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カモフラージュ  作者: 弥生秋良
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 俺が高校受験を受けると同時期に兄は先に就職した。就職先は……高校。なんと兄は俺達家族が知らぬ間に国家試験を受けて合格し、尚且つ俺達に内緒で高校教諭の採用試験を受け、剰えそこで採用されたと言うのだ。これには父さんも母さんも吃驚だったようで、兄の口からその話が出た途端父さんは言葉を無くして口をあんぐりと開いていたし、母さんは感動して泣いてしまう始末。唯一まだ正気でいられたのは俺だけだった。正直凄いと尊敬の念は抱いたが、同時にやっぱりこの男は侮れないなとも思った。何を考えてるかさっぱり分からない。多分この先理解出来る事なんてないんだろうな、なんて頭の片隅でぼんやり思い留めるに至った。



「で?」

「え?」

「家、出んの?」

 俺の問いに兄よりも父さんと母さんの方が敏感に反応を返してきた。

「そうなのかっ?!」

「急にそんな……っ、心構え出来てないのに……っ」

 それまで傍観しているだけだった兄が右往左往する二人を前に噴き出す。

「二人共落ち着いて。大丈夫。今のところは考えてないから。だって、」

 圭人と同じところだし。

「…………え?」

「そうか」

「良かったぁ」

 二人は何故か安堵した様子でいるが俺だけはただ一人呆然とした。それを見た兄は微笑みを浮かべている。いやいや待て待て。おかしいだろ。

「いやちょっと待て」

 心の声をそのまま口にすれば三人の視線が一気にこちらへと注がれる。だがそんなことなどお構いなしに続けた。

「おかしいだろ、どう考えても」

「何が?」

「どうしたんだ圭人」

 両親の頭の上に疑問符が見える。この二人は昔から相当鈍感だ。自然と口から洩れる溜息。兄はというと相変わらず表情が読めずただ笑顔を崩さない。

「そもそも何で俺が行こうとしてる学校で面接受けてんだよ」

「だって近くだから家出ずに通えるし」

「他にもあんだろ!」

「募集してたのそこしかなかったし」

「だからって」

「それにさ、まだ分かんないでしょーー」

 ーー圭人が受かってるかどうか。

 そう宣った兄に怒りが込み上げてくる。それは何か? 俺が受からないとでも思ってるってことなのか?

 俺は憤りを持て余したまま彼を睨み付けた。その奥に潜む真意が知りたい。するとそれに気付いてか否か兄は何の悪びれもせずに穏やかに言葉を掛けてきた。

「嘘だよ。圭人だから受かってるに決まってる。だから一緒のところ受けたんだ」

「じゃあ来年から二人共一緒に登校するのね」

 楽しそうに話す母親。父さんの方もどことなく嬉しそうな面立ちだ。だけど俺は納得がいかない。兄が言った言葉が本心かどうかも疑わしい。

「…………」

 結局穴が開くほどに兄を見つめたところで結果は同じ。もう八年も一緒にいるのに彼の本質を知ることは未だに叶わない。

「来年からよろしくね」

 まだ結果が出てもないのにそんなことを告げてくる。俺はその空気に居堪まれずただ黙したまま自室へと引っ込んだ。

「……意味分かんねぇ」

 自室の扉を閉めた瞬間無意識に飛び出したそれ。ズルズルと床に座り込み、気付けば髪の毛を無造作に強く掴んで握り締めていた。



 思えばこれが俺の不幸の始まりだったのかもしれない。






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