりに圭人を近くで見守っていて欲しいんだ。引き替えに僕は彼女を変えてみせる。どんな手を使ってもね」
「それが何で羽衣を落とすことに繋がるんだよ!」
またしても頭に血が上ったのであろう。テーブルを叩くまでには至らずともその顔を怒りで真赤に染めて抗議の言葉をぶつけてくる。だが対照的に俺は冷静な頭で笑って答えた。
ーーーー彼女を信用していないからだよ。




