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『お兄さんがいらっしゃるんですね。どんな方なんですか?』
返信がすぐに来た。どんな人、と訊かれれば、
「『表裏の激しい人』」
そう、まさにそれが当て嵌まる。
実際そうで、俺以外の人の前だと態度が豹変する。気心知れた今ではそれが顕著だ。
あの一件以来、俺と兄はライナを通じて少しずつ会話をするようになった。俺がライナに魅了されたというのもあるが、それでも兄の情熱には程遠く、どちらかと言えば兄の方がライナの魅力を一方的に話していた感じだ。けれど俺にとってはそれが新鮮で、好きなものを共有出来る感覚が思いの外心地良かった。だから俺も兄と話をするようになった。ともすれば彼の人となりが多少なりとも見えてくるようになる。……多少、どころではない。
この時には既に俺は兄との壁を無くす代償に、彼の本性を知るという対価を支払っていた。
※※※
「あら、達磨君に圭人君! 久しぶりねー!」
その日は珍しく来客があり、俺達は揃って鉢合わせした。
「お久しぶりです叔母さん。お元気そうで何よりです。少し痩せてお綺麗になられましたね」
「あら! 分かるかしら! やっぱり男前はそういうところもちゃんと見てくれるのねぇー! さすがだわー」
「いやいや」
よくもまぁそんなお世辞がさらっと出てくるな、などとある意味で感心しつつも黙って見ていたのだが、突然兄がこちらを一瞥してきた。……あからさまな作り笑顔を浮かべたまま。
「叔母さん、圭人も大きくなったでしょう?」
「あら、本当ねぇ。今お幾つになられたの?」
……最悪だ。話題をこっちに向けてきた。俺は瞬間的に兄を睨んだが当の本人はまるで素知らぬ振りである。俺がコミュ症だと知っているからこそ質が悪い。
「えと……十三、です」
「じゃあ中学生かしら?」
「あ、はい……」
「圭人君も昔は全然話せなかったのに成長したわねー」
それは褒めているのだろうか。チラッと兄の方を覗えば相変わらずニコニコと笑みを浮かべている。
「じゃあ叔母さん、僕達はこれで」
「何処か行くの?」
すかさず母が口を挟む。兄は表情を崩さずそれに答えた。
「圭人と一緒にライブに行ってきます」
「あら、仲良いのねー」
「はい、出会った当初は全然相手にされなかったんですけどね」
おいおい、まさかその時の事をまだ根に持っているのか?
「でも今ではすっかり懐いてくれて」
「別に懐いてねぇし」
「ほらこの通りツッコミを入れてくれる程に」
冷たく言い放ったはずの言葉は都合の良いように変換されて受け取められてしまう。続けて反論しようとしたが俺達を見つめる母の表情があまりにも嬉しそうに綻んでいたからそれ以上嫌味を言うことも憚られてしまった。
「好い息子さん達を持ったわねぇ」
「……ありがとうございます」
そう言って幸せそうに微笑んだ母さんを見たのは、もしかしたらそれが初めてだったかもしれない。
「じゃあ僕達はこれで。ゆっくりしていって下さいね」
「ありがとうねぇ」
小さく会釈をしてリビングを後にする兄の後ろを黙ってついていく。と、
「二人共気をつけて行ってくるのよ」
扉を締める直前に掛かる母の言葉。
「はい。行ってきます」
兄がくるりと振り向き笑顔でそう返したので俺もそれに倣う。……勿論笑顔までは真似しないが。
「……行ってきます」
「いってらっしゃい」
朗らかな母の顔に見送られ、俺達は漸く家を後にした。
「……はぁ」
家を出て早々、兄が貼り付けていた笑顔を崩し小さく息を吐いたので俺は皮肉めいて言葉を吐き出した。
「よくもあんないけしゃあしゃあと嘘吐けるよな」
頭の後ろで手を組みながらそう告げると兄は僅かに口角を上げる。
「あんなの序の口だよ。社会に出たらそれが当たり前みたいになってくるだろうし。圭人も今の内に世渡り上手になる術を身に付けておかないと」
「……出たよ。兄貴ってホント腹ン中真っ黒だな」
「褒め言葉と取っておくよ」
先程の笑顔とは程遠く意地の悪い笑みを浮かべると引き続き俺の前を歩く。
その余裕は一体どこから来るのだろう。
「……性格歪み過ぎだろ」
「なんか言った?」
「……何も」
聞こえないように呟いた筈なのに。地獄耳か。
なんだかんだ言いながら、そんな兄の後をついていく俺も相当捻くれている気がしていた。
それでも兄を尊敬していたんだ。……この時は、まだ。